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第一章
相棒は嫌味なクソ眼鏡
しおりを挟む「……えーっと」
栗丘はまず何と挨拶すべきか迷った。
相手は今年の春から警察官になったばかりの新人だ。
ならば栗丘にとっては後輩に当たる。
だが先ほど御影の紹介にもあった『警察大学校』というのは、いわば選ばれしエリートだけが通うことの出来る場所だ。
そこを卒業した警察官は『キャリア組』と呼ばれ、栗丘たちのような『ノンキャリア組』とは違い、階級が警部補からのスタートとなる。
栗丘は最下層の巡査に位置するため、この時点で相手の方が二階級も格上なのである。
(とはいっても、俺の方が五年も先輩なわけだし……)
伊達に五年も警察官はやっていない。
栗丘はにこやかに右手を差し出して、
「俺は栗丘みつき。よろしく!」
と、軽い感じで挨拶してみたが、相手の男——絢永呂佳は返事もせずに御影の方を見て、
「コレが、御影さんの言っていた『候補生』ですか? ずいぶんと子どもっぽいんですね」
至極落ち着いた声でそう言った。
「は……はぁ————っ!?」
これには栗丘も思わずブチ切れる。
「何だと、このクソ眼鏡! 誰が子どもっぽいだって!?」
「クソ眼鏡って。品のない言葉遣いですね。見た目だけじゃなく中身まで子どもだとは」
はあ、とわざとらしく溜息を吐く絢永に、今度こそ殴りかかろうとする栗丘の首根っこを御影が掴む。
「はいはい、喧嘩しないの。これから君たちは大切な相棒同士になるかもしれないんだからね」
「あ、相棒っ!?」
一体何を言い出すのかと栗丘が目を剥いている隣で、絢永は疲れたように再び溜息を吐く。
「僕は反対ですよ。いくらあやかしが見えるといっても、使い物にならなければ意味がありません。御影さんのお墨付きだというから期待していましたが、こんな見た目も中身も幼稚な人間に任務が務まるとは到底思えません。捜査なら僕一人でも十分でしょう。一体どうしてこんな落ちこぼれを引き入れようとするんですか」
よくもまあここまでスラスラと嫌味を羅列できるもんだ、と栗丘が怒りを通り越して半ば感心していると、御影は狐面の奥でくすりと笑って栗丘に視線を向ける。
「君は、刑事になりたいんだろう?」
刑事、というワードに思わず背筋が伸びる。
「そ、そりゃあ、刑事に憧れる人間は多いでしょう。俺……私だって例外じゃないです。それに、出世のチャンスがあるなら誰だって飛びつきたくなるはずです」
「いいや。君が刑事を目指す理由はそれだけじゃない」
まるで栗丘の胸中を見透かしたかのように、確信を持った口調で御影は言う。
「君は、二十年前の事件の真相が知りたいんだろう。あの事件で、君の父親が一体何に巻き込まれたのか」
その指摘に、栗丘は全身の毛が逆立つような感覚を覚えた。
言葉を失う栗丘の隣で、絢永は訝しむように眉をひそめる。
「二十年前? 何ですか、それ。僕は聞いてませんよ」
「機密事項だからね。栗丘くんが知りたがっているその事件の真相も、あやかしに関係があるかもしれないんだよ」
「……何か、知っているんですか?」
自分でも驚くくらいに低い声で、栗丘が聞いた。
二十年前の事件。
栗丘の両親が遂げた不可解な死。
その真相を、いま目の前にいる男が知っているかもしれない。
「もしも君が、今回の案件——あの斉藤という男性が抱えている問題を無事に解決できれば、私の知っている限りを君に話そう。ただし」
狐面の奥で、微かに含み笑いをする気配が漂う。
「あの事件のことは機密事項で、たとえ警察の内部でも限られた範囲でしか情報を共有することはできない。したがって、君がその情報を得た暁には、君の意思には関係なく、我々に協力してもらうことになる」
「協力? って、何をすればいいんですか?」
「我々の部署、『特例災害対策室』に所属し、共にあやかしを退治するための捜査に加わってもらう」
特例災害対策室。
そんな名前の部署は、栗丘の知る限りでは聞いたこともなかった。
「と、いうわけで! 今回の斉藤さんの件は栗丘くんと絢永くんとでしっかり協力して捜査に当たってね」
今日はこれにてお開き! とでもいうように、御影はパンッと胸の前で手を合わせる。
「はあぁ!?」
栗丘と絢永が同時に叫び、御影はへらへらと笑った。
「いやいやいやいやいやいや。なんで僕がこんな落ちこぼれと一緒に捜査しなきゃいけないんですか!? まだ彼を引き入れるとは決まっていないんでしょう!?」
「俺だってこんな相棒は願い下げです!」
「あっはっはっは。まあ、せいぜい頑張りたまえ」
からからと笑いながら、御影はくるりと踵を返して夜の街へと消えていく。
絢永は慌ててその後を追おうとしたが、何かを思い出したように一度立ち止まると、再び栗丘の元へと戻ってくる。
「何だよ。まだ文句が言い足りないのか?」
栗丘が身構えると、相変わらず不機嫌な顔をした新米警部補は胸ポケットから何かを取り出した。
「財布。さっき盗られたでしょう」
そう言って絢永が差し出したのは、確かに先ほどパンク系少女に盗まれた栗丘の財布だった。
「お、俺の財布! お前が取り返してくれたのか?」
もはやすっかり忘れていたそれを受け取りながら、栗丘は信じられないという目で絢永を見上げる。
「もしかして、お前って意外とイイ奴……?」
「御影さんに命令されただけです。気持ちの悪い勘違いをしないでください。それに、あなたもこんな簡単に財布を盗まれるようじゃ、警察官は勤まりませんよ。もっと自覚を持って行動してください」
最後に嫌味ったらしくそう言い残して、新米のエリート後輩は遅れて上司の後を追った。
その場に一人残された栗丘は、ぽかんと呆気に取られたまま道の先を見つめる。
「……やっぱ、嫌な奴!」
夕空の下で張り上げたその声を聞きつけて、交番の中から不思議そうに藤原が顔を覗かせた。
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