阿呆になりて直日の御霊で受けよ

降守鳳都

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其の伍

大伴づくし

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倭古京をあとにした黄書造大伴(きふみのみやつこおおとも)は、
すぐさま急いで大伴連馬来田(おおとものむらじまぐた)の
住む倭の家に向かった。門で来訪を告げると、
庭にある伊勢の置始連(おきそめのむらじ)から
譲り受けた桜の樹の下で、不思議な歌を唄いながら
野草の選別をしている娘が、屋内への入口に
頭だけを突っ込んで大伴連馬来田を呼んだ。
入口から出て来た大伴連馬来田は「おおっ。大伴ではないか」と
毎度のごとく黄書造大伴の名前を呼んでから、
いたずらっ子のような笑みを浮かべて黄書造大伴を迎えた。
「黄書とお呼び下さい。大伴が大伴と呼ぶのはちょっと…」と
黄書造大伴も毎度のごとく困った顔で応えた。
二人して屋内へ入り、腰を降ろして顔を突き合わせた時に、
先ほど庭で野草の選別をしていた娘が
水で満たされた器を運んできて、
丁寧に頭を下げて一礼してから奥のほうに去った。
立ち去る娘を一瞥してから、黄書造大伴は
「お身内の方ですか」と尋ねたので、
これを受けて大伴連馬来田は「いや、そうではない。
数日前から野草を採って来ては運んでもらっている」と
答えてから、「宮仕えを離れたので、それなりに
考えないといかんのでな。妻と子も里へ一時帰している」と続けた。
その言葉を受けて、黄書造大伴が怪訝そうな視線を投げかけると、
その視線を避けるかのように大伴連馬来田は顔を横に向けて、
「いや、そうではない。決して」と打ち消すような
そうでないような感じで言った。
差し出された水を一口飲んでから、黄書造大伴は
倭古京での顛末を手短に話して、大海人皇子が
決起することになったことを告げた。
これを聞いて大伴連馬来田は、待っていましたと
言わんばかりに顔をほころばせながら、
「そうか、大伴。では、吹負(ふけい)たちを
こちらへ呼んで、これからの話をしよう」と言ってから、
家の者を大伴連吹負(おおとものむらじふけい)の
住む百済の家に走らせた。

倭の家に大伴連馬来田の弟である大伴連吹負、
大伴連馬来田の兄の今は亡き大伴連長徳の子である、
大伴連御行(おおとものむらじみゆき)と
大伴連安麻呂(おおとものむらじやすまろ)の
四人が集まって、黄書造大伴を含めて
五人で集まって話が始まった。
ここで名前が大伴ばかりになるので、
ここからは以下のように記述を進めることにする。

黄書造大伴(きふみのみやつこおおとも)は、大伴。
大伴連馬来田(おおとものむらじまぐた)は、馬来田。
大伴連吹負(おおとものむらじふけい)は、吹負。
大伴連御行(おおとものむらじみゆき)は、御行。
大伴連安麻呂(おおとものむらじやすまろ)は、安麻呂。

開口一番に馬来田は「倭古京の制圧は吹負に任せて、
私は大海人皇子と合流する」と言い放った。
いきなり決まったことのように言ったので、
その言葉を受けて四人全員が動揺した。
さらに、「御行と安麻呂は吹負と共に動け」と続けたので、
御行と安麻呂の顔面が一気に青ざめた。
反射的に安麻呂はさらにその場から立ち去ろうとしたのだが、
大伴に肩を押えられて留められ、渋々腰を降ろした。
見た目からして、「この人を助けてやらねば」と
思わせるような風体の吹負は、見た目通りの凡夫であった。
人の先頭に立って、人を率いるなどの仕事は、
彼には無理な話であることは誰の目にも明らかだった。
彼は実際に出来ない人であった。
その彼が今回の乱において「出来ない」なりに
奮闘し成果を出したことで乱の勝敗を
決することになるわけなのだが、
それはもう少し先の話である。

出来る人と出来ない人の違いは直観力にある。
直観力は情報や知識の吸収によって補うことが
出来るように思えるのだが、吸収された情報や知識を
取り出す機会を選び出す能力は直観力によって為される。
直観力を唯物論的に解釈すると、これは生まれもっての
能力であることになり、厳然たる差別がそこに
存在することになる。また、多くの宗教において
主張されている、生まれ変わりの仕組みにおいて解釈しても、
同様に差別しか出て来ない。
しかしながら、ないはずの直観力が危機的な状況において
発揮されることが稀にある。これは本人が意識の有無を
超えて無心に没入し、医学的に言うならば、
闘争か迷走かと言われている交感神経が限界まで
作動することによって起こるものである。
この法則は偶然であるという見解を退けて述べるならば、
神の働きによるものであると言うよりほかない。
意識の有無を超えた無心なるものに
絶対的な信頼を置くことを「信仰」と言う。
「信仰」というものは、心の弱い者が神に縋りつく
態度や姿勢のことではなく、弱くて小さい人間存在としての
自分を積極的に受け入れるところにある。
この法則を能動的かつ積極的に取り入れたものが、
「祈り」と呼ばれる技術である。
神仏を賛美する言葉に始まって、
その信仰の深度が進むにつれて、目の前に起こる
対処すべき事案に対して、自助努力するべき範囲か、
人間の許容を超えた範囲かを選別する
自動選別能力が上がることによって、
正確かつ的確な結果がもたらされるようになっている。
正確かつ的確な結果とは、言い換えると
望み通りの結果ということである。

吹負が全体の指揮を執ることになれば、
ただでさえ一か八かの勝負であるところを
さらに不利な状況をみずから生み出すようなことになりかねない。
「兄者、それは無謀な話では…」と吹負が小さな声で言うと、
御行と安麻呂が声を揃えて「確かに」とはっきり言った。
これを聞いて吹負が「えっ」と驚くと、
御行と安麻呂はそれ以上に驚いて開いた口が
塞がらない状態になり、吹負は甥二人における
自らの評価がそれほどまでに低いものだとは
思いも寄らなかったので、崩れるように
肩を落として項垂れてしまった。
馬来田はこれを見て苦笑しながら
「無謀ではない。策はある。吹負が攻めてくるとは
誰も思わないし、ましてお前がみずからの名を名乗っても、
誰も動揺もしないし話にもならない。
今から説明する私の策を実行すれば、
間違いなく倭古京は制圧できる」と言ってから
倭古京制圧の策を一同に説明してから、
「もうすでに内応の手筈は整えてあるから
策の通りに突入すれば成功は間違いない」と続けた。
「さすがは兄者。それならば私にも出来そうですな」と
吹負が応えた。しかしながら、御行と安麻呂はそれだけでは
不安である。恐る恐る「それで倭古京を制圧したあとは、
どうすればいいのでしょうか」と馬来田に尋ねると、
「知らん」と馬来田は答えた。
「ええ~っ」と御行と安麻呂はこれまた息を合わせて叫んだ。
「それはそうだろう。倭古京を奪い返しに相手が
どうやって出て来るのかも分からんし、
どれだけの数の人が投入されているのかも分からんわけだから、
策の建てようもない」と馬来田はあっさりと言い切ってから、
一息おいて真剣な面持ちで「これだけは忘れるな。
戦に駆り出されている多くの者は百姓である。
百姓は国の宝である。百姓の相手はせずに将だけを狙え。
将を失えば兵士として駆り出されている百姓は
間違いなく逃げ出す」と言った。吹負はなるほどと感心したが、
御行と安麻呂は不安なままであった。
説明を終えてから、吹負と御行と安麻呂は吹負の住まいである
百済の家に戻っていった。それを見送ってから、
馬来田は急いで準備を整えて、大伴と二人で
大海人皇子の下へと向かうことになった。
黄書造大伴がふっと別れの挨拶をしようと思いついて、
野草を選別していた娘の姿を探したが、
娘の姿はすでになかった。その時、桜の樹の枝が風に揺られて、
花びら数枚が黄書造大伴の耳を掠めた。
瞬間、彼は娘が誰であったのかを知った。
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