あやかし警察おとり捜査課

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第一章

妖しい世界への誘い

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 いかにも怪しげなその見た目に反し、

「やあ」

 と、男はフランクに片手を上げて挨拶する。

(なんだこいつ……。もしかして不審者か?)

 栗丘はじっと相手の姿を凝視したまま、ゆっくりと腰の警棒へと手を伸ばす。

「待った待った。怪しい者じゃないよ」

 どう見ても怪しいその男はそう言いながら、懐からゴソゴソと手帳のような物を取り出す。

「私はこういう者だよ」

 栗丘の目の前に差し出されたそれは、警察手帳だった。
 まさか自分と同じ警察の人間だとは露にも思わなかった栗丘は呆気に取られる。

 手帳が偽物でないことを確認しながら、そこに記された文字を読むと、男の名前は御影みかげ京介きょうすけというらしい。
 そして、その上に書かれている階級は——

「けっ……警視長ォ!?」
 
 警視長、という文字が見間違いでないか、栗丘は何度も両目を擦ってまじまじと見る。

 警視長といえば、警察の中でも上から三番目に位置するエリート階級である。それこそ栗丘のような底辺の巡査の身分ではなかなかお目にかかることのない地位の人間だ。

「『なぜ警視長ともあろう人間が、こんなふざけた格好をしているのか』って顔をしてるね?」

「えっ! あ、いや。別にそんな」

 もしかしたら捜査の一環で変装をしているのかもしれない。
 そんな可能性を頭の中で巡らせていた栗丘に向かって、御影という名の警視長は「ふふっ」と上機嫌に笑ってから言った。

「このお面は、ただの趣味だよ」

「…………へっ?」

 栗丘の間の抜けた反応を見て、御影はからからと豪快に笑った。

「あっはっはっは。冗談だよ。お面の下の皮膚は、昔の事件で焼けただれてしまってね。とても人様に見せられる状態じゃないんだ」

 まるで世間話のように軽い調子で語られたそれは、もはやどこまでが冗談なのかわからなかった。
 どう反応すれば良いのかわからず固まっている栗丘に、御影は手元の扇子をしきりにパタパタとさせながら語りかける。

「君の活躍は聞いているよ、栗丘みつきくん」

 まさか自分の名前を知っているとは思わず、栗丘は緊張した。

 活躍、といっても栗丘には今のところ、これといって誇れるような実績はない。情けない話だが、同期の警察官の中では落ちこぼれである自覚はしている。

 わざわざ警視長ともあろう人間が、最下層の巡査に話しかけてきた理由は一体何なのか。
 ただ単に嫌味でも言いに来たのか、あるいはどこか僻地に左遷でもさせに来たのか、はたまた警察自体を辞めさせるために圧力をかけに来たのか。
 いずれにしろ、わざわざこの階級の人間を向かわせるような内容ではない。

 頭の中であれこれ巡らせている栗丘の渋い顔を見ながら、狐面の男はくすりと笑って再び口を開く。

「君は、『あやかし』が見えるみたいだね」

「あやかし? ……って、何ですか?」

 普段聞きなれないそれに栗丘は首を傾げるが、単語の意味自体は何となくわかる。

 あやかし。
 不可解で、不確かなもの。
 怪異や、それらを引き起こす超常的な存在。

 御影の言った『見える』という発言から、おそらく一般的には『見えない』とされているもの。

「……もしかして」

 その言葉の指す意味に思い当たった時、栗丘は己の心臓がバクバクと早鐘を打っているのに気づいた。

 対する御影は先ほどと変わらぬ調子で、飄々としたまま話を続ける。

「さっきの男性、斉藤さんとかいったっけ。彼から何か妙な気配を感じ取っただろう? 君が感知したそれこそが『あやかし』の気配さ。あの男性にはあやかしが憑いている」

「憑いてる、って……」

「通常、あやかしは人間に危害を加えることはあっても、多少の怪我を負わせるだけで、それほど大きな被害は出さない。彼らは人間の血を好み、少量を舐めればそれで満足する。だが、今回のアレは一味違う。血を舐めるだけでは飽き足らず、隙あらば人間そのものを食ってしまおうとする狼藉者ろうぜきものさ。そういう輩はズル賢いからね。奴らは適当な人間に乗り移って正体を隠し、効率よく周りの人間を喰らっていこうとするのさ」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」

 まるで何でもないことのように淡々と説明されたそれを、栗丘は一息に受け止めることができなかった。

「あやかしが、人間を喰らうだって? そんなことがあっていいのか……?」

「急に言われても、にわかには信じがたいかもしれないね。でも、実際にそういう事件はあちこちで起こっていて、そこに目を光らせている人間が警察の中にはいるんだよ。我々のようにね」

 言いながら、御影は栗丘の背後へと視線を向ける。
 栗丘もそれに釣られて後ろを見ると、夕闇に染まる道の先から、一人の男性がこちらへ歩み寄ってくるのがわかった。

 まだ若い、栗丘とちょうど同じくらいの年代の青年だった。黒のスーツに身を包み、姿勢良く歩く姿はゆうに百八十センチを超える長身である。

 その顔は、一見して外国の血が入っていることがわかるハーフ系だった。肌は白く、眼鏡の奥に見える瞳も碧い。髪の色はほとんど銀に近く、まるで西洋人形を思わせる美しい容貌だった。

「紹介するよ。絢永あやなが呂佳ろかくんだ。先月警察大学校を卒業したばかりの新人で、今は私の部下だよ」

 御影が言って、当の本人は栗丘の前で立ち止まった。
 目の前まで迫った長身の男は無言で栗丘を見下ろしている。身長差のせいもあり、なんだか威圧感が半端ない。
 
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