16 / 51
第二章
腹の底は誰にもわからない
しおりを挟む◯
空になった前菜の皿が下げられると、次は汁物が運ばれてくる。
それをさらに平らげると次は豪華なお造りが四人の前にそれぞれ並んだ。
「相変わらず美味しそうだねえ」と上機嫌に眺める御影の隣から、マツリカがまたしても横取りしようと箸を伸ばす。
しかし御影は慣れた手つきでそれを阻止し、マツリカは不満気に頬を膨らませた。
その向かいで手元の皿に目を落としている栗丘は、先ほどまでとは打って変わって生気がなかった。どこか上の空で、ただ機械的に目の前の品に箸をつける。
「そんな暗い顔で食べていたら、せっかくの料理が不味くなりますよ」
隣から絢永の厳しい声が飛んできた。
栗丘はちらりと彼に目をやって、「ああ、ごめん」とだけ返す。
「なにショック受けてるんですか。斉藤さんがあなたを殺そうとしていたのがそんなに悲しいんですか? 別に親しい友人でも何でもないんですから、気にする必要もないでしょう。そもそも僕らは警察官なんですから。仕事上、恨みを買う場面なんて色々ありますよ」
「わかってる。けどさ……」
「あなた、僕より五年も先輩なんでしょう? 今までだって、勤務中に逆恨みされることなんていくらでもあったでしょう。勤続六年目にもなって、そんなことでいちいち凹んでたら警察官なんて務まりませんよ」
「そうじゃなくて!」
栗丘はわずかに語気を強め、絢永の顔を真っ直ぐに見上げた。
「俺、あの時の斉藤さんは完全にあやかしに操られていたと思ってたんだ。だから……斉藤さんを怒らせるようなことを、わざと言ったんだ」
「あやかしを引きずり出す算段だったんでしょう。それがどうしたんですか」
「斉藤さんを傷つけるような言葉を、俺は何度も口にしたんだ。斉藤さんが怒って、悲しそうにしていたあの反応は、あの人の本心だったのに」
そう訴えかける栗丘の顔は、今にも泣き出しそうだった。涙こそ見せていないものの、その瞳の表面はやけに潤いを帯びて揺れている。
おそらくは罪悪感に苛まれているのだろう。
自分の予想とは反する栗丘の反応に、絢永は調子を狂わされた。
「……なんだ。そんなことですか」
早とちりした自分を振り払うように、絢永は湯呑みのお茶を喉へ流し込む。
「俺、斉藤さんに謝らなきゃ。あんな酷いことを言って傷つけたのに、このまま何もなかったような顔なんてできないよ」
「やめてください。下手に接触してあれこれ質問されたら後々面倒です。彼にあやかしが見えない以上、どうやったって納得のいく説明はできないんですから」
「でも」
尚も悩み続ける栗丘に、はぁ、と絢永は溜息を吐く。
「人間は、誰だって闇を抱えています。相手がどれだけ愛想良く笑っていたとしても、その心の奥底では何を考えているかはわからないし、覗き込む術もないでしょう。なにも斉藤さんに限った話じゃありません。みんなそれぞれ何かを抱えて、迷ったり悩んだり、あるいは目を逸らしたりして生きているんです。今回はそれがたまたま可視化されただけです。斉藤さん本人が普段はそれを隠しているのなら、我々は見なかったことにすればいいじゃないですか。今回問題となったあやかしは、ちゃんと退治したんですから」
「絢永……」
再び絢永が視線を戻すと、こちらを見上げる栗丘の目がやけに明るく輝いている。
「絢永。お前もしかして、俺のことを慰めてくれてるのか?」
「…………は?」
キラキラと期待の眼差しを向けてくる栗丘に、絢永はこれ以上になく顔を歪ませる。
「俺のこと、そんなに心配してくれるなんて……。絢永、お前ってやっぱり本当はイイ奴なんだな。ただの嫌味で生意気な奴だと思ってたけど、見直したよ」
ありがとな、と見当違いの笑顔を向けられて、絢永は無言のまま手元の刺身に箸を伸ばす。
「……やっぱり僕、あなたのこと嫌いです」
「えっ、なんでだよ!?」
栗丘が元のトーンで声を張り上げた瞬間、その様子を見ていた御影がふふっと笑った。
「二人とも、どんどん仲が良くなってるみたいだね。その調子で今後の捜査もよろしく頼むよ」
言いながら、彼は狐の面を少しだけ持ち上げて、その隙間から器用に刺身を口元へ運んでいく。
栗丘の位置からは面の下がどうなっているのかよく見えず、つい好奇心で首を伸ばして横から覗き込もうとすると、べしっと絢永の平手が頭に飛んできた。
「いてっ」
「興味本位で人のプライバシーを侵害するんじゃありません」
「あーっ! こいつ今叩いた! 傷害罪だ!」
再び部屋の中が騒がしくなると、マツリカは心底面倒くさそうな顔で呟く。
「これのどこが仲が良いの? うるさすぎるし、お店の営業妨害だからさっさと連行して欲しいんですけど」
「喧嘩するほど仲が良いんだよ。彼らにはこれから二人一組で捜査に当たってもらうわけだし、どんどん距離を縮めてほしいね。というわけで、そろそろあやかし退治の方法について説明したいんだけど、いいかな?」
御影が言って、栗丘と絢永はやっと口論をやめる。
そうして渋々と座り直した彼らを前に、御影は本日のメインディッシュともいえる話題に改めて切り込んだ。
10
あなたにおすすめの小説
白苑後宮の薬膳女官
絹乃
キャラ文芸
白苑(はくえん)後宮には、先代の薬膳女官が侍女に毒を盛ったという疑惑が今も残っていた。先代は瑞雪(ルイシュエ)の叔母である。叔母の濡れ衣を晴らすため、瑞雪は偽名を使い新たな薬膳女官として働いていた。
ある日、幼帝は瑞雪に勅命を下した。「病弱な皇后候補の少女を薬膳で救え」と。瑞雪の相棒となるのは、幼帝の護衛である寡黙な武官、星宇(シンユィ)。だが、元気を取り戻しはじめた少女が毒に倒れる。再び薬膳女官への疑いが向けられる中、瑞雪は星宇の揺るぎない信頼を支えに、後宮に渦巻く陰謀へ踏み込んでいく。
薬膳と毒が導く真相、叔母にかけられた冤罪の影。
静かに心を近づける薬膳女官と武官が紡ぐ、後宮ミステリー。
烏の王と宵の花嫁
水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。
唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。
その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。
ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。
死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。
※初出2024年7月
《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。
ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」
その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。
あばらやカフェの魔法使い
紫音みけ🐾新刊2月中旬発売!
キャラ文芸
ある雨の日、幼馴染とケンカをした女子高生・絵馬(えま)は、ひとり泣いていたところを美しい青年に助けられる。暗い森の奥でボロボロのカフェを営んでいるという彼の正体は、実は魔法使いだった。彼の魔法と優しさに助けられ、少しずつ元気を取り戻していく絵馬。しかし、魔法の力を使うには代償が必要で……?ほんのり切ない現代ファンタジー。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。
その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。
そこで待っていたのは、最悪の出来事――
けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。
夫は愛人と共に好きに生きればいい。
今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。
でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。
妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。
過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――
オヤジ栽培〜癒しのオヤジを咲かせましょう〜
草加奈呼
キャラ文芸
会社員である草木好子《くさきよしこ》は、
毎日多忙な日々を送り心身ともに疲れきっていた。
ある日、仕事帰りに着物姿の女性に出会い、花の種をもらう。
「植物にはリラックス効果があるの」そう言われて花の種を育ててみると……
生えてきたのは植物ではなく、人間!?
咲くのは、なぜか皆〝オヤジ〟ばかり。
人型植物と人間が交差する日常の中で描かれる、
家族、別れ、再生。
ほんのり不思議で、少しだけ怖く、
それでも最後には、どこかあたたかい。
人型植物《オヤジ》たちが咲かせる群像劇(オムニバス)形式の物語。
あなたは、どんな花《オヤジ》を咲かせますか?
またいいオヤジが思いついたらどんどん増やしていきます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる