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第133話 災害派遣準備
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ソフィアの歌に満足して、田岡中尉一行が寝室で眠りに就き、街の灯りも僅かな街灯を残すのみとなった頃、トゥンサリル城の不寝番のほか、デ・ノーアトゥーン港やギムレー湾に停泊している艦船の当直者の一部の者は、ツーンという気圧の変化と空気の振動に気付いた。
その後、海岸にいた者は、海面が僅かに上昇したことにも気が付いた。
◆◆◆◆
その夜、ブリーデヴァンガル島では特に何事もなく、翌朝には、普通の日常が始まっていた。
町家では早起きのおかみさんたちが朝食の支度を始め、お城では、メイドたちが朝の掃除をし、港と湾の艦艇では、起床ラッパが鳴り響いて、兵隊が朝の体操の後、甲板掃除に取り掛かっていた。
そんな一日が始まり、もうすぐ昼かという頃、1隻の帆走小型カッターが、デ・ノーアトゥーン港に滑り込んできた。
カッターは、停泊する艦船の間を縫う様にして岸壁に接岸し、乗っていた4,5人の男たちは、慌てて港の役人の許へ駆け込んだ。
港の役人は、根拠地隊が港へ設けている事務室へやって来ると
「デンワをお借りしたい。」
と申し入れてきた。
港の根拠地隊事務所には、小型の無線機が設置され、在港艦艇と無線連絡ができる様にしてあるほか、トゥンサリル城内の事務所との間には、野戦電話を敷設してあり、連絡が取れる様にしてある。
だから、属領首府の役人も、火急の要件がある時は、根拠地隊の電話を借りることがあったのである。
「構いませんよ。今日は、格別、お急ぎのようですね。」
下士官が受話器を取り上げ、ハンドルを回してお城を呼び出し、応答した兵に、事務室詰めの属領首府連絡員に替わってもらう。
すると、港の役人が、慌てて用件を切り出した。
港詰めの下士官が聞き耳を立てていると、どうやらどこかで火山が噴火したということらしい。
「やれやれ、エライことにならなければ良いが。」
下士官はそう思った。
◆◆◆◆
連絡を受けたトゥンサリル城では、庶務尚書ケッペル男爵が、海事・軍務尚書レンダール男爵と根拠地隊連絡員の山花大佐を、庶務尚書執務室へ、呼び出していた。
応接セットのテーブルの上には、海図が広げられている。
「たった今、ここガルフピッケン島のモント・ガルフ山が噴火したとの連絡がもたらされました。」
ケッペルは、海図の一点を指差して語り始めた。
「火山弾、火山灰による被害もさることながら、火口から流れ出た溶岩が流れ下り、人里へ迫っております。避難した住民たちは…。」
彼は、別の地図を取り出して広げ
「ここ、ヴォッサリーの港の周辺へ集まっているとのことでございます。」
と説明した。
「なるほど。島には、他に避難に適した場所はないのですか?」
山花が訊いた。
「ガルフピッケン島は、モント・ガルフ山がそのまま海上に頭を出しているようなもので、平地は少なく、住人は港周辺の限られた土地に住んで、漁業を営んでおります。」
レンダール男爵がケッペルの代わりに答えた。
「分かりました。仰りたいのは、我々日本海軍は、艦艇を出して住民を救助する、ということですね。」
「お察しのとおりでございます。」
山花の指摘に、ケッペルが答えた。
「避難させる住民は、どのくらいの数になりますか?」
「およそ3,000人、住民全員でございます。」
「全員…ですか。」
「左様でございます。島の状況は切迫しており、もはや、住民は海に逃れる以外はないとのことでございます。」
ケッペルの回答に、山花は、少し考え込んでしまった。
「3,000といえば、玉砕したアッツ島守備隊とほぼ同数だ。キスカ島撤退作戦よりは小規模だが、何隻の艦艇で足りるものか…。」
山花は、ケッペルの方を向き直って
「島までの距離は、どのくらいですか?港には、出雲のような大型艦が近寄ることはできますか?
と質問した。
「ガルフピッケン島は、ブリーデヴァンガル島の北方およそ100ノイル、デ・ノーアトゥーン港からですと、150ノイルほどになります。島の近海は暗礁も多く、港の地形も大型船舶の入港には適しておりません。」
ケッペルの答えに、山花はポケットから手帳と鉛筆を取り出して計算してみた。
「えーっと、1ノイルが1.6㎞であるから、240㎞、およそ130㌋、10ノットで半日行程か。」
「便利なペンをお持ちですね。」
ケッペルが鉛筆を褒めたが、山花は笑って誤魔化す。
「そちらで艦船は出さないのですか?」
あまりおんぶに抱っこでも困る。
「手配は進めておりますが、出港準備に半日、島までは2日半から3日、必要と見込んでおります。」
「島からの小舟は、半日かからずにデ・ノーアトゥーン港へ来航しておりますが?」
レンダールが答えたのに、山花が反問した。
「風でございます。この時季は北西風が吹いておりますから、南行きは順風、北行きは逆風となります。」
「あー、魔術で風を起こす、ということはできませんか?」
山花は
「こういう時の魔術だろう。」
と思い、言ってみた。
「やってできないことはないでしょう。ただ、船が沈むくらいの魔術師が必要になると思われます。」
レンダールが苦笑しながら答えた。
「承知しました。海底地形も不案内な場所で、どれだけのことが可能か分かりませんが、人命救助ということですから、できる限りのことはいたしましょう。」
山花の答えに
「ご厚意感謝いたします。」
とケッペルが応じた。
山花は、海図を2枚だけ持ち、ケッペルの執務室を辞すると、事務室に戻った。
彼が、卓に向かって座っていた下士官に
「この海図だが、おおまかにでも構わないから、ガリ版刷りで謄写ができないだろうか?」
と訊くと
「慣れた者なら、小一時間でできると思います。」
という回答だった。
「すぐに頼む。」
そう言うと山花は、「災害派遣」のための原案策定に取り掛かった。
その後、海岸にいた者は、海面が僅かに上昇したことにも気が付いた。
◆◆◆◆
その夜、ブリーデヴァンガル島では特に何事もなく、翌朝には、普通の日常が始まっていた。
町家では早起きのおかみさんたちが朝食の支度を始め、お城では、メイドたちが朝の掃除をし、港と湾の艦艇では、起床ラッパが鳴り響いて、兵隊が朝の体操の後、甲板掃除に取り掛かっていた。
そんな一日が始まり、もうすぐ昼かという頃、1隻の帆走小型カッターが、デ・ノーアトゥーン港に滑り込んできた。
カッターは、停泊する艦船の間を縫う様にして岸壁に接岸し、乗っていた4,5人の男たちは、慌てて港の役人の許へ駆け込んだ。
港の役人は、根拠地隊が港へ設けている事務室へやって来ると
「デンワをお借りしたい。」
と申し入れてきた。
港の根拠地隊事務所には、小型の無線機が設置され、在港艦艇と無線連絡ができる様にしてあるほか、トゥンサリル城内の事務所との間には、野戦電話を敷設してあり、連絡が取れる様にしてある。
だから、属領首府の役人も、火急の要件がある時は、根拠地隊の電話を借りることがあったのである。
「構いませんよ。今日は、格別、お急ぎのようですね。」
下士官が受話器を取り上げ、ハンドルを回してお城を呼び出し、応答した兵に、事務室詰めの属領首府連絡員に替わってもらう。
すると、港の役人が、慌てて用件を切り出した。
港詰めの下士官が聞き耳を立てていると、どうやらどこかで火山が噴火したということらしい。
「やれやれ、エライことにならなければ良いが。」
下士官はそう思った。
◆◆◆◆
連絡を受けたトゥンサリル城では、庶務尚書ケッペル男爵が、海事・軍務尚書レンダール男爵と根拠地隊連絡員の山花大佐を、庶務尚書執務室へ、呼び出していた。
応接セットのテーブルの上には、海図が広げられている。
「たった今、ここガルフピッケン島のモント・ガルフ山が噴火したとの連絡がもたらされました。」
ケッペルは、海図の一点を指差して語り始めた。
「火山弾、火山灰による被害もさることながら、火口から流れ出た溶岩が流れ下り、人里へ迫っております。避難した住民たちは…。」
彼は、別の地図を取り出して広げ
「ここ、ヴォッサリーの港の周辺へ集まっているとのことでございます。」
と説明した。
「なるほど。島には、他に避難に適した場所はないのですか?」
山花が訊いた。
「ガルフピッケン島は、モント・ガルフ山がそのまま海上に頭を出しているようなもので、平地は少なく、住人は港周辺の限られた土地に住んで、漁業を営んでおります。」
レンダール男爵がケッペルの代わりに答えた。
「分かりました。仰りたいのは、我々日本海軍は、艦艇を出して住民を救助する、ということですね。」
「お察しのとおりでございます。」
山花の指摘に、ケッペルが答えた。
「避難させる住民は、どのくらいの数になりますか?」
「およそ3,000人、住民全員でございます。」
「全員…ですか。」
「左様でございます。島の状況は切迫しており、もはや、住民は海に逃れる以外はないとのことでございます。」
ケッペルの回答に、山花は、少し考え込んでしまった。
「3,000といえば、玉砕したアッツ島守備隊とほぼ同数だ。キスカ島撤退作戦よりは小規模だが、何隻の艦艇で足りるものか…。」
山花は、ケッペルの方を向き直って
「島までの距離は、どのくらいですか?港には、出雲のような大型艦が近寄ることはできますか?
と質問した。
「ガルフピッケン島は、ブリーデヴァンガル島の北方およそ100ノイル、デ・ノーアトゥーン港からですと、150ノイルほどになります。島の近海は暗礁も多く、港の地形も大型船舶の入港には適しておりません。」
ケッペルの答えに、山花はポケットから手帳と鉛筆を取り出して計算してみた。
「えーっと、1ノイルが1.6㎞であるから、240㎞、およそ130㌋、10ノットで半日行程か。」
「便利なペンをお持ちですね。」
ケッペルが鉛筆を褒めたが、山花は笑って誤魔化す。
「そちらで艦船は出さないのですか?」
あまりおんぶに抱っこでも困る。
「手配は進めておりますが、出港準備に半日、島までは2日半から3日、必要と見込んでおります。」
「島からの小舟は、半日かからずにデ・ノーアトゥーン港へ来航しておりますが?」
レンダールが答えたのに、山花が反問した。
「風でございます。この時季は北西風が吹いておりますから、南行きは順風、北行きは逆風となります。」
「あー、魔術で風を起こす、ということはできませんか?」
山花は
「こういう時の魔術だろう。」
と思い、言ってみた。
「やってできないことはないでしょう。ただ、船が沈むくらいの魔術師が必要になると思われます。」
レンダールが苦笑しながら答えた。
「承知しました。海底地形も不案内な場所で、どれだけのことが可能か分かりませんが、人命救助ということですから、できる限りのことはいたしましょう。」
山花の答えに
「ご厚意感謝いたします。」
とケッペルが応じた。
山花は、海図を2枚だけ持ち、ケッペルの執務室を辞すると、事務室に戻った。
彼が、卓に向かって座っていた下士官に
「この海図だが、おおまかにでも構わないから、ガリ版刷りで謄写ができないだろうか?」
と訊くと
「慣れた者なら、小一時間でできると思います。」
という回答だった。
「すぐに頼む。」
そう言うと山花は、「災害派遣」のための原案策定に取り掛かった。
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