【完結】断頭台で処刑された悪役王妃の生き直し

有栖多于佳

文字の大きさ
17 / 62

第17話 じゃがいも革命

しおりを挟む
「マリー様、そろそろお戻り下さい。」



小高い丘の上に建った素朴な邸。その下を流れる小川。その先には畑が耕され、周囲には多くの果樹が植栽されている。



簡素なワンピースにエプロンをかけた女たちの中、一回り小さい娘に、場に似つかわない侍女服姿の女が声をかけた。



「あら、メリー今日は呼びに来るのが早くないかしら?」

声をかけられた娘は少しむくれた顔をして口答えする。



「いつもより長いくらいですよ。さあ、邸へとお戻り下さい。」



「そう?ねえメリー。今日は馬鈴薯の収穫なのよ。もうすぐ終わるから、もうちょっとだけ、ね?」

娘は手に持った拳より大きなジャガイモを侍女服の女に掲げてみせて、甘えた声でねだった。



「はは、マリアンナ。すごい豊作じゃないか!」

大きな声が遠くから聞こえた。



「まあ、フリード大叔父様!いらしてたの?」

娘は両手に馬鈴薯を持って、声の主の元へ駆け出した。



カールヨハン1世の婚姻と戴冠式の翌年、アレス王国の戦争王が崩御した。

その半年後、続けて王太子も不慮の事故で亡くなると、フリード王はカールヨハン1世に恭順の姿勢を示し、神聖帝国の再統一が広く大陸各国に知れ渡った。

同時期にカールヨハンとの深夜の密談の通り、シロスク地方の共同開発事業を本格稼働し始めたのだった。



その翌年には、カールヨハン1世とフリード王の姪で養女のアンナ・ルイーゼに待望の王子マクシミリアンが生まれ、帝国の未来は明るいと喜びに包まれた。



先だってからフリード王は、リンネ王国の王宮に優秀な学者を広く集めた学術サロンを開いていたが、この時から更にサロンを拡大し、知識の蓄積を早急に進めた。その上、周辺国の貴族や王族の子弟を受け入れ、若年者教育にも力を注ぐようになっていた。







1度目の世界、マリアンナの命を奪う革命の前、大陸全土を飢饉が襲った。



その飢饉であっても、テルス=ハデス帝国とリンネ王国は戦争を繰り返していた為、戦乱だけでなく飢えによっても無辜の民が大勢亡くなった。



そんな中リンネ王国のフリード王は、王の名の下、王国の農業学者の進言に従い馬鈴薯の栽培を大規模に敢行した。始め、冷涼な痩せた土地でも収穫できる優秀な作物である馬鈴薯栽培を農民たちは拒んだ。もちろんその上の、領主である貴族も拒んだ。



黄金に輝く小麦が最も価値のある作物であり、地の下に付く実など食べるに値しないという共通の価値観をみな有していた。

初めて他の大陸からもたらされた馬鈴薯は、単なる紫の小花を楽しむ観賞用であった。



しかし、小麦の穂が黒くなって枯れる病気のまん延により大陸に飢饉が起き、民は空腹に喘ぐ。



フリード王は王命として馬鈴薯を各領地で栽培することを命じた。命令を聞かない領主は王国軍が逮捕し、その土地を接収してまで、馬鈴薯を植えさせた。



結果、リンネ王国の飢饉は他国に先んじて終息したことにより、フリード王には馬鈴薯王と言う新たな二つ名が追加されることになった。



マリアンナがその話を聞いたのは、アレス王国へ嫁いだ後、離宮に引きこもった頃であった。



慰問に行った先の教会にある孤児院で、シスターと子供たちが馬鈴薯を育てているのを見たり、神父から隣国の馬鈴薯王の話を聞き感銘を受けると、離宮の庭を畑として耕し馬鈴薯を植え、育てた。

フリード王のジャガイモ革命から凡そ10年後のことである。



民が空腹で苦しむ中、アレス王家は的確な対応を取ることが出来ていなかった。

申請のあったどこぞの貴族家に幾ばくかの食料を融通した、税金を割り引きした、そんな場当たり的な対応に終始しており、ましてや領主次第で、その施しが末端の国民へと届いているかの確認すらしていなかった。革命に至るほど国民の不満が溜まるのも致し方無いとも言える。



その世界線でのマリアンナは国王である夫に庭の畑や孤児院の畑を見せてその有意性を訴えた。

国王はマリアンナの提案に理解を示し、議会で飢饉対策として各領地へ馬鈴薯の栽培を推奨を提言したが、やはり小麦至上主義の貴族たちの拒否感は強く、またフリード王のように王命を出し強権で推し進めるほどの強さもオーギュストにもなく、掛け声倒れとなってしまった。



そして議会の貴族たちは、離宮に引きこもるばかりで社交の場にも出てこないくせに口だけ介入した我が儘王妃だとマリアンナを強く批判し牽制、マリアンナの発言を捏造されて流布され、自身の立場をより悪くしただけだった。



「パンがないなら、ケーキを食べれば良いじゃない」



マリアンナの発言として、アレス王国の社交界で広められた不名誉なフレーズは国民の憎悪を生んだのだが、実際にマリアンナが言ったのは、



「小麦がダメなら馬鈴薯を植えたらいいじゃない。」

であった。



小麦が病気で採れないならば、別の作物を植えて、国民を飢えから救わねばならない。

そう訴えたマリアンナの言葉は、アレス王国の国民には届かなかったのである。







さて、2度目の世界でもマリアンナは早々に後宮の土地を耕して馬鈴薯を植えた。



兄皇帝の義父となったフリード王が、ちょくちょくと帝国の王宮に滞在するようになったからだ。



馬鈴薯王から直々に、馬鈴薯の有用性の講義を聞き、またある時はリンネ王国で指折りな農業学者もわざわざ連れてきてくれて、マリアンナに農学の学ぶ機会を与えてくれたのだった。



そうして王宮の奥に、一度目の世界での離宮の趣をなぞるように、小さな農村風な邸を設けてマリアンナはそこに入り浸るようになっていった。





長姉エリザヴェータを尊敬し、姉と同じことを学ぶことを至上命題としていたカロリーナが、知識を求めてリンネ王国のフリード王のサロンへとデビュタントを終えた翌日に旅立ってしまった。



これには一悶着あって、フリード王は薄々、二人の王女のどちらかが神託を受ける姫巫女であろうと思っている節があった。そんな中、カロリーナのデビュタントの祝いにわざわざフリード王が王宮へとやって来て、カロリーナにリンネ王国のサロンへと誘いをかけたのだ。



「皇帝陛下、わしの責任に於てカロリーナ王女の安全を誓おう。そうして帝国へ知識の還元となるよう多くの学びの場を与えよう。カロリーナ王女殿下、いや、従姉妹姪なのだから、カロリーナと名呼びをしよう。わしのことも大叔父と頼ってくれて構わぬ。貴女に最高の学びを与えよう。」



大陸一の賢王と呼ばれるフリード王に、推しに公式の場でこうまで言われたカロリーナは、即答寧ろ被せ気味で「お願いします!!!」と返事をし、隣で珍しく苦虫を噛み締めたように顔を歪めた兄皇帝が、しぶしぶ、しぶしぶ、なんとも微妙な許可のような返事をした。



「カロリーナ、大陸一の賢王のサロンへなど嫁ぎ先を探しに行くと思われるが、それでも良いなら好きにしろ。」

後ろに控えていた兄皇帝の側近たち、護衛騎士たちには、無言の『行けるものなら行ってみろ(決して行かせない)』という圧力を感じ涙目で震えていたのだが。



禍々しいオーラを纏いフリード王を睨み付けあからさまに皇帝が不機嫌になってしまったので、華やかなデビュタントの席が一転お通夜のようになってしまい、その年のデビュタントの子らには可哀想なことだと、自室の部屋に戻ってきて当事者のカロリーナがマリアンナにため息混じりに囁いたのだった。



まあ、そんな訳で、カロリーナも居なくなり、後宮の奥、王女の建物はマリアンナだけになってしまった。

マリアンナは同室一緒に過ごした姉王女の旅立ちを涙を堪えて見送ったのである。



すっかり気落ちして寂しげなマリアンナを慰めるべく、兄皇帝はマリアンナが望むような農村を造り贈ってくれたのだった。

ところが、そこにまたフリード王がちょくちょくと訪ねて来ては、マリアンナの興味を引くので、カールヨハンはとても面白くない思いをすることになるのだが、それはまた別のお話。



「叔父様、馬鈴薯って塩ゆでして食べるばかりじゃなくて、油で揚げてお塩を振るととても美味ですのよ。すぐにご用意しますから、邸で召し上がってみてくださる?」

マリアンナが手に持った馬鈴薯を見せながらフリード王に気安く話しかけた。



「それは素敵なお誘いだね、マリアンナ。ぜひにご相伴に預かろう。しかし、収穫直ぐの芋より、少し寝かした方がより美味しいのだけどね。」

フリード王も慣れた様子で答えた。



「ええ、早生の実の収穫はもうとっくに終えましてね、以前教えていただいたように暗所で寝かしてありますからそちらを召し上がって頂きたいですわ。」

マリアンナはそう言うと、フリード王にエスコートされながら邸へと向かうのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】幼な妻は年上夫を落としたい ~妹のように溺愛されても足りないの~

綾雅(りょうが)今年は7冊!
恋愛
この人が私の夫……政略結婚だけど、一目惚れです! 12歳にして、戦争回避のために隣国の王弟に嫁ぐことになった末っ子姫アンジェル。15歳も年上の夫に会うなり、一目惚れした。彼のすべてが大好きなのに、私は年の離れた妹のように甘やかされるばかり。溺愛もいいけれど、妻として愛してほしいわ。  両片思いの擦れ違い夫婦が、本物の愛に届くまで。ハッピーエンド確定です♪  ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/07/06……完結 2024/06/29……本編完結 2024/04/02……エブリスタ、トレンド恋愛 76位 2024/04/02……アルファポリス、女性向けHOT 77位 2024/04/01……連載開始

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

赤貧令嬢の借金返済契約

夏菜しの
恋愛
 大病を患った父の治療費がかさみ膨れ上がる借金。  いよいよ返す見込みが無くなった頃。父より爵位と領地を返還すれば借金は国が肩代わりしてくれると聞かされる。  クリスタは病床の父に代わり爵位を返還する為に一人で王都へ向かった。  王宮の中で会ったのは見た目は良いけど傍若無人な大貴族シリル。  彼は令嬢の過激なアプローチに困っていると言い、クリスタに婚約者のフリをしてくれるように依頼してきた。  それを条件に父の医療費に加えて、借金を肩代わりしてくれると言われてクリスタはその契約を承諾する。  赤貧令嬢クリスタと大貴族シリルのお話です。

赤毛の伯爵令嬢

もも野はち助
恋愛
【あらすじ】 幼少期、妹と同じ美しいプラチナブロンドだった伯爵令嬢のクレア。 しかし10歳頃から急に癖のある赤毛になってしまう。逆に美しいプラチナブロンドのまま自由奔放に育った妹ティアラは、その美貌で周囲を魅了していた。いつしかクレアの婚約者でもあるイアルでさえ、妹に好意を抱いている事を知ったクレアは、彼の為に婚約解消を考える様になる。そんな時、妹のもとに曰く付きの公爵から婚約を仄めかすような面会希望の話がやってくる。噂を鵜呑みにし嫌がる妹と、妹を公爵に面会させたくない両親から頼まれ、クレアが代理で公爵と面会する事になってしまったのだが……。 ※1:本編17話+番外編4話。 ※2:ざまぁは無し。ただし妹がイラッとさせる無自覚系KYキャラ。 ※3:全体的にヒロインへのヘイト管理が皆無の作品なので、読まれる際は自己責任でお願い致します。

【本編完結済み】二人は常に手を繋ぐ

もも野はち助
恋愛
【あらすじ】6歳になると受けさせられる魔力測定で、微弱の初級魔法しか使えないと判定された子爵令嬢のロナリアは、魔法学園に入学出来ない事で落胆していた。すると母レナリアが気分転換にと、自分の親友宅へとロナリアを連れ出す。そこで出会った同年齢の伯爵家三男リュカスも魔法が使えないという判定を受け、酷く落ち込んでいた。そんな似た境遇の二人はお互いを慰め合っていると、ひょんなことからロナリアと接している時だけ、リュカスが上級魔法限定で使える事が分かり、二人は翌年7歳になると一緒に王立魔法学園に通える事となる。この物語は、そんな二人が手を繋ぎながら成長していくお話。 ※魔法設定有りですが、対人で使用する展開はございません。ですが魔獣にぶっ放してる時があります。 ★本編は16話完結済み★ 番外編は今後も更新を追加する可能性が高いですが、2024年2月現在は切りの良いところまで書きあげている為、作品を一度完結処理しております。 ※尚『小説家になろう』でも投稿している作品になります。

ツンデレ王子とヤンデレ執事 (旧 安息を求めた婚約破棄(連載版))

あみにあ
恋愛
公爵家の長女として生まれたシャーロット。 学ぶことが好きで、気が付けば皆の手本となる令嬢へ成長した。 だけど突然妹であるシンシアに嫌われ、そしてなぜか自分を嫌っている第一王子マーティンとの婚約が決まってしまった。 窮屈で居心地の悪い世界で、これが自分のあるべき姿だと言い聞かせるレールにそった人生を歩んでいく。 そんなときある夜会で騎士と出会った。 その騎士との出会いに、新たな想いが芽生え始めるが、彼女に選択できる自由はない。 そして思い悩んだ末、シャーロットが導きだした答えとは……。 表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_) ※以前、短編にて投稿しておりました「安息を求めた婚約破棄」の連載版となります。短編を読んでいない方にもわかるようになっておりますので、ご安心下さい。 結末は短編と違いがございますので、最後まで楽しんで頂ければ幸いです。 ※毎日更新、全3部構成 全81話。(2020年3月7日21時完結)  ★おまけ投稿中★ ※小説家になろう様でも掲載しております。

ひとりぼっちだった魔女の薬師は、壊れた騎士の腕の中で眠る

gacchi(がっち)
恋愛
両親亡き後、薬師として店を続けていたルーラ。お忍びの貴族が店にやってきたと思ったら、突然担ぎ上げられ馬車で連れ出されてしまう。行き先は王城!?陛下のお妃さまって、なんの冗談ですか!助けてくれた王宮薬師のユキ様に弟子入りしたけど、修行が終わらないと店に帰れないなんて…噓でしょう?12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

妾に恋をした

はなまる
恋愛
 ミーシャは22歳の子爵令嬢。でも結婚歴がある。夫との結婚生活は半年。おまけに相手は子持ちの再婚。  そして前妻を愛するあまり不能だった。実家に出戻って来たミーシャは再婚も考えたが何しろ子爵領は超貧乏、それに弟と妹の学費もかさむ。ある日妾の応募を目にしてこれだと思ってしまう。  早速面接に行って経験者だと思われて採用決定。  実際は純潔の乙女なのだがそこは何とかなるだろうと。  だが実際のお相手ネイトは妻とうまくいっておらずその日のうちに純潔を散らされる。ネイトはそれを知って狼狽える。そしてミーシャに好意を寄せてしまい話はおかしな方向に動き始める。  ミーシャは無事ミッションを成せるのか?  それとも玉砕されて追い出されるのか?  ネイトの恋心はどうなってしまうのか?  カオスなガストン侯爵家は一体どうなるのか?  

処理中です...