阿呆になりて直日の御霊で受けよ

降守鳳都

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其の参拾肆

再集結 壱伎史韓国それから

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金綱井に陣を構え、乃楽山の戦で散り散りとなって
家に一時戻った豪族たちに使いをやると、
即座に皆が戻って来た。倭古京が大野君果安の
進攻を免れた報せは集った者たちを大いに喜ばせた。
兵は策にありとはこの事だと誰かが言うと、
一同は有無もなく同意した。
人心地がついたのか酒が持ち込まれ、
祝賀の流れが生まれて酒宴となっていった。
高市皇子と近しい
高市県主許梅(たけちのあがたぬしこめ)も
乃楽山で散々な目に遭った一人であり、
だいぶ酔いも回って来たところで新兵を捕まえて、
これまでの自分の武勇について話をしていたが、
突然に前触れもなく全身に電流が走ったので、
驚き飛び上がってあちらこちらへ意図の
見えない動きを繰り返し始めた。本人としては
走った後から次々と流れ込んでくる
電流から逃れようとする意味があるのだが、
周囲の者にはそれが分からない。人間として
何よりも厄介なのは体内に異常が
起こった場合であり、それから離れて何処かへ
逃げようにも避けようにもどうすることも
出来ないので、必然的に体内からそれを
追い出すべく、躰をあちらこちらへぶつけたり、
飛び上がったり、ひれ伏したり、地面を
転がったりすることになる。高市県主許梅は
狂乱する意識のままにそのように辺り構わず
奇態を続けていたが、電流が完全に
高市県主許梅の中を占領した瞬間、
体内が静かになったと思うや高市県主許梅の
意識は横へ押しやられて、何者かが
高市県主許梅の心の主要部に居座った形になった。
その心の変化に驚いた高市県主許梅は、
声を出して誰かにその異常を告げようとしたが、
声が出ない。出ないと言うよりも自らの意思が
喉に伝わらない。どうかしたのか。とか、
大丈夫か。とか、声を掛けられても口が
聞けなくなったので首を縦に振って応えた。

来目臣塩籠の一件によって来目部の者たちが
中心となって構成された軍が居なくなった。
その内の多くは大伴連吹負の軍に流れ込むことは
予測が出来たが、壱伎史韓国には何とすることも
出来ない話なので、その事は意識の外へ
取りあえず置いて、壱伎史韓国は策を修正する
ことになった。策を修正し、それに基づいて
軍を再編してから少し休んでいた壱伎史韓国の下に、
大野君果安より使いが来て、倭古京の奪還は
敵の守りがしっかりとしていて難しかったので、
こちらは軍を引き返したと報せて来た。
その報せを受けて壱伎史韓国は、練り直した策に
新たに修正を加えたうえで、進行方向を大坂道と
石手道に絞った。当初は大野君果安の軍と
合流できることを加味して、衛我河で出くわした
敵軍の掃討も兼ねて、龍田道からも進攻する
予定であったが、大野君果安が軍を引いたのでは、
龍田道を抜けても意味がなくなるので、これを
諦めて自らの軍のみで倭古京を奪還すべく
直線の道を選択することになったわけである。
先ほどの衛我河での衝突もずさんな突撃で、
偶然にも来目部の者たちの戦闘への不参加が
あったにも関わらず、多勢に無勢で逃げ去るより
方法が無かったような形だったので、
倭古京の守りも見せかけであり実際は
手薄である可能性も高いだろう。大野君果安は
面倒を厭う者なので万が一に備えて兵を引いた
わけだが、自分たちが何の邪魔も入らない形で
じっくりと取り組んだならばすぐに音を上げて
降って来るだろう。大坂道と石手道の守りも
衛我河と同数程度の守りであろうから一蹴出来る。
だが、早く動かなければ来目部の者たちが
吹負の軍に駆けつけて状況が変わる可能性は高い。
そうなるとまた策の仕切り直しになるのは面倒だ。
と、思い巡らせたうえで考えに一つの落着を
得た壱伎史韓国は、すぐさま全軍に出撃を命じた。

高市県主許梅の神憑りの現象についての記述と
鸕野讃良皇女などの神憑り現象についての
記述の差異は、初めてそのような現象に
見舞われた時が前者であり、後者はすでに
繰り返しそのような現象が頻繁に起こっていて
生活の一部となっているのでそれほどまでに
衝撃はないのもとなっている。鸕野讃良皇女の
時にも彼女は気怠そうにしていたわけだが、
神憑りと呼ばれるものは通常よりも体力を
消費するものなので気怠かったのである。
また、他にも「阿呆になりて直日の御霊で受けよ…」
の宣言の後に神懸って発言する部分もあるが、
こちらは私たちの日常においてもたまにある話で、
普段当たり前に接している人などに
人生の岐路についての助言を求めたりした時や、
将来の行く末について悩んでいる時に、
知り合いなどから掛けられる言葉の雰囲気が
いつもと微妙に違ったりする時に、
私たちは何となく違うという印象だけで
片付けてしまっているが、実際のところは
これらもちょっとした神憑り現象なのである。
国土草木悉皆成仏という言葉があり、
すべてのものに仏性が宿っているという話を、
私たちは日常とかけ離れたことであると
信じ込んでいるので、これらのちょっとした
身近な人の仏性が表面に出た現象、
言い換えると神懸り現象を、
「そのようなことは無い」と信じ込むこと
によって見逃してしまっているのである。
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