10 / 24
9
しおりを挟む
「まぁまぁ、そんなお顔をしないで」
アリーチェが反応できずにいると、オルティラは両手で指の先どうしを合わせ「ごめんなさいね? 」と口にした。
「そんなに驚かせるつもりはなかったのよ? ただ、彼はあなたの事をそうとしか呼ばないから、つい癖になってしまって」
ルッツの話にアリーチェの胸が大きく波打つ。
──なんでルッツが私の話を・・・?
まさか記憶が戻ったのかとアリーチェの頭の中に疑問が飛び交う。
「あら、昔の話をしちゃったわ」
「昔・・・」
アリーチェが繰り返すと、オルティラは愛らしくふふっと微笑んだ。
「そうそう。私の自己紹介がまだだったわね。私ったら、ついはしゃいでしまって、恥ずかしいわ」
口元を両手で覆い、俯く彼女はまさに恥じらう乙女そのも。
それはあまりにも自然すぎて、アリーチェがそれを見つめていると、「でも」と言って彼女は青い目を光らせ、アリーチェを射抜く。
「昨夜、会場にいたなら、わざわざ言わなくてもいいでしょう? 」
ヒヤリと背筋が冷たくなる。
今更、彼女がなぜそれを知っているのか思い考えるほど、アリーチェは鈍感ではない。
彼女は全てを知っている。
知っていて、今日わざわざアリーチェがよく通う教会で待ち伏せしていた。
「そうだわ。帰るとこは一緒だもの、このまま馬車を走らせましょうね」
オルティラは、先程の冷たい表情が幻だと思うほど、いつも通りの花やぐ笑みを浮かべる。
「いえ、私は──」
「気になさらないで。人が他に乗っていようがいまいが、関係ないもの」
愛らしい声で紡がれる言葉なのに、アリーチェは冷たいもので撫でられるような気分になった。
チラリと窓から見える教会。
ここから離れた方がいいとアリーチェは思った。
「では、よろしくお願いいたします」
アリーチェは最初から選択肢がなかったが、選ばされるのはアリーチェの僅かなプライドが許さなかった。
アリーチェがそう返せば、オルティラは笑みを絶やす事なく頷き、外にいる侍従に片手を挙げ合図を送ったオルティラ。
白のレースの手袋で覆われた彼女の手振りはとても洗礼されていて、アリーチェには到底真似できないものだった。
しばらくすると馬車がゆっくりと動き出した。
「本当にずっと、お会いしたかったのよ? 」
オルティラが首をコテンと傾けて言った。
アリーチェは教会のある地域から馬車が抜けたのを見届けてから、顔を上げオルティラを見据えた。
「ルッ・・・勇者様のことなら、私とはもう関係ありません」
思わず彼の名を口にしそうになったが、アリーチェはすぐに訂正し、何気ない風を装いながら言った。
「記憶を失った今、他人に過ぎません」
邪魔するつもりはないとアリーチェは言ったつもりだったが、オルティラは自分の髪をいじりながら、小さな息を吐いた。
「でも、言葉と行動が伴ってないわ。あなた、彼が帰ってきてから何度も彼に会おうとしたでしょ? 」
オルティラは、美しい髪をくるくると指に巻き付けてあそび始め、独り言のように言った。
けれど、それはアリーチェの体を硬くさせた。
「わたくしね。色々と教えてくださるお友達がたくさんいるの。だから、あなたのことなーんでも、知っているのよ? 」
その純粋な笑みの奥は深過ぎてアリーチェには何も見えなかった。
アリーチェが反応できずにいると、オルティラは両手で指の先どうしを合わせ「ごめんなさいね? 」と口にした。
「そんなに驚かせるつもりはなかったのよ? ただ、彼はあなたの事をそうとしか呼ばないから、つい癖になってしまって」
ルッツの話にアリーチェの胸が大きく波打つ。
──なんでルッツが私の話を・・・?
まさか記憶が戻ったのかとアリーチェの頭の中に疑問が飛び交う。
「あら、昔の話をしちゃったわ」
「昔・・・」
アリーチェが繰り返すと、オルティラは愛らしくふふっと微笑んだ。
「そうそう。私の自己紹介がまだだったわね。私ったら、ついはしゃいでしまって、恥ずかしいわ」
口元を両手で覆い、俯く彼女はまさに恥じらう乙女そのも。
それはあまりにも自然すぎて、アリーチェがそれを見つめていると、「でも」と言って彼女は青い目を光らせ、アリーチェを射抜く。
「昨夜、会場にいたなら、わざわざ言わなくてもいいでしょう? 」
ヒヤリと背筋が冷たくなる。
今更、彼女がなぜそれを知っているのか思い考えるほど、アリーチェは鈍感ではない。
彼女は全てを知っている。
知っていて、今日わざわざアリーチェがよく通う教会で待ち伏せしていた。
「そうだわ。帰るとこは一緒だもの、このまま馬車を走らせましょうね」
オルティラは、先程の冷たい表情が幻だと思うほど、いつも通りの花やぐ笑みを浮かべる。
「いえ、私は──」
「気になさらないで。人が他に乗っていようがいまいが、関係ないもの」
愛らしい声で紡がれる言葉なのに、アリーチェは冷たいもので撫でられるような気分になった。
チラリと窓から見える教会。
ここから離れた方がいいとアリーチェは思った。
「では、よろしくお願いいたします」
アリーチェは最初から選択肢がなかったが、選ばされるのはアリーチェの僅かなプライドが許さなかった。
アリーチェがそう返せば、オルティラは笑みを絶やす事なく頷き、外にいる侍従に片手を挙げ合図を送ったオルティラ。
白のレースの手袋で覆われた彼女の手振りはとても洗礼されていて、アリーチェには到底真似できないものだった。
しばらくすると馬車がゆっくりと動き出した。
「本当にずっと、お会いしたかったのよ? 」
オルティラが首をコテンと傾けて言った。
アリーチェは教会のある地域から馬車が抜けたのを見届けてから、顔を上げオルティラを見据えた。
「ルッ・・・勇者様のことなら、私とはもう関係ありません」
思わず彼の名を口にしそうになったが、アリーチェはすぐに訂正し、何気ない風を装いながら言った。
「記憶を失った今、他人に過ぎません」
邪魔するつもりはないとアリーチェは言ったつもりだったが、オルティラは自分の髪をいじりながら、小さな息を吐いた。
「でも、言葉と行動が伴ってないわ。あなた、彼が帰ってきてから何度も彼に会おうとしたでしょ? 」
オルティラは、美しい髪をくるくると指に巻き付けてあそび始め、独り言のように言った。
けれど、それはアリーチェの体を硬くさせた。
「わたくしね。色々と教えてくださるお友達がたくさんいるの。だから、あなたのことなーんでも、知っているのよ? 」
その純粋な笑みの奥は深過ぎてアリーチェには何も見えなかった。
109
あなたにおすすめの小説
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
(完結)婚約者の勇者に忘れられた王女様――行方不明になった勇者は妻と子供を伴い戻って来た
青空一夏
恋愛
私はジョージア王国の王女でレイラ・ジョージア。護衛騎士のアルフィーは私の憧れの男性だった。彼はローガンナ男爵家の三男で到底私とは結婚できる身分ではない。
それでも私は彼にお嫁さんにしてほしいと告白し勇者になってくれるようにお願いした。勇者は望めば王女とも婚姻できるからだ。
彼は私の為に勇者になり私と婚約。その後、魔物討伐に向かった。
ところが彼は行方不明となりおよそ2年後やっと戻って来た。しかし、彼の横には子供を抱いた見知らぬ女性が立っており・・・・・・
ハッピーエンドではない悲恋になるかもしれません。もやもやエンドの追記あり。ちょっとしたざまぁになっています。
勇者様がお望みなのはどうやら王女様ではないようです
ララ
恋愛
大好きな幼馴染で恋人のアレン。
彼は5年ほど前に神託によって勇者に選ばれた。
先日、ようやく魔王討伐を終えて帰ってきた。
帰還を祝うパーティーで見た彼は以前よりもさらにかっこよく、魅力的になっていた。
ずっと待ってた。
帰ってくるって言った言葉を信じて。
あの日のプロポーズを信じて。
でも帰ってきた彼からはなんの連絡もない。
それどころか街中勇者と王女の密やかな恋の話で大盛り上がり。
なんで‥‥どうして?
嫌われていると思って彼を避けていたら、おもいっきり愛されていました
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のアメリナは、幼馴染の侯爵令息、ルドルフが大好き。ルドルフと少しでも一緒にいたくて、日々奮闘中だ。ただ、以前から自分に冷たいルドルフの態度を気にしていた。
そんなある日、友人たちと話しているルドルフを見つけ、近づこうとしたアメリナだったが
“俺はあんなうるさい女、大嫌いだ。あの女と婚約させられるくらいなら、一生独身の方がいい!”
いつもクールなルドルフが、珍しく声を荒げていた。
うるさい女って、私の事よね。以前から私に冷たかったのは、ずっと嫌われていたからなの?
いつもルドルフに付きまとっていたアメリナは、完全に自分が嫌われていると勘違いし、彼を諦める事を決意する。
一方ルドルフは、今までいつも自分の傍にいたアメリナが急に冷たくなったことで、完全に動揺していた。実はルドルフは、誰よりもアメリナを愛していたのだ。アメリナに冷たく当たっていたのも、アメリナのある言葉を信じたため。
お互い思い合っているのにすれ違う2人。
さらなる勘違いから、焦りと不安を募らせていくルドルフは、次第に心が病んでいき…
※すれ違いからのハッピーエンドを目指していたのですが、なぜかヒーローが病んでしまいました汗
こんな感じの作品ですが、どうぞよろしくお願いしますm(__)m
【完結】大好きな幼馴染には愛している人がいるようです。だからわたしは頑張って仕事に生きようと思います。
たろ
恋愛
幼馴染のロード。
学校を卒業してロードは村から街へ。
街の警備隊の騎士になり、気がつけば人気者に。
ダリアは大好きなロードの近くにいたくて街に出て子爵家のメイドとして働き出した。
なかなか会うことはなくても同じ街にいるだけでも幸せだと思っていた。いつかは終わらせないといけない片思い。
ロードが恋人を作るまで、夢を見ていようと思っていたのに……何故か自分がロードの恋人になってしまった。
それも女避けのための(仮)の恋人に。
そしてとうとうロードには愛する女性が現れた。
ダリアは、静かに身を引く決意をして………
★ 短編から長編に変更させていただきます。
すみません。いつものように話が長くなってしまいました。
これ以上私の心をかき乱さないで下さい
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。
そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。
そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが
“君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない”
そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。
そこでユーリを待っていたのは…
【完結】愛くるしい彼女。
たまこ
恋愛
侯爵令嬢のキャロラインは、所謂悪役令嬢のような容姿と性格で、人から敬遠されてばかり。唯一心を許していた幼馴染のロビンとの婚約話が持ち上がり、大喜びしたのも束の間「この話は無かったことに。」とバッサリ断られてしまう。失意の中、第二王子にアプローチを受けるが、何故かいつもロビンが現れて•••。
2023.3.15
HOTランキング35位/24hランキング63位
ありがとうございました!
【完結】2人の幼馴染が私を離しません
ユユ
恋愛
優しい幼馴染とは婚約出来なかった。
私に残されたのは幼馴染という立場だけ。
代わりにもう一人の幼馴染は
相変わらず私のことが大嫌いなくせに
付き纏う。
八つ当たりからの大人の関係に
困惑する令嬢の話。
* 作り話です
* 大人の表現は最小限
* 執筆中のため、文字数は定まらず
念のため長編設定にします
* 暇つぶしにどうぞ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる