15 / 24
15.襲撃と結末と
しおりを挟む
(……?何かしら、誰かの気配……?)
まどろみの底に沈んでいた意識が、ゆっくりと引き戻される。まだ眠りたいわ、と思いながら、アイリスは重たい瞼を開けた。
「……っ!?」
ぼんやりと感じていた気配の正体が、この国の王太子だと思い出すのに、数秒かかった。思わず声を上げそうになり、無言で制止される。
「ごめん。ちょっと緊急事態でね。僕の言うことを聞いてくれれば安全なんだけど、いいかい?」
事情はわからなかったが、彼女の幼馴染は、こんなことで嘘をつくような人間ではない。アイリスは黙って頷くと、ルシフェルに言われたとおり寝台の影に身を潜める。
階下からは激しい物音が伝わってくる。すぐにドタバタと慌ただしい足音が廊下に響き、部屋の扉が激しく叩かれた。着いた時に部屋に案内してくれた下男の声だ。
「おっ、お客さん!開けてください!火事です、厨房から火が!」
「なんだって?!」
少しも慌てた顔などしていないくせに、ルシフェルは口調だけは焦りを装いながら、ドアに近づく。
「あ、開かない、鍵が壊れてる!たのむ、外から蹴破ってくれ、死にたくない…!」
廊下の男は一瞬ためらったようだが、離れろ、という声の後に、踏み込む足音が響く。男の体当たりで壁が揺れ…と思われたが、ドアは抵抗もなく開き、男の体は勢い余って前のめりになった。
「ああっ?!」
踏みとどまるかと思われた瞬間、首に強烈な打撃を叩き込まれ、無惨にも倒れ込む男。
「なっなんだぁっ?!」
扉の外ではナイフをかまえた大柄な男が3人、事態を飲み込めずに立ち尽くしている。
「驚いた。人の言葉を鵜呑みにするなんて、強盗団っていうのはずいぶん人がいいんだね」
痛烈な皮肉を言われたことに、そして正体が知られていることに男たちが気づいたのは、何秒も経った後だ。
「ふ、ふざけやがって!」
男たちは怒りを露わにし、血相を変えて部屋になだれ込もうとする。が、入り口で伸びた仲間の体が邪魔になって、思いのほかもたついてしまう。その隙をつかれてルシフェルに全員倒されるまで、数分も掛からなかった。
「まったく」
涼しい顔で、気絶した男たちに向かって呟くルシフェル。
「逃げろ、じゃなくてドアを開けろなんて、襲うから開けてくれと言ってるようなものだ。それに、煙の匂いもしないのに火事だって?君たちは、人の言葉を学んだほうがいいね」
(すごい……)
一部始終を、アイリスは寝台の影から見ていた。ルシフェルはナイフひとつ使わずに暴漢たちを制圧し、しかも息一つ乱れていないのだ。
「怖かっただろう?でもすまない、もう少し我慢して」
暴漢たちを縛り上げ、空き部屋に閉じ込めた後で、ルシフェルはアイリスに声をかけた。
「だ、大丈夫ですわ。で…いえ、ルシーが護ってくださいましたから」
正体を知られないために、とルシフェルに言われて、幼いころの愛称で呼んだのだが。
(アイリスが、僕のことをまた、ふたりだけの呼び名で呼んでくれた……!)
奇跡のような出来事に、ルシフェルは襲撃者たちに感謝しそうになったさ。が、アイリスの視線を感じて我に帰る。名残惜しいが、ここで止まっているわけにはいかない。
「まだ下の階には賊がいるはずだ。確かめてくるから、君はここにいて」
「そんな、危ないですわ!」
「大丈夫。様子を見てくるだけだよ」
主人一家の無事を確かめたい、とと言われては、アイリスも受け入れるしかない。
「わかったわ。無事に帰ってきて。お願いですからね」
(アイリスが僕に、お願いを……!)
またもや別世界に行きかけたルシフェルだが、後ろ髪引かれる思いでアイリスをその場に残し、階下へと向かう。
早く片付けてアイリスを安心させたい、その一心でルシフェルは、食堂に陣取る賊たちに向かって突入し、いとも簡単に制圧してしまったのだった。
「まったくあなたと来たら、何て無茶なことを。様子を見てくるだけだとおっしゃったのに!」
強盗団と手引きした下男を縛り上げ、主人一家を助け出したあと。ルシフェルを出迎えたアイリスが、涙声でそう訴えた。
「そんなに心配してくれたなんて嬉しいよ。無事に戻ったら結婚する、って約束してもらうべきだったかな」
怒られる覚悟をしたルシフェルだったが、アイリスの反応はなかった。
(本気で怒らせてしまったのだろうか?困った、どうしたらゆるしてくれるだろう)
「……しますわ」
少し怒ったように、アイリスは小さな声でつぶやいた。それは照れ隠しのためだったが。
「あ、アイリス。今、何と言った?僕は、その……?」
「あなたと……結婚します」
アイリスは気づいたのだ。彼女にとってルシフェルが、いつの間にかこんなにも大切な存在になっていたことに。
「……な、な、な?!」
ルシフェルは呆然とし、次に信じられないという表情になり、最後に感情を爆発させた。
「ああ、もちろんだとも!アイリス、アイリス!」
それからのルシフェルの行動は速かった。
国王夫妻に報告を済ませ(息子の長年の思いを知っていた夫妻は大喜びで歓迎した)、アイリスの実家にも挨拶をして、内々に婚約を整えてしまったのだった。
まどろみの底に沈んでいた意識が、ゆっくりと引き戻される。まだ眠りたいわ、と思いながら、アイリスは重たい瞼を開けた。
「……っ!?」
ぼんやりと感じていた気配の正体が、この国の王太子だと思い出すのに、数秒かかった。思わず声を上げそうになり、無言で制止される。
「ごめん。ちょっと緊急事態でね。僕の言うことを聞いてくれれば安全なんだけど、いいかい?」
事情はわからなかったが、彼女の幼馴染は、こんなことで嘘をつくような人間ではない。アイリスは黙って頷くと、ルシフェルに言われたとおり寝台の影に身を潜める。
階下からは激しい物音が伝わってくる。すぐにドタバタと慌ただしい足音が廊下に響き、部屋の扉が激しく叩かれた。着いた時に部屋に案内してくれた下男の声だ。
「おっ、お客さん!開けてください!火事です、厨房から火が!」
「なんだって?!」
少しも慌てた顔などしていないくせに、ルシフェルは口調だけは焦りを装いながら、ドアに近づく。
「あ、開かない、鍵が壊れてる!たのむ、外から蹴破ってくれ、死にたくない…!」
廊下の男は一瞬ためらったようだが、離れろ、という声の後に、踏み込む足音が響く。男の体当たりで壁が揺れ…と思われたが、ドアは抵抗もなく開き、男の体は勢い余って前のめりになった。
「ああっ?!」
踏みとどまるかと思われた瞬間、首に強烈な打撃を叩き込まれ、無惨にも倒れ込む男。
「なっなんだぁっ?!」
扉の外ではナイフをかまえた大柄な男が3人、事態を飲み込めずに立ち尽くしている。
「驚いた。人の言葉を鵜呑みにするなんて、強盗団っていうのはずいぶん人がいいんだね」
痛烈な皮肉を言われたことに、そして正体が知られていることに男たちが気づいたのは、何秒も経った後だ。
「ふ、ふざけやがって!」
男たちは怒りを露わにし、血相を変えて部屋になだれ込もうとする。が、入り口で伸びた仲間の体が邪魔になって、思いのほかもたついてしまう。その隙をつかれてルシフェルに全員倒されるまで、数分も掛からなかった。
「まったく」
涼しい顔で、気絶した男たちに向かって呟くルシフェル。
「逃げろ、じゃなくてドアを開けろなんて、襲うから開けてくれと言ってるようなものだ。それに、煙の匂いもしないのに火事だって?君たちは、人の言葉を学んだほうがいいね」
(すごい……)
一部始終を、アイリスは寝台の影から見ていた。ルシフェルはナイフひとつ使わずに暴漢たちを制圧し、しかも息一つ乱れていないのだ。
「怖かっただろう?でもすまない、もう少し我慢して」
暴漢たちを縛り上げ、空き部屋に閉じ込めた後で、ルシフェルはアイリスに声をかけた。
「だ、大丈夫ですわ。で…いえ、ルシーが護ってくださいましたから」
正体を知られないために、とルシフェルに言われて、幼いころの愛称で呼んだのだが。
(アイリスが、僕のことをまた、ふたりだけの呼び名で呼んでくれた……!)
奇跡のような出来事に、ルシフェルは襲撃者たちに感謝しそうになったさ。が、アイリスの視線を感じて我に帰る。名残惜しいが、ここで止まっているわけにはいかない。
「まだ下の階には賊がいるはずだ。確かめてくるから、君はここにいて」
「そんな、危ないですわ!」
「大丈夫。様子を見てくるだけだよ」
主人一家の無事を確かめたい、とと言われては、アイリスも受け入れるしかない。
「わかったわ。無事に帰ってきて。お願いですからね」
(アイリスが僕に、お願いを……!)
またもや別世界に行きかけたルシフェルだが、後ろ髪引かれる思いでアイリスをその場に残し、階下へと向かう。
早く片付けてアイリスを安心させたい、その一心でルシフェルは、食堂に陣取る賊たちに向かって突入し、いとも簡単に制圧してしまったのだった。
「まったくあなたと来たら、何て無茶なことを。様子を見てくるだけだとおっしゃったのに!」
強盗団と手引きした下男を縛り上げ、主人一家を助け出したあと。ルシフェルを出迎えたアイリスが、涙声でそう訴えた。
「そんなに心配してくれたなんて嬉しいよ。無事に戻ったら結婚する、って約束してもらうべきだったかな」
怒られる覚悟をしたルシフェルだったが、アイリスの反応はなかった。
(本気で怒らせてしまったのだろうか?困った、どうしたらゆるしてくれるだろう)
「……しますわ」
少し怒ったように、アイリスは小さな声でつぶやいた。それは照れ隠しのためだったが。
「あ、アイリス。今、何と言った?僕は、その……?」
「あなたと……結婚します」
アイリスは気づいたのだ。彼女にとってルシフェルが、いつの間にかこんなにも大切な存在になっていたことに。
「……な、な、な?!」
ルシフェルは呆然とし、次に信じられないという表情になり、最後に感情を爆発させた。
「ああ、もちろんだとも!アイリス、アイリス!」
それからのルシフェルの行動は速かった。
国王夫妻に報告を済ませ(息子の長年の思いを知っていた夫妻は大喜びで歓迎した)、アイリスの実家にも挨拶をして、内々に婚約を整えてしまったのだった。
1,761
あなたにおすすめの小説
彼女よりも幼馴染を溺愛して優先の彼と結婚するか悩む
佐藤 美奈
恋愛
公爵家の広大な庭園。その奥まった一角に佇む白いガゼボで、私はひとり思い悩んでいた。
私の名はニーナ・フォン・ローゼンベルク。名門ローゼンベルク家の令嬢として、若き騎士アンドレ・フォン・ヴァルシュタインとの婚約がすでに決まっている。けれど、その婚約に心からの喜びを感じることができずにいた。
理由はただ一つ。彼の幼馴染であるキャンディ・フォン・リエーヌ子爵令嬢の存在。
アンドレは、彼女がすべてであるかのように振る舞い、いついかなる時も彼女の望みを最優先にする。婚約者である私の気持ちなど、まるで見えていないかのように。
そして、アンドレはようやく自分の至らなさに気づくこととなった。
失われたニーナの心を取り戻すため、彼は様々なイベントであらゆる方法を試みることを決意する。その思いは、ただ一つ、彼女の笑顔を再び見ることに他ならなかった。
幼馴染と夫の衝撃告白に号泣「僕たちは愛し合っている」王子兄弟の関係に私の入る隙間がない!
佐藤 美奈
恋愛
「僕たちは愛し合っているんだ!」
突然、夫に言われた。アメリアは第一子を出産したばかりなのに……。
アメリア公爵令嬢はレオナルド王太子と結婚して、アメリアは王太子妃になった。
アメリアの幼馴染のウィリアム。アメリアの夫はレオナルド。二人は兄弟王子。
二人は、仲が良い兄弟だと思っていたけど予想以上だった。二人の親密さに、私は入る隙間がなさそうだと思っていたら本当になかったなんて……。
「無理をするな」と言うだけで何もしなかったあなたへ。今の私は、大公家の公子に大切にされています
葵 すみれ
恋愛
「無理をするな」と言いながら、仕事も責任も全部私に押しつけてきた婚約者。
倒れた私にかけたのは、労りではなく「失望した」の一言でした。
実家からも見限られ、すべてを失った私を拾い上げてくれたのは、黙って手を差し伸べてくれた、黒髪の騎士──
実は、大公家の第三公子でした。
もう言葉だけの優しさはいりません。
私は今、本当に無理をしなくていい場所で、大切にされています。
※他サイトにも掲載しています
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
幼馴染を溺愛する婚約者を懇切丁寧に説得してみた。
ましろ
恋愛
この度、婚約が決まりました。
100%政略。一度もお会いしたことはございませんが、社交界ではチラホラと噂有りの難物でございます。
曰く、幼馴染を溺愛しているとか。
それならばそのお二人で結婚したらいいのに、とは思いますが、決まったものは仕方がありません。
さて、どうしましょうか?
✻ゆるふわ設定です。
気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。
【完結】愛しい人、妹が好きなら私は身を引きます。
王冠
恋愛
幼馴染のリュダールと八年前に婚約したティアラ。
友達の延長線だと思っていたけど、それは恋に変化した。
仲睦まじく過ごし、未来を描いて日々幸せに暮らしていた矢先、リュダールと妹のアリーシャの密会現場を発見してしまい…。
書きながらなので、亀更新です。
どうにか完結に持って行きたい。
ゆるふわ設定につき、我慢がならない場合はそっとページをお閉じ下さい。
婚約破棄した王子は年下の幼馴染を溺愛「彼女を本気で愛してる結婚したい」国王「許さん!一緒に国外追放する」
佐藤 美奈
恋愛
「僕はアンジェラと婚約破棄する!本当は幼馴染のニーナを愛しているんだ」
アンジェラ・グラール公爵令嬢とロバート・エヴァンス王子との婚約発表および、お披露目イベントが行われていたが突然のロバートの主張で会場から大きなどよめきが起きた。
「お前は何を言っているんだ!頭がおかしくなったのか?」
アンドレア国王の怒鳴り声が響いて静まった会場。その舞台で親子喧嘩が始まって収拾のつかぬ混乱ぶりは目を覆わんばかりでした。
気まずい雰囲気が漂っている中、婚約披露パーティーは早々に切り上げられることになった。アンジェラの一生一度の晴れ舞台は、婚約者のロバートに台なしにされてしまった。
わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない
鈴宮(すずみや)
恋愛
孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。
しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。
その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる