蒼き流れの中で

白い黒猫

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六章 ~雛は巣の外にいる~ カロルの世界

成長の行く末

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 トゥルボーは、目の前にいるティーポットくらいで毛玉のような生き物を見て首を傾げた。
 相手もトゥルボーを黒く丸くクリッと瞳で見上げてきて、首を傾け『クケ』と鳴く。 
「何だ? コレ」 
 カロルは驚いたように、兄を見上げ何故か笑う。シルワから手荒い指導を受けた傷は、まだ顔にも激しく残っている。しかし痛みはもうないようで、引き攣って見えるものの明るく無邪気な弟に戻っているようだ。 
「ヒメコマドリのパーウォーだよ!」 
 そんな事も知らないの? とカロルは自慢げに答えてくる。トゥルボーはその言葉に苦笑する。生物は得意だったので、ヒメコマドリはどういう鳥なのかは理解している。トゥルボーからしてみたら、目の前の生物が、『ヒメコマドリ』でも『孔雀パーウォー』でもないと思ったから聞いたのである。本来ならマレが授業をする筈の予定だったが、マレは父に無理をさせられたようで、動けないらしい。シルワから代わりに講師してこいと命じられたのである。『人にばかり、厄介者を押しつけないで、ご自身でもしっかりお見守り下さい』という嫌味から始まった依頼であったが、トゥルボーは素直に応じる事にした。ここ最近忙しかった事もあり、弟の様子を見る事も殆どしていなかった事もあったから。
 すると弟の牢に謎の生物がいたのだ。聞くとマレが連れてきたのをカロルが世話を申し出てここにいるらしいが、それはなんとも奇妙な生物だった。
「おい、お前ヒメコマドリがどういう鳥か知っているのか?」 
 トゥルボーの質問に、カロルは大きく頷く。 
「コマドリの一種で、全長三寸(約九センチ)くらいの、虫を補食して食べる小鳥で、グレーと黄色の色をした…」 
 スラスラと答える弟を、トゥルボーは呆れた目で見つめてしまう。そこまで知っているなら、この鳥の奇妙さに気付くだろうと。 
「まあ、パーウォーはチョット食いしん坊だから、大きくそだっちゃったんだ」 
 兄の怪訝な視線に気が付いたのか、カロルはそう言ってニッカリと笑う。そうこの鳥は、異様に太っているだけでなく、サイズが普通じゃないのだ。体長が八寸くらいあり、ヒメコマドリのヒメの意味を明らかに裏切っている。 
「俺の育て方が良かったのかな?」 
 カロルの言葉にトゥルボーは改めてパーウォーを見る。するとパーウォーは二度程首を傾げてから、ポテポテと歩いてトゥルボーに近づいてきて靴に這い上ってくる。たしかに可愛いといったら可愛いのかもしれない。 
「コイツ人をみる目あるな。マレには懐いているけれど、シルワが来たら、姿を見るだけで部屋の隅に隠れるんだ」 
 トゥルボーがその生物を持ち上げると嬉しそうに羽根をバタバタとしてクケケと鳴く。飛ぶ気はなく、この状態で飛んだ気分を楽しんでいるようだ。 
「コイツ飛ばないのか?」 
 トゥルボーの問いにカロルは少し悲しげに首を横にふる。 
「左右の羽根の長さが少し違っていて、うまく飛べないんだ」 
(太りすぎて飛べないわけではないのか?) 
 トゥルボーはあえて思った事を心の中でしまっておいた。 
「授業やるから、パーウォー邪魔だから、おいで、ここで大人しくしていろよ!」 
 カロルはトゥルボーの手から巨大なヒメコマドリを受け取り、鳥かごの、籠部分だけのモノを被せる。本当ならヒメコマドリにピッタリなサイズで、中に入れられても自由に飛び回れるサイズであった鳥籠のようだが、パーウォーがあまりにも大きく、身体よりやや大きいサイズの鎧のようになっている。籠の中でデーンと立ち首を楽しげに横にふっている所から、その状況では機嫌を損ねているわけでもないようだ。しまいには、被ったまま籠を気にせず、そのまま歩いて移動している。トゥルボーは苦笑するしかない。
 弟に視線を戻すと真面目な顔でテーブルに座り勉強道具を並べて、ノートを開き学ぶ姿勢をみせる。トゥルボーは、その様子を意外に感じたものの、微笑ましく感じ唇を緩ませる。てっきり兄が講師と言うことで、勉強そっちのけで無駄話をして時間を潰そうとすると思っていたからだ。
 カロルは真面目に授業を受けるだけでなく、予習もシッカリしていた。積極的に質問もしてきて、勉強する事を楽しんでいるように見えた。アレほどあらゆる講義から逃げ回っていた過去が嘘のようである。
 一年前のようにギラギラした気迫は減り、精神的にも落ち着いておりカロルにしては柔らかい穏やかな表情をしている。その様子を見てトゥルボーは安堵する。そしてやはりマレに任せてよかったと実感した。 

 講義も無事終わり、トゥルボーが部屋を去ろうとすると、カロルは少し寂しそうな顔をする。トゥルボーは侍従にお茶の用意をさせた。なんやかんやいってトゥルボーも弟に甘い。もう少し残り付き合ってやることにしたのだ。 
「外の様子はどう? 変わりない? マレはシルワのヤツに苛められてない?」 
 一切無駄話しないシルワと、当たり障りのない話しかしてくれないマレからは聞けない話を知りたいのだろう。カロルはお茶を飲むより先に、キラキラした目で聞いてくる。
 トゥルボーは、香りを楽しみ一口お茶を味わってから、ワクワクしながら自分を見ている弟に視線をやる。 
「マレは、シルワと上手くやっている。それにシルワは意地が悪いのではない、厳しいだけだ」 
 カロルは、疑わしそうにチロリと見上げる。 
「俺が大火傷負った時、声あげて嬉しそうに笑っていたけど、アイツ」 
 その状況が想像できただけに、トゥルボーは苦笑いをする。 
「性格は……やや悪い所があるものの、学者としても、教師としても、政治家としても、優秀な方だ」 
 カロルは思いっきり鼻に皺をよせ、不機嫌な表情を見せる。 
「何故、父上も兄上も、アイツを過大評価するのか解らない! 頭でっかちで顔だけが取り柄のヤツに! マレも誉める事しか言わないし」
 カロルとシルワが合わないのは、性格から言っても、今までの経緯からも解るものの、カロルがシルワを低く評価しているところがトゥルボーには引っ掛かる。父ソーリスがここまで安定した治世を行えるのはソーリスが高い能力を持つことだけでなく、比較的リベラルな物の考え方をする事と、シルワという力強い補佐役がいるからである。
 権威や血筋でなく、ソーリスは完全に能力だけで人事を決める。そこがプライドだけが高く権威を振りかざそうとする原理主義者には気にくわない所だろう。そういった勢力が行動を起こす前にシルワが察し潰してきているからの平穏なのである。そんな能力も実力もなく自尊心だけが高い奴らがカロルにすりよってきていたのはトゥルボーも気がついていた。カロルがシルワを良く思わないのはそういう人からの刷り込みもあるのだろう。トゥルボーはこの牢にいる間にそう言った思い込みを正す必要があるなと考える。
「お前は、父上がシルワを恋人と選び、今も側近としているのは何故か? と考えた事があるのか?」
 カロルは思いっきり顔をしかめた。
「顔だけは良いし。アイツが上手く取り入ったんだろ?」
 トゥルボーは呆れたように大きくため息をつく。
「お前は、父上が人を見た目だけで選び、簡単に人の甘言に乗る愚かな方だと言うわけだ」
 カロルは、トゥルボーの言葉に慌てたように顔を上げ、頭を横にブンブンと振る。必至に反論の言葉を探しているようだ。
「そう言えば最近、今お前が言ったフレーズと似たような言葉を聞いたと思ったら、父上とマレの事に対しての言葉か」
 トゥルボーの言葉に、カロルの表情に怒りの感情が浮かぶ。
「誰が、そんな事を? まさか兄上もそんな下らない言葉を鵜呑みにしているのですか?」
 トゥルボーは、肩を竦める。
「俺はひねくれているから人の言葉を素直に聞かない。気になるならまず自分でシッカリ見て確めて感じた感覚だけを信じて行動する」
 カロルは納得したように大きく頷く。
「俺と同じだ!」
 お茶を飲みながら、トゥルボーは目を細め疑わしそうにチラリと弟を見下ろす。
「同じ? 本当に?」
 カロルは何故か否定されたことにムッとしたような顔をするが頷く。
「ならば、お前はシルワのどこを見て、あの方を否定し、マレのどういう所に接しその存在を肯定したのか?」
 カロルは、意外な事を言われたかと言う感じで首を傾ける。
「シルワは冷たいし、意地悪だ。マレは優しいし、俺を可愛がってくれる」
 トゥルボーは、カロルの言葉を鼻で笑う。
「つまり、お前に優しくしてくれる相手を好み、お前に厳しく接してくる相手を嫌がるというお子様だということか」
 カロルはその言葉に酷く傷ついた顔をする。
「兄上が、俺の事をその様に見られているとは、ショックです」
「お前が言った事を要約しただけだ」
 敢えてあっさりとした言葉を返す兄を、カロルは唇を尖らせる。
「俺は、別に口調で人柄を判断した訳ではないさ。マレは俺を思って、言葉をかけてくれる。決して甘い優しい言葉だけでなく、人生について大切なことを教えてくれる」
「シルワ殿もそうでは? 少なくとも俺の講師をしてくれていた時代は、俺はあの人は多くの事を学ばせてくれた。シルワは歯に衣着せぬ言い方をするから、決してやさしく噛み砕いてという事はないだろうが? お前に対しても同じだったはず」
 カロルは頬を膨らませ眼をそらす。
「でも、アイツは口だけだ」
 トゥルボーは、軽くカロルを睨む。
「お前は何をもって、シルワ殿が口だけと判断している? あの方がどういう仕事をしてきているのかをちゃんとお前の目で見てから判断しているのか? マレに対してもそうだ。ただ甘えるだけでなく、もっと他に学ぶところがあるはずだ。物事への取り組み方、物の見方、他者との関わり方など」
 シルワの事だけを話していても、カロルの心は拒絶しつづけるだけなので、トゥルボーはカロルが愛してやまないマレの事をそこに絡めておく。マレとシルワはトゥルボーの目からみて友好的な関係にある。マレを絡めることによって、シルワへの見方が少しでも変わればとそういう願いを混めてそういう言葉を弟へと投げかけた。
 カロルは、あごに手をやり、目を遠くにやり何やら考えているようだ。トゥルボーはあえてそれ以上は何も言わずに、弟がじっくり考えている様子を見守った。
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