54 / 62
第54話 2度目の世界線 マリアンナの結婚前夜 前編
しおりを挟むマリアンナとオーギュストの婚姻が執り行われたのは、マリアンナ20歳の誕生日であった。
その式は、おおよそ神聖帝国の姫の婚姻式とは思えない、ひっそりとした式であった。
それと言うのも、2度目の世界線でも隣国アレス王国で前年に革命が起こったのだ。
マリアンナのデビュタントの時に次姉オフィーリアから持たらされた情報では、あと数年で内乱になるだろうと聞いていたが、正に4年で革命が起きてしまった。
兄皇帝から、その一放を告げられた時のマリアンナは、
(とうとうその時がやってきましたのね。)
そんな冷めたものであった。
今回も革命の狼煙は政治犯収容所から上がった。
革命軍が、満・杯・の・政治犯収容所を、国に対して絶望していた平民を中心とした義勇兵が襲い、収容所の中で捕えられていた囚人たちが、貴族もブルジョワジーも平民も、みな一致団結して反乱を起こしたのだった。
その義勇兵の中には、新大陸の独立戦争に参戦し、独立戦争が終結したのでやっと故郷へと帰国した、アレス王国軍の一部も加わっていたのだ。
いや、一部が王族側につき、大部分は革命軍側についたのだ、将軍ラファイエット侯爵が、革命軍に正義ありと宣言したのだから、アレス王国軍の多くは革命軍となったのだ。
そうすると収容所などすぐに制圧され、そのままの勢いで王宮を取り囲んだのだった。
革命軍側から、国王シャルルへ降伏を受け入れるよう申し入れが為され、それが決裂した場合は、王宮へと突入すると最後通牒が行われた。
そんな騒動の最中に、修道院へと入ることを希望していた、長く軟禁状態にあった王妃が国王と愛人と側近たちの悪事を告発するという知らせを、断髪した王妃の髪を持った侍女がもたらした。
一部の革命側の軍人とラファイエット将軍が王宮へ入り、王妃を保護し、そのことを直接国王シャルルへと告げた、王妃の切られた髪を見せながら。
それによって、もう逃げ場が無いことを悟った国王が降伏を受け入れたのである。
そして、国王とその愛人、側近の取り調べ、裁判を経て、処刑を終えたのが、マリアンナとオーギュストの婚姻式の1ヶ月前だった。
元より亡命しているアレス王国の王族の結婚を大々的にするのも憚られていたので、家族と側近だけのささやかな式を王宮内にある教会であげることになっていた。
世間へのお披露目は、アレス王国に暫定政府が出来たと広報され、アレス元王太子妃と王子たちが各々自身の言葉で語った後に、控えめにお知らせをすることに決まったのだった。
マリアンナの婚礼が執り行われるという日の前夜。
アレス王宮に、両親、長姉夫妻、次姉夫妻、三姉夫妻とそれぞれの子供たち、オーギュストの母と次兄が揃っていた。
和やかな晩餐を終えた後、後宮の皇帝の建屋にある、比較的広めな応接室に席を移した。
建屋には、近衛兵が数多く配置され、応接室へと続く廊下も遥か前で、立ち入り禁止区域とされていた。
子供たちは、もう王宮の客室で乳母たちに寝かされ、その場には、皇帝と皇后、そしてそれぞれ姉妹たちとその配偶者、オーギュストと母と次兄だけが集められた。
お茶が侍従からサーブされると、固くドアが閉じられた。
ドアから少し離れて、近衛兵が槍を持ち構えて警護をしていた。
室内には、神聖帝国の一族と、それに加わるアレス王家の生き残りだけであった。
「夜も更けて、明日は帝国の末姫の婚礼の式である。本来は、早く休ませねばならないだろう。しかし、今この時に、伝えなければならないことがある。」
皇帝カールヨハン1世が、その場に重々しい言葉を落とし始めた。
「これから話すことは、神聖帝国の秘密である。墓場までその胸に秘めて持っていけ。これは厳命である。」
みな一様に、固唾を飲んで黙って皇帝の話しに耳を傾けていた。
先程までの和やかな晩餐の席と同日であるとは思えない、一転して厳しい空気であった。
とても、明日結婚するマリアンナを祝うような雰囲気では一切無い。
「では、この話しはまず、わしから、リンネ国王フリードから聞かせるとしよう。」
いつもの苦虫を噛み潰したような顔で、チラリと母マリアに目配せをしたフリード王が口火を切った。
フリード王は、両手に古い神聖典を持って、
「これは、神聖帝国の皇帝がバジガン聖国に皇帝と認められる時に、その正統性の証として使われる『始まりの聖典』と『終末の聖典』である。始まりの聖典は、女帝マリアを経てカールヨハン1世陛下へと渡されたが、終末の聖典は先々代の皇帝、わしの立場であれば叔父皇帝から渡されたものだ。」
そうして、掲げて見せた聖典を机に並べて置いた。
「この聖典には、神が地上へと降りられたその時、羊飼いの青年に邂逅し、地上の神の代行者とした、まあ皆の方がわしより余程良く知っているだろう、そんな話が書いてある。
この聖典が正統性の証足りえるのは、単に、人が人生を終えた最期の時、もしその死が間違っていると神に訴えねばならない状況になった時、神から与えられた代行権を羊飼いの末裔、正当なるの継承者が、正しい祭祀を行えば、『時の扉』が開く、と記載されていることであろう。
『始まりの聖典』には、祭祀で使う祭具について記載され、『終末の聖典』にはその祭祀の執り行い方が書かれている。
本来は、皇帝が両方持ってこそ、その真実が皇帝にのみ証されるのだろうが、ワシと先代女帝の関係性のせいで皇帝カールヨハン1世には、片方だけを相続したのだ。」
先程より、更に険しい顔をして、フリード王は言葉を切った。
「それには、少し語弊がありますわ。」
母マリアがチラリと冷たい目をフリード王に向けて口を挟んだ。
「信じられないと思うのだけれど、わたくしが父より継承したのは『始まりの聖典』ともう1つあったのはずなのよ。
聖典に記載されている『魔法の鍵』という物よ。
そして、カールが戴冠する時、確かに、その『魔法の鍵』を首から下げ、神聖典に宣誓したの。」
母マリアが言っているかつての式をそこにいる皆が思い出していた。
「確かに、冠を乗せられたわたくしが宣誓した後、隣のカールは、先ず首からネックレスのようなものをかけられ、冠を乗せられ、聖典に宣誓していたわ。」
長姉エリザヴェータがそう答えた。
マリアンナも親族として最前列でその状況をカロリーナと並んで見ていた。
首からかけられたのが、『魔法の鍵』とは思わなかったけれど、代々皇帝に継承されるクロスかなにかだと思っていた。
「私も、当事者としてその鍵を首にかけられた覚えが今・は・ある。
しかし、母から言われるまで、継承したのは神聖典ただ1つだと思い込んでいた。
『魔法の鍵』があった記憶が覆われていて、意図的に隠されていたようだった。」
兄皇帝は、いつもの表情の無い顔つきで、抑揚の無い声でそう言った。
「わたくしも。同じ状況だったわ。父から確かに神聖典と『魔法の鍵』を受け継いだ記憶があるのに、肌身離さず身に付けていたのに、今はどんな形状の鍵だったかさえ、覚えていないの。そこだけ靄がかかっているよう。」
それに被せるように、母マリアも同じことを言うと、
「つまり、『魔法の鍵』があったのに、無かったように記憶が改竄されている状況のようだ。そして、それはつまり、魔法の鍵を使用した、その可能性が大いに有る。」
フリード王がまた、眉間に深いシワを浮かべて答えた。
「それは、どうしてそう結論つけたのかしら?」
フリードに挑発的な微笑みを見せなが王妃カロリーナが問いかけた。
「はあ、」
と、大きなため息を溢して、フリード王が『始まりの聖典』の真ん中辺りを開くと、そこは破けていて、明らかに切り取られたのがわかった。
「ここには、時の扉を出現させる時の扉の鍵穴、錠前の作り方がかかれていたと、前後のページで想像できる。そうして、ここのページの切れ端を持っていたのが、オーギュストだ。」
それまで、なぜ神聖帝国の秘密を聞かされるのかと、不思議そうにしていたオーギュストの母と次兄は、ここにオーギュストの名前が出てきて、仰け反って驚いた。
40
あなたにおすすめの小説
【完結】幼な妻は年上夫を落としたい ~妹のように溺愛されても足りないの~
綾雅(りょうが)今年は7冊!
恋愛
この人が私の夫……政略結婚だけど、一目惚れです!
12歳にして、戦争回避のために隣国の王弟に嫁ぐことになった末っ子姫アンジェル。15歳も年上の夫に会うなり、一目惚れした。彼のすべてが大好きなのに、私は年の離れた妹のように甘やかされるばかり。溺愛もいいけれど、妻として愛してほしいわ。
両片思いの擦れ違い夫婦が、本物の愛に届くまで。ハッピーエンド確定です♪
ハッピーエンド確定
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/07/06……完結
2024/06/29……本編完結
2024/04/02……エブリスタ、トレンド恋愛 76位
2024/04/02……アルファポリス、女性向けHOT 77位
2024/04/01……連載開始
そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。
赤貧令嬢の借金返済契約
夏菜しの
恋愛
大病を患った父の治療費がかさみ膨れ上がる借金。
いよいよ返す見込みが無くなった頃。父より爵位と領地を返還すれば借金は国が肩代わりしてくれると聞かされる。
クリスタは病床の父に代わり爵位を返還する為に一人で王都へ向かった。
王宮の中で会ったのは見た目は良いけど傍若無人な大貴族シリル。
彼は令嬢の過激なアプローチに困っていると言い、クリスタに婚約者のフリをしてくれるように依頼してきた。
それを条件に父の医療費に加えて、借金を肩代わりしてくれると言われてクリスタはその契約を承諾する。
赤貧令嬢クリスタと大貴族シリルのお話です。
【本編完結済み】二人は常に手を繋ぐ
もも野はち助
恋愛
【あらすじ】6歳になると受けさせられる魔力測定で、微弱の初級魔法しか使えないと判定された子爵令嬢のロナリアは、魔法学園に入学出来ない事で落胆していた。すると母レナリアが気分転換にと、自分の親友宅へとロナリアを連れ出す。そこで出会った同年齢の伯爵家三男リュカスも魔法が使えないという判定を受け、酷く落ち込んでいた。そんな似た境遇の二人はお互いを慰め合っていると、ひょんなことからロナリアと接している時だけ、リュカスが上級魔法限定で使える事が分かり、二人は翌年7歳になると一緒に王立魔法学園に通える事となる。この物語は、そんな二人が手を繋ぎながら成長していくお話。
※魔法設定有りですが、対人で使用する展開はございません。ですが魔獣にぶっ放してる時があります。
★本編は16話完結済み★
番外編は今後も更新を追加する可能性が高いですが、2024年2月現在は切りの良いところまで書きあげている為、作品を一度完結処理しております。
※尚『小説家になろう』でも投稿している作品になります。
ひとりぼっちだった魔女の薬師は、壊れた騎士の腕の中で眠る
gacchi(がっち)
恋愛
両親亡き後、薬師として店を続けていたルーラ。お忍びの貴族が店にやってきたと思ったら、突然担ぎ上げられ馬車で連れ出されてしまう。行き先は王城!?陛下のお妃さまって、なんの冗談ですか!助けてくれた王宮薬師のユキ様に弟子入りしたけど、修行が終わらないと店に帰れないなんて…噓でしょう?12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
ツンデレ王子とヤンデレ執事 (旧 安息を求めた婚約破棄(連載版))
あみにあ
恋愛
公爵家の長女として生まれたシャーロット。
学ぶことが好きで、気が付けば皆の手本となる令嬢へ成長した。
だけど突然妹であるシンシアに嫌われ、そしてなぜか自分を嫌っている第一王子マーティンとの婚約が決まってしまった。
窮屈で居心地の悪い世界で、これが自分のあるべき姿だと言い聞かせるレールにそった人生を歩んでいく。
そんなときある夜会で騎士と出会った。
その騎士との出会いに、新たな想いが芽生え始めるが、彼女に選択できる自由はない。
そして思い悩んだ末、シャーロットが導きだした答えとは……。
表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_)
※以前、短編にて投稿しておりました「安息を求めた婚約破棄」の連載版となります。短編を読んでいない方にもわかるようになっておりますので、ご安心下さい。
結末は短編と違いがございますので、最後まで楽しんで頂ければ幸いです。
※毎日更新、全3部構成 全81話。(2020年3月7日21時完結)
★おまけ投稿中★
※小説家になろう様でも掲載しております。
赤毛の伯爵令嬢
もも野はち助
恋愛
【あらすじ】
幼少期、妹と同じ美しいプラチナブロンドだった伯爵令嬢のクレア。
しかし10歳頃から急に癖のある赤毛になってしまう。逆に美しいプラチナブロンドのまま自由奔放に育った妹ティアラは、その美貌で周囲を魅了していた。いつしかクレアの婚約者でもあるイアルでさえ、妹に好意を抱いている事を知ったクレアは、彼の為に婚約解消を考える様になる。そんな時、妹のもとに曰く付きの公爵から婚約を仄めかすような面会希望の話がやってくる。噂を鵜呑みにし嫌がる妹と、妹を公爵に面会させたくない両親から頼まれ、クレアが代理で公爵と面会する事になってしまったのだが……。
※1:本編17話+番外編4話。
※2:ざまぁは無し。ただし妹がイラッとさせる無自覚系KYキャラ。
※3:全体的にヒロインへのヘイト管理が皆無の作品なので、読まれる際は自己責任でお願い致します。
悪役令嬢に転生!?わたくし取り急ぎ王太子殿下との婚約を阻止して、婚約者探しを始めますわ
春ことのは
恋愛
深夜、高熱に魘されて目覚めると公爵令嬢エリザベス・グリサリオに転生していた。
エリザベスって…もしかしてあのベストセラー小説「悠久の麗しき薔薇に捧ぐシリーズ」に出てくる悪役令嬢!?
この先、王太子殿下の婚約者に選ばれ、この身を王家に捧げるべく血の滲むような努力をしても、結局は平民出身のヒロインに殿下の心を奪われてしまうなんて…
しかも婚約を破棄されて毒殺?
わたくし、そんな未来はご免ですわ!
取り急ぎ殿下との婚約を阻止して、わが公爵家に縁のある殿方達から婚約者を探さなくては…。
__________
※2023.3.21 HOTランキングで11位に入らせて頂きました。
読んでくださった皆様のお陰です!
本当にありがとうございました。
※お気に入り登録やしおりをありがとうございます。
とても励みになっています!
※この作品は小説家になろう様にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる