冷淡だった義兄に溺愛されて結婚するまでのお話

水瀬 立乃

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優しかったあなたはもういない

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陽和(ひより)が16歳の時、シングルマザーだった母親が勤め先の専務と結婚して兄妹ができた。
義兄は陽和よりも6歳年上の慶一(けいいち)。
義妹は3歳年下の礼奈(れいな)。
ふたりとも継母と陽和に友好的で、父親も優しく、血は繋がらなくとも良好な家族関係を築けていた。
しかし陽和の母親が6年前に不慮の事故で他界すると、それまでの兄妹関係は一気に崩れた。
義理の父親は陽和が高校を卒業した頃に社長に就任し、その頃から仕事が忙しくなり家に帰らない日が続くようになった。
母親は心労を重ねて外出先で気が遠くなって階段から転落し、打ち所が悪くて帰らぬ人になった。
父親は陽和に涙を流して詫びて、「彼女がいなくなっても君はいつまでも家族だ」と言ってくれたが、義理の兄妹からは冷たく当たられるようになった。

母親が亡くなってから慶一と礼奈は陽和を家政婦のように扱い、2階建ての8LDKで風呂もトイレも2つずつある広い家の家事をほとんど任せていた。
父親との養子縁組が解消されなかったとはいえ、赤の他人となった境遇から逆らうことのできなかった彼女は大学を中退して就職し、仕事をしながら家事をして、自分の生活費は自分で賄いながら暮らしていた。
ふたりにとって陽和は家族ではなくても、彼女にとっては家族だった。
だから心のどこかで理不尽さを感じてはいても、何が何でも家を出ていこうと強く思えなかったし、住む場所があるだけで幸せだと思っていた。
彼女は彼女なりにここでの生活に平穏を感じていたのだ。

それから4年が経ち、陽和は26歳になった。
同居する家族から冷たくされる以外は何不自由なく暮らしてきたのだが、最近になって彼女の状況は一気に悪化した。
慶一と礼奈が「家から出ていけ」と言うようになったのだ。
当然、陽和は困った。
彼女は働いていたが給料はそれほど高くなく、貯金はあっても少額で、他に頼れる人もいない。
しかし兄妹と顔を合わせれば毎日のように「早く出ていけ」と言われるので、彼女はその度に「もう少し待って下さい」と頭を下げてお願いしていた。
彼らの頑固さからして、今度こそ本当に家を出ることになるだろうと彼女は覚悟した。

その日は礼奈が恋人と一週間の旅行に出かけた日だった。
夕食の後で慶一に「いつになったら荷物を纏めるんだ」と苦言を呈され、陽和はただひたすらに耐えて頭を下げていた。

「もう少し、もう少しと言ってもう半年になる。俺はあとどのくらい我慢すればいいんだ?」
「申し訳ありません、本当に…。あと少しで家を借りられるだけのお金が貯まるんです。だからそれまでは待っていただきたくて…」
「お前の都合なんて知ったことか。今まで俺は十分猶予を与えてきたつもりだ。母親が死んだ時にお前を追い出すこともできたが、情けをかけて住まわせてやっていたんだ。明日だ。明日出ていけ」
「そんな…明日は無理です。家も決まっていませんし、平日なので仕事もありますし…」
「ならさっさと家を決めて来い。俺はこれ以上待つ気はない。もし待ってもらいたければ…そうだな、体を使って説得してみろ。俺を満足させられたら、お前の希望する日まで期限を引き延ばしてやってもいい」

慶一の言葉の意味することを知った陽和は、顔を真っ赤に染めて硬直した。
彼を誘惑して、そういう意味で満足させられたら、貯金が目標額になるまで待ってもらえる。
陽和は秘かに彼に異性として憧れを持っていたので、彼と関係を持つのはやぶさかではなかった。
だから一瞬希望に胸が膨らんだが、いくら渡りに船な条件でも淑女としてその方法はどうなのかと26年培ってきた貞操観念が頭をもたげる。
返事ができずにもじもじと臍の上で組んだ指を動かしていると、慶一が鷹揚にソファに背を預けた。

「その反応…お前、経験がないのか」
「!」
「気が変わった。陽和、俺の相手をしろ」
「えっ…」
「ちょうど恋人と別れて溜まっていたんだ。お前も問題を先送りできるし、ウィンウィンだろ?」
「何を言っているんですか?!嫌です、私…こんなのは…!」

こんな愛のない関係は持ちたくない。
体でと提案したからには慶一に少しは好かれていたのかと思ったが、それは全くの勘違いだった。
彼の目からは陽和への好意が一切感じられず、女性を性のはけ口としか思っていない雄の目をしていた。
陽和は逃げるように後退り、廊下に繋がるドアを開くことまでは成功した。
彼女が両手で必死に開けたドアは慶一の腕一本で閉められ、背後から抱き竦められる。

「抵抗するな。ひどくされたくなければな。それにお前に拒否権はない」

そうして陽和は慶一に半ば無理やり処女を散らされた。
終わった後、彼は破瓜の痛みに耐えた彼女に労いの言葉もなく、興味を失くしたようにソファの定位置に戻って仕事用のパソコンを開いた。
愛も情もない仕打ちに絶望した陽和は、逃げるように部屋に戻ってすすり泣いた。

(初めてだったのに…こんな扱い…ひどい…)

初恋の人が相手とはいえ、これでは娼婦として抱かれたも同然だ。
否、娼婦なら仕事で報酬も発生するが陽和には何もないので、玩具にされたと言った方が正解かも知れない。
彼女はこういう行為に憧れを持っていたし、好きな者同士で愛し合う為にするものだと思っていた。
慶一は母親が生きていた頃はもっと穏やかで優しく、紳士的だった。
あんな横暴なことをするような人ではなかった。
だから余計に辛かった。
彼は母親と自分の前で理想の息子や理想の兄を演じていただけなのだと痛感する。
そうと知らずに過ごした過去を思い起こすと、虚しくてまた涙があふれた。

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