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第2章1節 魔法学園対抗戦/武術戦
第217話 管理者
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<魔法学園対抗戦・武術戦
十四日目 午前六時 騎士団詰所>
「……それでは諸君、今日もそこそこ楽しんで職務に励むように!」
「はっ!」
ジョンソンの言葉の後、胸元に右手を当て礼を行い、騎士達はそれぞれ散っていく。
まだ太陽が昇り出した頃だが、騎士とは斯様なことは気にせず働くものなのだ。
「さあて、私も自分の仕事をこなすとしよう」
「自分もお手伝いします」
「おお、助かる」
今日のジョンソンの仕事は書類整理。天幕区の利用許可、演習区の利用記録、購買部の販売履歴等々、後々重要になることを書き連ねた物を整理しておく。こうすると未来の自分が楽できるのだ。
部下のカイルと一緒に作業を進める。今日はあの独特な話し方のナイトメア、イズヤが一緒にいない。大方監視業務をさせてはいるのだろう。
今は絶賛二人きり。ということはつまり、図らずも秘密の話ができちゃうということで。
「……」
「……」
「……なあカイル」
「何でしょうか」
「お前……挨拶に行かなくていいのか?」
書類を紐で束ねていた手が止まる。
実直な彼が仕事の手を止めるということは、相当真剣に考えないといけない事項を、突き付けているということだ。
「……」
「いや、さ。あの方が戦えたのって……お前の助力があってからこそだと思うんだ。だからさ……」
「捨てました」
再び手を動かす。あたかも書類ではなく、気持ちを整理するかのように。
「あの頃の自分は、ハインライン陛下に忠誠を誓った時に捨てました。あの頃の自分は愚かな騎士でした。今の自分は仲間を敬い、共に戦う、グレイスウィルの一騎士です」
「……」
「……」
以降は黙々と作業の手を進める二人。
(……くそ。レオナ様はともかく、部下にですらかける言葉を迷うなんて。駄目じゃないか……)
必死に頭を働かせ、同時に手も働かせる。
心身の過労の果てにジョンソンは、部屋の入り口に狐の獣人の幻を見てしまった。
「……ん? んんんん!?!?」
「どうしたんですか団長……って!?」
カイルも一緒に入り口に駆け付け、そして驚嘆の声を上げる。
「あ~……お疲れ様っす、団長……あとカイルも……」
幻ではなかった。部屋の前にはアルベルトと他数名の騎士が、居心地が悪そうに立っていたのだ。
それは対抗戦が始まる前、ドーラ鉱山での出来事。
「……おいユンネ。起きろ」
「ん……」
時刻は正午付近。ラールス達が大量の魔術人形を引き連れ、鉱山内に進入して二時間ぐらい経った頃。
「……我の眠りを妨げし愚者は汝か……」
「冗談言うな。緊急事態が発生した。今すぐ鉱山内に向かうぞ」
「……鉱山内?」
ユンネはすぐさま目を擦り、鎧に着替える。睡眠を邪魔され不機嫌な顔は、みるみるうちに真剣そのものに様変わりした。
「遂に鉱石ゴーレムでも発生したかしら? アダマンタイトゴーレムとか出てきた?」
「残念だが違う。それどころか下手すりゃゴーレムよりもやべえ奴だ」
「……? いえ、ハンドレッド・リッスン・ザン・ワン・シー、百聞は一見に如かずね。さっさと行きましょう」
鉱山内は土肌が露出し、鉄や木を交えて構成された踏み台が組まれている。
階層は全部で五つ。奥に、地下に進む度、空気は薄れ、視界は閉ざされ、
そして魔力の密度が濃くなっていく。
「ああ……ヒリヒリする。この感覚、いつも私の心に絶え間なき痛みを与えてくるわ……」
「俺は獣人ってのもあってか、そんなに感じねえなあ。それよりもほら」
「ん……」
第五階層、現状行ける最奥の階層。入るとすぐに鉱山夫達が集う大広場と、小屋で構成された集落がある。
その中央に、現在人だかりができており――
「何よ、誰かと思えばラールスじゃない。鉱山をガンガン掘り進める魔術人形が珍しいってことかしら?」
「……角度が悪かったな。こっちから回り込め」
「え?」
アルベルトに続いて、乱雑している小屋の一つに近付くユンネ。
その方向から真っ直ぐ正面を見ると、それはいた。
「……ではこのような内容でよろしいですね?」
「二言はありませんか?」
「ああ……ええ、まあ」
ラールスが目を泳がせながら返事をする。魔術人形達は何も言わず鎮座しているだけだ。
彼は何か不服なことがあるとすぐに態度に出す。つまり今の状況は、彼にとって不服である――腕の立つ商人でさえも困らせる事態であると、瞬時に理解できるのだ。
「かしこまりました。我々のご要望を聞いていただき、感謝いたします」
「我々に逆らうことなく、条件を飲んでいただき感謝いたします」
そう言って頭を下げていたのは、二人の人間だった。
どちらも白髪、目は赤く肌が白い。男女二人組で、奇怪な服装をしていた。
汗を流し、身体を動かして、石を採掘する鉱山。そんな場には到底相応しくない、白いチュニックと足元がすっぽり覆われるほどのロングスカート。
屈強な男達が大半を占めている現状、明らかに浮いていた。
「……シンメトリー。シンクロ。レゾリューション……」
「どうした?」
「あの二人の動き……気持ち悪いわ。何をするにも、タイミングが一緒……」
「へぇ……?」
再度アルベルトも、二人組の言動を観察してみる。
頭を下げ、その後上げるタイミングも同じ。周囲にいる偉そうな人から書類を受け取るタイミングは、渡してくるのがそれぞれ異なっていたためずれていた。
しかし書類を返した後は、速やかに元の位置に戻っていく。そして再度同じ動きで礼をする。
「言動もそうだけど、何より目ね。インサニティ・アイ。あまりにも澄んでいて、故におぞましさを感じる」
「確かに、濁った目した鉱山夫達の中にあんな目の奴がいたらなあ」
「……ん?」
ふと、ユンネは酒場の中に目を向ける。不快な臭いが鼻についたからだ。
そして酒場の中はというと、これまた不快な光景が広がっている。
「……ワッツハップン」
「あ?」
「酒場にすし詰めにされし苦痛に悶え叫ぶ人々……一体何?」
「ああ、それを話していなかったな……」
声のトーンを落とし、誰にも聞こえないようにアルベルトは話す。
「あいつらさ……鉱山の奥から出てきたんだ。何も無い、全て採り尽くしたって場所から出てきたって証言もある。そしてここに来ると、大人数に聞こえるようにこう言った。この鉱山の管理者だって」
「……はぁ?」
「今までは自由に採掘してもらっていたが、この先は自分達が採掘する量を管理するって言い出してさ……ここの鉱山夫達がそれ聞いて、はいそうですかって黙って頷くと思うか?」
「……逆らった結果がこれと」
「俺が見たのはそこからで、あいつら見たことのない魔法を使ってた。近付くだけで透明の衝撃波がバシューンと……触媒らしきもんも見当たんねえし、魔法使いかもしれねえ」
「いや、そもそも、人であるか――」
その時、周囲の人間の流れが変わる。
「……んあ? 何かまた人が集まってんな?」
「エレナージュの駐屯兵ね。あっちはアルビム、そっちはラズ」
「あー……一応挨拶しとこうってことか」
「リード・アトモスフィア。空気を読んで私達も行きましょう」
「あー、お初にお目にかかります。私はエレナージュの……」
「よろしくお願いします、黄色い鎧の方」
「ご用件は如何程でしょうか、黄色い鎧の方」
「……」
「おっほん! 我々はラズの」
「よろしくお願いします、猪の方」
「ご用件は如何程でしょうか、猪の方」
「……」
声をかけた者のほとんどが、二人を前にして調子を狂わされているようだった。
「……失礼」
その間を割り込んでいき、アルベルトとユンネが躍り出る。
「これはこれは、赤い薔薇の鎧の方」
「あなた方はもしや、グレイスウィルの御方ですか」
直ちに赤い瞳がこちらに向かれるが、そこはしっかりと意思を持って。
「あー、まあそうです。今後この鉱山を管理されるとのことですから、仕事上ご一緒になることもあるかと思いまして……」
「仕事上ご一緒にですか?」
「そういう機会はないと思いますよ?」
「……は?」
困惑するアルベルトをよそに、二人は進める。真っ直ぐ澄んだ瞳を向けながら。
「街の治安維持、取り分の分配、健康管理、鉱山夫の登録等々。あなた方が行っていたお仕事は、この先我々が全部行います」
「言ったでしょう、我々はこの鉱山を管理する者。鉱山にまつわる物事は全て管理し、影響下に置かせていただきます」
その場にいた者全員が、二人の言葉にざわついている。
「……失礼。私もグレイスウィルの者なのだけれど、いいかしら」
「はい。我々にお聞きしたいことは何でしょう?」
「我々にお答えできることはありますでしょうか?」
「ええ、その……名前を教えてほしいのだけれど」
「我々のお名前ですか?」
「それを訊ねる理由はおありなのですか?」
「だってナンセンスじゃない、管理者さんって呼ぶのは。名前があったらそちらで呼ぶ方が、親しみもあって警戒しなくて良いと思うのだけれど。ああ、でもそのためにはこちらから名乗らなくっちゃ――私はユンネ・ヘリアリッジよ」
隣にいたアルベルトを肘で小突くユンネ。現実に立ち返った彼は、状況を察することができた。
「えー……アルベルトっす。一応、グレイスウィルの者っす」
「他にも人数はいるのだけれど、とりあえず今は私達だけ。どうかしら? 名前を教えていただいても?」
「……」
「……」
返事をするかと思いきや、突然二人は目を瞑った。
「……え?」
周囲の視線を気にも留めない行動だった。
視線の主達はこそこそ言葉を交わし、動向を待つ。
やがて突然閉じられた目は、また突然開かれた。
「我はキルッフと申します」
「我はオルウェンと申します」
名乗った後は、また澄んだ目を向けてくる。
「え、えーと……男の方がキルッフさんで、女の方がオルウェンさんね?」
「男とは?」
「女とは?」
「え……じゃ、じゃあ、耳元から下の髪を刈り込んでいる方がキルッフさんで、腰まで長い髪の方がオルウェンさんね?」
「……」
「……」
互いの髪を確認した後、はいそうですと二人揃って返事をした。
「よろしくお願いします、アルベルトさん。他に何かお聞きしたいことはありますでしょうか?」
「よろしくお願いします、ユンネさん。なければ我々は早速仕事に取りかかりますが?」
「ええ……まあ、私達からはこれだけ。あと他にも挨拶しておきたいって人はいると思うわ」
「進言ありがとうございます」
「そうですね、我々に用がある方はこちらに並んでください」
そう言われた駐屯兵達は、案外呆気なく指示された場所に並んだ。
「では、私達はこれで。失礼します」
「ごきげんよう、赤い薔薇の鎧のお二方」
「旅路に幸あれ、赤い薔薇の鎧のお二方」
「……」
ハハハハ……
休憩がてらその一部始終を聞いていたジョンソンとカイルは、珍しく終始ぽかんとした顔をしていた。
「……饒舌なユンネ先輩がたじろぐとは」
「そんなの寝耳に大滝だぞ? 本気で言ってる?」
「本当ですよ。その証拠にちゃんと書類だって準備してもらったんです」
「ええ……」
疑り深く書類に目を通すジョンソン。全部目を通した後、はぁと溜息だけが漏れた。信じざるを得ないという様子だった。
「それでその……何だって?」
「だから、管理者があれこれしてくれたせいで、俺達の仕事がなくなっちゃったんですよ。それで国王陛下と団長に報告スッゾコラーってなって、俺達は団長の所に。部隊長はユンネ達を引き連れてアルブリアに戻っていきました」
「うーん……そうか、そうか……」
腕を抱え、悩ましく唸るジョンソン。年齢相応の疲れた表情が浮かぶ。
「色々聞きたいことはあるが……他勢力はどんな感じだった?」
「寛雅たる女神の血族とか酷かったですよ、もう。管理者が地上に出てきた途端、大勢で捲し立てて抗議して。でも例の圧力スマイルで逆らうのを諦めたようでした」
「寛雅たる女神の血族が?」
「寛雅たる女神の血族が。あの強引さでは右に出る者はいないと言われている、寛雅たる女神の血族が。他の勢力もまあ大体そんな感じで……」
「えぇ~、それもう只者じゃないって言ってるようなものじゃないか!」
ジョンソンが憤慨しながら頭を抱える。カイルがすかさず紅茶のお代わりを入れてくれた。
「……まあいいや。鉱山の今後については、セーヴァ様が何とかしてくれるよ、うん」
「あー、そういえば鉱山に進出しようって言い出したの、セーヴァ様でしたっけ」
「そうだよそうだよ。無理矢理国王陛下に許可を降ろさせたせいで、こちとら余計な仕事に人員を割かないといけなくなったんだぞ。ぶっちゃけ仕事が減る分にはありがたいな!」
「それについては完全に同意。あいつらが来てくれたお陰で――」
アルベルトが窓の外に目を遣ると、対抗戦を終えて訓練に勤しむ生徒達の姿が見れる。
「俺もこうして対抗戦を観に来ることができた! しかも合法的に! ひゃっほい!」
「まあ先輩のことだから、そうだろうとは思っていましたよ」
「だが騎士である以上仕事はこなしてもらうからな。何せ急遽三十日目が生えた」
「……は?」
「最初の試合で魔術大麻の持ち込みがあってな。直前で発見されて、その日の試合は中止。完全に中止にはせず、最後に持ち越して行うことになった」
「……組み合わせは?」
「グレイスウィル、ケルヴィン、パルズミール。二年生だ」
「二年……」
アーサー、イザーク、ルシュドの顔がすぐに思い浮かぶ。
「……あいつらはんなことするタマじゃねえよ」
「持ち込んだのは指揮官の方です。ヴィクトール・ブラン・フェルグスという名前です」
「ああ、そっち……んでも知らねえ奴だわ」
ティーカップを残したまま、アルベルトは徐に立ち上がる。
「だから今から知りに行くわ」
「え?」
「どうせ止めても行くんだろうから言うけど、変なことはするなよ?」
十四日目 午前六時 騎士団詰所>
「……それでは諸君、今日もそこそこ楽しんで職務に励むように!」
「はっ!」
ジョンソンの言葉の後、胸元に右手を当て礼を行い、騎士達はそれぞれ散っていく。
まだ太陽が昇り出した頃だが、騎士とは斯様なことは気にせず働くものなのだ。
「さあて、私も自分の仕事をこなすとしよう」
「自分もお手伝いします」
「おお、助かる」
今日のジョンソンの仕事は書類整理。天幕区の利用許可、演習区の利用記録、購買部の販売履歴等々、後々重要になることを書き連ねた物を整理しておく。こうすると未来の自分が楽できるのだ。
部下のカイルと一緒に作業を進める。今日はあの独特な話し方のナイトメア、イズヤが一緒にいない。大方監視業務をさせてはいるのだろう。
今は絶賛二人きり。ということはつまり、図らずも秘密の話ができちゃうということで。
「……」
「……」
「……なあカイル」
「何でしょうか」
「お前……挨拶に行かなくていいのか?」
書類を紐で束ねていた手が止まる。
実直な彼が仕事の手を止めるということは、相当真剣に考えないといけない事項を、突き付けているということだ。
「……」
「いや、さ。あの方が戦えたのって……お前の助力があってからこそだと思うんだ。だからさ……」
「捨てました」
再び手を動かす。あたかも書類ではなく、気持ちを整理するかのように。
「あの頃の自分は、ハインライン陛下に忠誠を誓った時に捨てました。あの頃の自分は愚かな騎士でした。今の自分は仲間を敬い、共に戦う、グレイスウィルの一騎士です」
「……」
「……」
以降は黙々と作業の手を進める二人。
(……くそ。レオナ様はともかく、部下にですらかける言葉を迷うなんて。駄目じゃないか……)
必死に頭を働かせ、同時に手も働かせる。
心身の過労の果てにジョンソンは、部屋の入り口に狐の獣人の幻を見てしまった。
「……ん? んんんん!?!?」
「どうしたんですか団長……って!?」
カイルも一緒に入り口に駆け付け、そして驚嘆の声を上げる。
「あ~……お疲れ様っす、団長……あとカイルも……」
幻ではなかった。部屋の前にはアルベルトと他数名の騎士が、居心地が悪そうに立っていたのだ。
それは対抗戦が始まる前、ドーラ鉱山での出来事。
「……おいユンネ。起きろ」
「ん……」
時刻は正午付近。ラールス達が大量の魔術人形を引き連れ、鉱山内に進入して二時間ぐらい経った頃。
「……我の眠りを妨げし愚者は汝か……」
「冗談言うな。緊急事態が発生した。今すぐ鉱山内に向かうぞ」
「……鉱山内?」
ユンネはすぐさま目を擦り、鎧に着替える。睡眠を邪魔され不機嫌な顔は、みるみるうちに真剣そのものに様変わりした。
「遂に鉱石ゴーレムでも発生したかしら? アダマンタイトゴーレムとか出てきた?」
「残念だが違う。それどころか下手すりゃゴーレムよりもやべえ奴だ」
「……? いえ、ハンドレッド・リッスン・ザン・ワン・シー、百聞は一見に如かずね。さっさと行きましょう」
鉱山内は土肌が露出し、鉄や木を交えて構成された踏み台が組まれている。
階層は全部で五つ。奥に、地下に進む度、空気は薄れ、視界は閉ざされ、
そして魔力の密度が濃くなっていく。
「ああ……ヒリヒリする。この感覚、いつも私の心に絶え間なき痛みを与えてくるわ……」
「俺は獣人ってのもあってか、そんなに感じねえなあ。それよりもほら」
「ん……」
第五階層、現状行ける最奥の階層。入るとすぐに鉱山夫達が集う大広場と、小屋で構成された集落がある。
その中央に、現在人だかりができており――
「何よ、誰かと思えばラールスじゃない。鉱山をガンガン掘り進める魔術人形が珍しいってことかしら?」
「……角度が悪かったな。こっちから回り込め」
「え?」
アルベルトに続いて、乱雑している小屋の一つに近付くユンネ。
その方向から真っ直ぐ正面を見ると、それはいた。
「……ではこのような内容でよろしいですね?」
「二言はありませんか?」
「ああ……ええ、まあ」
ラールスが目を泳がせながら返事をする。魔術人形達は何も言わず鎮座しているだけだ。
彼は何か不服なことがあるとすぐに態度に出す。つまり今の状況は、彼にとって不服である――腕の立つ商人でさえも困らせる事態であると、瞬時に理解できるのだ。
「かしこまりました。我々のご要望を聞いていただき、感謝いたします」
「我々に逆らうことなく、条件を飲んでいただき感謝いたします」
そう言って頭を下げていたのは、二人の人間だった。
どちらも白髪、目は赤く肌が白い。男女二人組で、奇怪な服装をしていた。
汗を流し、身体を動かして、石を採掘する鉱山。そんな場には到底相応しくない、白いチュニックと足元がすっぽり覆われるほどのロングスカート。
屈強な男達が大半を占めている現状、明らかに浮いていた。
「……シンメトリー。シンクロ。レゾリューション……」
「どうした?」
「あの二人の動き……気持ち悪いわ。何をするにも、タイミングが一緒……」
「へぇ……?」
再度アルベルトも、二人組の言動を観察してみる。
頭を下げ、その後上げるタイミングも同じ。周囲にいる偉そうな人から書類を受け取るタイミングは、渡してくるのがそれぞれ異なっていたためずれていた。
しかし書類を返した後は、速やかに元の位置に戻っていく。そして再度同じ動きで礼をする。
「言動もそうだけど、何より目ね。インサニティ・アイ。あまりにも澄んでいて、故におぞましさを感じる」
「確かに、濁った目した鉱山夫達の中にあんな目の奴がいたらなあ」
「……ん?」
ふと、ユンネは酒場の中に目を向ける。不快な臭いが鼻についたからだ。
そして酒場の中はというと、これまた不快な光景が広がっている。
「……ワッツハップン」
「あ?」
「酒場にすし詰めにされし苦痛に悶え叫ぶ人々……一体何?」
「ああ、それを話していなかったな……」
声のトーンを落とし、誰にも聞こえないようにアルベルトは話す。
「あいつらさ……鉱山の奥から出てきたんだ。何も無い、全て採り尽くしたって場所から出てきたって証言もある。そしてここに来ると、大人数に聞こえるようにこう言った。この鉱山の管理者だって」
「……はぁ?」
「今までは自由に採掘してもらっていたが、この先は自分達が採掘する量を管理するって言い出してさ……ここの鉱山夫達がそれ聞いて、はいそうですかって黙って頷くと思うか?」
「……逆らった結果がこれと」
「俺が見たのはそこからで、あいつら見たことのない魔法を使ってた。近付くだけで透明の衝撃波がバシューンと……触媒らしきもんも見当たんねえし、魔法使いかもしれねえ」
「いや、そもそも、人であるか――」
その時、周囲の人間の流れが変わる。
「……んあ? 何かまた人が集まってんな?」
「エレナージュの駐屯兵ね。あっちはアルビム、そっちはラズ」
「あー……一応挨拶しとこうってことか」
「リード・アトモスフィア。空気を読んで私達も行きましょう」
「あー、お初にお目にかかります。私はエレナージュの……」
「よろしくお願いします、黄色い鎧の方」
「ご用件は如何程でしょうか、黄色い鎧の方」
「……」
「おっほん! 我々はラズの」
「よろしくお願いします、猪の方」
「ご用件は如何程でしょうか、猪の方」
「……」
声をかけた者のほとんどが、二人を前にして調子を狂わされているようだった。
「……失礼」
その間を割り込んでいき、アルベルトとユンネが躍り出る。
「これはこれは、赤い薔薇の鎧の方」
「あなた方はもしや、グレイスウィルの御方ですか」
直ちに赤い瞳がこちらに向かれるが、そこはしっかりと意思を持って。
「あー、まあそうです。今後この鉱山を管理されるとのことですから、仕事上ご一緒になることもあるかと思いまして……」
「仕事上ご一緒にですか?」
「そういう機会はないと思いますよ?」
「……は?」
困惑するアルベルトをよそに、二人は進める。真っ直ぐ澄んだ瞳を向けながら。
「街の治安維持、取り分の分配、健康管理、鉱山夫の登録等々。あなた方が行っていたお仕事は、この先我々が全部行います」
「言ったでしょう、我々はこの鉱山を管理する者。鉱山にまつわる物事は全て管理し、影響下に置かせていただきます」
その場にいた者全員が、二人の言葉にざわついている。
「……失礼。私もグレイスウィルの者なのだけれど、いいかしら」
「はい。我々にお聞きしたいことは何でしょう?」
「我々にお答えできることはありますでしょうか?」
「ええ、その……名前を教えてほしいのだけれど」
「我々のお名前ですか?」
「それを訊ねる理由はおありなのですか?」
「だってナンセンスじゃない、管理者さんって呼ぶのは。名前があったらそちらで呼ぶ方が、親しみもあって警戒しなくて良いと思うのだけれど。ああ、でもそのためにはこちらから名乗らなくっちゃ――私はユンネ・ヘリアリッジよ」
隣にいたアルベルトを肘で小突くユンネ。現実に立ち返った彼は、状況を察することができた。
「えー……アルベルトっす。一応、グレイスウィルの者っす」
「他にも人数はいるのだけれど、とりあえず今は私達だけ。どうかしら? 名前を教えていただいても?」
「……」
「……」
返事をするかと思いきや、突然二人は目を瞑った。
「……え?」
周囲の視線を気にも留めない行動だった。
視線の主達はこそこそ言葉を交わし、動向を待つ。
やがて突然閉じられた目は、また突然開かれた。
「我はキルッフと申します」
「我はオルウェンと申します」
名乗った後は、また澄んだ目を向けてくる。
「え、えーと……男の方がキルッフさんで、女の方がオルウェンさんね?」
「男とは?」
「女とは?」
「え……じゃ、じゃあ、耳元から下の髪を刈り込んでいる方がキルッフさんで、腰まで長い髪の方がオルウェンさんね?」
「……」
「……」
互いの髪を確認した後、はいそうですと二人揃って返事をした。
「よろしくお願いします、アルベルトさん。他に何かお聞きしたいことはありますでしょうか?」
「よろしくお願いします、ユンネさん。なければ我々は早速仕事に取りかかりますが?」
「ええ……まあ、私達からはこれだけ。あと他にも挨拶しておきたいって人はいると思うわ」
「進言ありがとうございます」
「そうですね、我々に用がある方はこちらに並んでください」
そう言われた駐屯兵達は、案外呆気なく指示された場所に並んだ。
「では、私達はこれで。失礼します」
「ごきげんよう、赤い薔薇の鎧のお二方」
「旅路に幸あれ、赤い薔薇の鎧のお二方」
「……」
ハハハハ……
休憩がてらその一部始終を聞いていたジョンソンとカイルは、珍しく終始ぽかんとした顔をしていた。
「……饒舌なユンネ先輩がたじろぐとは」
「そんなの寝耳に大滝だぞ? 本気で言ってる?」
「本当ですよ。その証拠にちゃんと書類だって準備してもらったんです」
「ええ……」
疑り深く書類に目を通すジョンソン。全部目を通した後、はぁと溜息だけが漏れた。信じざるを得ないという様子だった。
「それでその……何だって?」
「だから、管理者があれこれしてくれたせいで、俺達の仕事がなくなっちゃったんですよ。それで国王陛下と団長に報告スッゾコラーってなって、俺達は団長の所に。部隊長はユンネ達を引き連れてアルブリアに戻っていきました」
「うーん……そうか、そうか……」
腕を抱え、悩ましく唸るジョンソン。年齢相応の疲れた表情が浮かぶ。
「色々聞きたいことはあるが……他勢力はどんな感じだった?」
「寛雅たる女神の血族とか酷かったですよ、もう。管理者が地上に出てきた途端、大勢で捲し立てて抗議して。でも例の圧力スマイルで逆らうのを諦めたようでした」
「寛雅たる女神の血族が?」
「寛雅たる女神の血族が。あの強引さでは右に出る者はいないと言われている、寛雅たる女神の血族が。他の勢力もまあ大体そんな感じで……」
「えぇ~、それもう只者じゃないって言ってるようなものじゃないか!」
ジョンソンが憤慨しながら頭を抱える。カイルがすかさず紅茶のお代わりを入れてくれた。
「……まあいいや。鉱山の今後については、セーヴァ様が何とかしてくれるよ、うん」
「あー、そういえば鉱山に進出しようって言い出したの、セーヴァ様でしたっけ」
「そうだよそうだよ。無理矢理国王陛下に許可を降ろさせたせいで、こちとら余計な仕事に人員を割かないといけなくなったんだぞ。ぶっちゃけ仕事が減る分にはありがたいな!」
「それについては完全に同意。あいつらが来てくれたお陰で――」
アルベルトが窓の外に目を遣ると、対抗戦を終えて訓練に勤しむ生徒達の姿が見れる。
「俺もこうして対抗戦を観に来ることができた! しかも合法的に! ひゃっほい!」
「まあ先輩のことだから、そうだろうとは思っていましたよ」
「だが騎士である以上仕事はこなしてもらうからな。何せ急遽三十日目が生えた」
「……は?」
「最初の試合で魔術大麻の持ち込みがあってな。直前で発見されて、その日の試合は中止。完全に中止にはせず、最後に持ち越して行うことになった」
「……組み合わせは?」
「グレイスウィル、ケルヴィン、パルズミール。二年生だ」
「二年……」
アーサー、イザーク、ルシュドの顔がすぐに思い浮かぶ。
「……あいつらはんなことするタマじゃねえよ」
「持ち込んだのは指揮官の方です。ヴィクトール・ブラン・フェルグスという名前です」
「ああ、そっち……んでも知らねえ奴だわ」
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実在の人物、団体などとは関係ありません。
日本を舞台に繰り広げますが、架空の地名、建造物が物語には登場します。
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