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第42話 気にいらない釣書
しおりを挟む今日も今日とて、山と積まれた釣書と肖像画に胸やけがするマリアンナ。
(お母様との話し合いから3日でなぜこんなに集まるのよ!と言うか、昨日より増えているんじゃない?)
机の上に絶妙なバランスで積み置かれた釣書を前に、頭を抱えていた。
「マリー様、こちらは如何でしょうか。」
渡されたのは、クロノス王国の王太子の嫡男25才。
「あら、この方って確か幼い頃より王国の公爵令嬢とご婚約されていらっしゃったのではなかった?」
実際の顔から数倍も麗しく描かれた金髪碧眼のTHE王子スマイルな肖像画を見ながら、マリアンナは侍女のメリーに問いかけた。
「釣書によると、先日円満に婚約解消したそうです。」
「はっ?あんなに長く婚約しておいて?理由はなんと?」
「永い春と。」
「え、待たすだけ待たしておいて、飽きたってこと?」
「調べますか?」
「結構よ、却下。」
だいたい周辺国の年頃の王族には、幼い頃より決められた婚約者が居るものだ。降ってわいた帝国王女マリアンナの婚約者選定に、婚約という重い契約を破棄してでもと乗ってくる者に、良い人が居るとは思えない。
「だいたい無理じゃないかしら。わたくし、王族としか婚姻しないなどとは思っていませんし爵位も気にしませんが、王族だけでなく貴族であっても、年頃の方は男女共に婚約位はもうしているでしょう。人の恋路にちょっかいを出すなんて、それこそ、横恋慕ってあだ名されてしまうわ。」
マリアンナは、かつて次姉が長姉の婚約者に秋波を送っていた姿を、王宮内で、いや帝国の社交界で《横恋慕》とあだ名されていたことを引き合いに出して、そう言った。と、言うのもそのあだ名をマリアンナに教えたのがメリーであったのである。
「う、」
メリーが自身の過去の発言に胸を押さえて口ごもる。
「もう良いのよ、メリー。わたくしがお母様にお断りして来るわ。」
マリアンナが内心(しめしめ、やったぞ)と、にこやかに拒否を告げた。
すると、別の侍女から声が上がり、
「こ、こちらのお方は如何でしょうか。正統な王族の血筋で、尚且つ1度も婚約者がいらっしゃった事がない。殿下のご希望通りでは?」
「婚約者が居ないのが理想と言うのは可笑しいでしょ?居ない人が求婚するのが普通では無いのかしら?」
マリアンナが(もう少しで拒否出来たのに、どこのどいつだ)と、フンスフンスと鼻息も荒く、その釣書を受け取って見れば、そこには、現アレス王国王の甥、世間的には死亡したことに為っている前アレス王国王太子の次男シャルルフリップ王子の釣書であった。
「…」
マリアンナは驚き過ぎて、白く燃え尽きた。
ここに来て、突然のアレス王国王妃への道がまた近づいて来たのだ。
確かに、近々起こるであろう、アレス王国のクーデター、その後起こるであろう混乱を収め、後継として王となるアレス王国の正統な王子が、神聖帝国の王女を伴侶としていれば、尚のことアレス国内での支持を得やすいだろう。
だがしかし、マリアンナには何にも得の無い、むしろ罰ゲームのような婚姻であり、受ける意味すら無い。
燃え尽きながらも思考を巡らせていると、沸々と怒りが込み上げて来た。
「その申込み、わたくしに何の得があるというの?申込みした後見人はどなた?」
マリアンナが、滅多に見せない苛立った顔でその侍女へ尋ねた。
「あ、あ、あの、申し訳ございません。確かに亡命中の者など王族とは言え、姫様にはふさわしくありませんでした。後見人がフリード王陛下でしたので、何か帝国の為になるのかと簡単に考えてしまいました。」
その侍女が平伏の様相で顔を青くしながら謝罪を繰り返した。
「は、はあああああ~?フリード王?フリード王が後見人?」
マリアンナは目が溢れ落ちるほど見開いて、釣書の後見人の欄を見た。
そこには確かにフリード王の直筆サインが記載されていた。
(おじ様、戯れが過ぎますわ。深遠なお考えがあったとしても、これは見過ごせません。)
カロリーナからマリアンナの1度目のアレス王妃となった悲惨な末路を予知夢という形で聞いて知っているフリード王の、アレス王妃として混乱の渦中に放り込むような、傷口に塩を塗り込むうような申し入れに、非常に憤慨したマリアンナは、フリード王と三姉のカロリーナに宛てて強いクレームを含んだ手紙を送った。
そして、母には、婚約者の居ない年頃の者がアレス王国の王族だけのようなので、やはり婚姻は選択肢に入らないこと、故にお見合いもしないことを申し入れた。
「あの爺め、なんという非道!」
「フリードめ、我が娘を大陸統一の手駒にする気か!」
そう両親も怒りに震え、マリアンナのお見合い話は立ち消えとなったのである。
釣書と肖像画は侍女たちによって返却された。
『マリアンナ王女殿下の心の琴線に触れることが無かった為、申し入れをお断り致します。』
と、けっこう辛辣なメッセージを添えて。
マリアンナが直接厳しい文面で批判したフリード王とカロリーナから、言い訳の1つも返事があるかと思っていたが、早々に届いたはずの手紙の返事はついぞ来ることが無かった。
(あのおじ様がこの問題をほっとくかしら。リーナ姉様だって既読スルーとはしないはずでは?だいたいどういった経緯でおじ様からシャルルフリップ王子の釣書が届くような話になったのかしら。裏で手ぐすね引いているのは誰?手ぐすね引いているのはおじ様ご本人でしょうけれども。だいたいあのお兄様がご存知無いのかしら?)
マリアンナは思考の渦に飲み込まれていた。
折しもマリアンナの誕生日の前日、マリアンナ宛てに先触れが来た。
マリアンナへ面会を乞うていた。
その名を聞いて、胸が跳ね、狂ったように激しく打った。
マリアンナへの面会を願った相手は、アレス王国元王太子の第3王子であり、1度目の世界でマリアンナの夫であった、オーギュストその人だった。
マリアンナは、アレス元王太子の次男シャルルフリップ王子からの釣書にはクレームを入れてつっ返したくせにオーギュストとの面会は承諾していた。
(シャルルフリップ王子の婚約の申込みに嫌悪感があったのは、アレス王国との繋がりが不愉快だからだと思っていたけれど、その気持ちもありますし、フリード王の底知れぬ思惑がムカついたことも事実ですけれど、アレス王族の婚姻申込みがオーグからで無いことが腹立たしかったのですわ。)
その自分の行動の意味がわからないほど、愚かでは無かった。
マリアンナは、この時初めて、オーギュストへの恋心を意識したのであった。
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