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◇一話◇
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それは、彼女たちの結婚式から始まる。
茶色の長い髪を綺麗に結って、ヴェールの先にのぞく紫色の瞳を持つ花嫁は、
華やかな舞台と裏腹に緊張した表情をしている。
(なぜ、ねえさんではなく私が……)
彼女、オデット=バダンテールは夫となるランヴァルド・アーノルト伯爵のことを好いていた。
だがそれは同時に、片思いでもあったのだ。
彼が好いているのはオデットの姉、アンネリースだから。
なのになぜか今日、式場に花嫁としているのはたしかに妹のオデットなのだ。
――いわゆる、政略結婚のすえに。
好きでは、ある。
だが、うれしくはない。
むしろむなしさが胸を占めていた。
あきらめるつもりでいた恋がこんな形で叶うだなんて、最悪の気分だった。
なぜならオデットが愛されることは、ないのだろうから。
……。
オデットとランヴァルドは騎士団の同僚でもあった。
前者は魔術師として、後者は騎士として。
そこでも、ランヴァルドの想い人については有名な噂だった。
十歳のころから男にまざって騎士団に入隊したオデット。
姉のアンネリースはみごとなまでに美しく清らかな伯爵令嬢。
比べることさえできないのはオデット自身が一番よく分かっていた。
姉はプラチナブロンドの髪に青い瞳、
金髪碧眼のランヴァルドと並んでどちらがつりあうかというのも、
オデットが一番よく分かっていたのに。
(なぜ、こんなことに……)
だが、相手方が指名してきたのはオデットだった。
この結婚はオデットにとって地獄のようなものだ。
――……。
そうして迎えることになった結婚式の夜だが、
オデットはとくに気にもしていなかった。
ランヴァルドが自分に興味を持つとは思えない、ので、彼女はさっさとベッドにはいって目を閉じた。
はやく朝になればいい、朝になって、騎士団に顔をだして。
いつものように書類整理をして、巡回にでて。
「オデット」
名前を呼ばれてひやっとしたが、オデットは目を閉じたまま返事をしなかった。
しばらくランヴァルドは起きていたようだが、先に彼女の意識が眠りにおちる。
すうすうと寝息をたてはじめた妻に、ランヴァルドは青い瞳を細めて、
そっと眠る彼女の頬に触れてため息を吐いた。
――翌朝。
オデットは目をさますなり硬直した。
「――あの」
ちょうど額にキスをされたのだろう、頬をするりと撫でるおおきな手に鼓動がはやくなる。
期待しても無駄だというのを重々承知しているのに。
「おはよう、よく眠っていたね」
「は、はい、おかげさまで」
気まずい。
オデットはそそくさとベッドからおりた。
なぜランヴァルドがそうした行動をするのかがわからない。
「もう行くのかい?」
背にかかる言葉に緊張しながら、オデットは頷いた。
「今日は早めに来るよう言われているので」
嘘だが。
「私はそんな話、聞いていないが」
副団長をつとめているランヴァルドにそう言われてしまうと返す言葉がない。
失敗したと思いながら次の言葉を探す。
「お、お友達の手伝いがあるのです」
「……そうか」
なんだか小さなため息が聞こえた気がする。
(安心なさったのでしょうか)
好きでもない女と夫婦の演技をするのは疲れるだろう。
ついつい卑屈に考えながら、オデットは別室に移動して制服に着替え、
朝食もとらずに屋敷をとびだした。
……。
「……彼女は私を好きではないのだろうね。
以前いないと言っていたが、本当は誰か心に決めた相手がいたのだろうか」
オデットが早々に屋敷を出て行ったあと、ランヴァルドは執事にそう呟いた。
「仮にいらしたとしても、旦那様はあきらめになられないのでしょう?」
「まあね」
しれっとこたえた主人に、執事は苦笑をこぼす。
「旦那様にはアンネリース様との噂話もありますし、
オデット様はそれを信じていらっしゃるのでは?」
「……まぁ、たしかに彼女が初恋の相手ではあるよ、だがありえないだろう、
私とアンネリースがそんなに仲良く見えるかい?
このあいだだって「よくも私のかわいいオデットを」と殴られたばかりだよ。
彼女が天使のように清楚で美しいのは妹の前だけだ」
ほとんどの男がそれで騙されるけどね、と彼はつけたした。
「オデット様はそれをご存知ないでしょう」
「そうだろうね、アンネリースが妹の前で化けの皮をはがすとは思えないよ。
……なんとかオデットの気をひきたいものだね。
妻に手をだせないのも、夫としてはつらいものがあるし」
頭痛がするよ、とランヴァルドはまたひとつため息をはいた。
茶色の長い髪を綺麗に結って、ヴェールの先にのぞく紫色の瞳を持つ花嫁は、
華やかな舞台と裏腹に緊張した表情をしている。
(なぜ、ねえさんではなく私が……)
彼女、オデット=バダンテールは夫となるランヴァルド・アーノルト伯爵のことを好いていた。
だがそれは同時に、片思いでもあったのだ。
彼が好いているのはオデットの姉、アンネリースだから。
なのになぜか今日、式場に花嫁としているのはたしかに妹のオデットなのだ。
――いわゆる、政略結婚のすえに。
好きでは、ある。
だが、うれしくはない。
むしろむなしさが胸を占めていた。
あきらめるつもりでいた恋がこんな形で叶うだなんて、最悪の気分だった。
なぜならオデットが愛されることは、ないのだろうから。
……。
オデットとランヴァルドは騎士団の同僚でもあった。
前者は魔術師として、後者は騎士として。
そこでも、ランヴァルドの想い人については有名な噂だった。
十歳のころから男にまざって騎士団に入隊したオデット。
姉のアンネリースはみごとなまでに美しく清らかな伯爵令嬢。
比べることさえできないのはオデット自身が一番よく分かっていた。
姉はプラチナブロンドの髪に青い瞳、
金髪碧眼のランヴァルドと並んでどちらがつりあうかというのも、
オデットが一番よく分かっていたのに。
(なぜ、こんなことに……)
だが、相手方が指名してきたのはオデットだった。
この結婚はオデットにとって地獄のようなものだ。
――……。
そうして迎えることになった結婚式の夜だが、
オデットはとくに気にもしていなかった。
ランヴァルドが自分に興味を持つとは思えない、ので、彼女はさっさとベッドにはいって目を閉じた。
はやく朝になればいい、朝になって、騎士団に顔をだして。
いつものように書類整理をして、巡回にでて。
「オデット」
名前を呼ばれてひやっとしたが、オデットは目を閉じたまま返事をしなかった。
しばらくランヴァルドは起きていたようだが、先に彼女の意識が眠りにおちる。
すうすうと寝息をたてはじめた妻に、ランヴァルドは青い瞳を細めて、
そっと眠る彼女の頬に触れてため息を吐いた。
――翌朝。
オデットは目をさますなり硬直した。
「――あの」
ちょうど額にキスをされたのだろう、頬をするりと撫でるおおきな手に鼓動がはやくなる。
期待しても無駄だというのを重々承知しているのに。
「おはよう、よく眠っていたね」
「は、はい、おかげさまで」
気まずい。
オデットはそそくさとベッドからおりた。
なぜランヴァルドがそうした行動をするのかがわからない。
「もう行くのかい?」
背にかかる言葉に緊張しながら、オデットは頷いた。
「今日は早めに来るよう言われているので」
嘘だが。
「私はそんな話、聞いていないが」
副団長をつとめているランヴァルドにそう言われてしまうと返す言葉がない。
失敗したと思いながら次の言葉を探す。
「お、お友達の手伝いがあるのです」
「……そうか」
なんだか小さなため息が聞こえた気がする。
(安心なさったのでしょうか)
好きでもない女と夫婦の演技をするのは疲れるだろう。
ついつい卑屈に考えながら、オデットは別室に移動して制服に着替え、
朝食もとらずに屋敷をとびだした。
……。
「……彼女は私を好きではないのだろうね。
以前いないと言っていたが、本当は誰か心に決めた相手がいたのだろうか」
オデットが早々に屋敷を出て行ったあと、ランヴァルドは執事にそう呟いた。
「仮にいらしたとしても、旦那様はあきらめになられないのでしょう?」
「まあね」
しれっとこたえた主人に、執事は苦笑をこぼす。
「旦那様にはアンネリース様との噂話もありますし、
オデット様はそれを信じていらっしゃるのでは?」
「……まぁ、たしかに彼女が初恋の相手ではあるよ、だがありえないだろう、
私とアンネリースがそんなに仲良く見えるかい?
このあいだだって「よくも私のかわいいオデットを」と殴られたばかりだよ。
彼女が天使のように清楚で美しいのは妹の前だけだ」
ほとんどの男がそれで騙されるけどね、と彼はつけたした。
「オデット様はそれをご存知ないでしょう」
「そうだろうね、アンネリースが妹の前で化けの皮をはがすとは思えないよ。
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