26 / 51
第三章
絢永呂佳という人間は
しおりを挟む◯
「ごめんな、絢永。うちのばあちゃん、お前のこと全然覚えられなくて。昔のことはよく覚えてるんだけどなぁ」
「いえ。お会いする度に僕のことを褒めてくれるので、嬉しいですよ」
祖母の見舞いと買い出しを済ませた二人は栗丘の自宅にたどり着くと、いつものようにリビングの方へと向かう。
もともと祖母と二人で暮らしていたその古い木造一軒家は、祖母が入院してからというもの、栗丘一人で過ごすには少々広すぎる場所だった。
買ってきた弁当をレンジで温めている間に、絢永はスーツの上着を脱いでネクタイを緩める。
まるで自分の家で寛ぐかのようにリラックスしているその様子を見て、栗丘はくすりと笑った。
「なんです? 何かおかしいですか」
「いや。なんか、この家にもずいぶん馴染んでくれたみたいだなーと思って」
それを耳にした途端、絢永はハッとした顔で慌ててネクタイを元通りに締め直す。
「す、すみません。馴れ馴れしかったですよね」
「えっ? いやいや。違う、そういう意味で言ったんじゃないって!」
続けてスーツの上着にも袖を通そうとする絢永を、栗丘は慌てて引き止める。
「そうじゃなくてさ。俺、嬉しいんだって。お前がそうやって俺の家で寛いでくれたらさ。なんていうか、安心してくれてるのかなーと思って嬉しいんだよ。だからそんな変に気を遣ったりするなよ。そうやって壁を作られる方が俺は寂しいからさ」
「そう、ですか?」
栗丘に促されるまま、不安げにソファに腰を下ろす絢永。
まるで世間知らずの子どもみたいな顔をする彼に、栗丘はまたしても笑みを溢してしまう。
出会った当初は取り付く島もないほどの無愛想だったのに、今ではこの変わりよう。もしかすると、一度でも心を許した相手には絶大なる信頼を寄せるタイプなのかもしれない。
(こいつ、変な奴に引っ掛かったら一発で人生狂わされるんじゃないか?)
内心そんな心配をしていると、
「何です? 何か失礼なことを考えていませんか?」
と、まるで胸中を見透かされたように問い詰められて、栗丘は慌てて首を横に振った。
「何でもないって。あっ、そろそろ弁当も温まったんじゃないか? ほら、早く食べようぜ!」
なんとかその場を誤魔化してレンジの方へと走る。まあいいですけど、と苦笑する声が背後から聞こえて、ひとまずホッとする。
「そういやさあ、最近マツリカは元気にしてるのかな。御影さんから何か聞いてないか?」
食器棚からマグカップを二つ取り出しながら、栗丘は何気なく尋ねる。
先日の『手長』の一件以来、彼女とは連絡が取れていない。こちらからSNSで何度かメッセージを送ってみたものの、毎回スルーされているのだ。
「元気にはしていると思いますよ。先日の一件については黙りのようですが」
どうやら絢永も詳しくは聞いていないらしい。というより、マツリカ自身が何も語ろうとしないので情報がないようだ。
「きっと、また『門』を探しているのでしょう。夜分に家を抜け出すのは相変わらずのようですから」
『手長』の一件があったあの日、彼女は『あっちの世界へ行きたい』と言っていた。
——あたしはただ、『門』の向こう側へ行けたらそれでいいの。
あやかしが住むという『あっち』の世界、幽世と、人間が住む『こっち』の世界、現世。
その二つを繋ぐ境界が『門』なのだという。
「なんでそんなに門の向こう側が気になるんだろうな。あやかしが住む世界ってことは、人間にとっては危険な場所ってことだろ?」
「あやかしが生まれる場所……と、御影さんは言っていましたが。それ以上のことは何もわかりませんね。何せ、あちらの世界に行って戻ってきた人間は一人もいないわけですから」
「ますますわからないな。そんな場所に行って、マツリカはどうしようっていうんだ? 行ったところで、あやかしに取って喰われるだけじゃないのか」
「マツリカさんにはマツリカさんの事情があるんでしょう。あなたがご両親のことで真実を追い求めるのと同じように」
そう口にした絢永の瞳は、どこか遠くを見つめているようだった。
まるで何かを思案するようなその様子に、栗丘は思わず尋ねる。
「お前も、あやかしのことで何かを抱えているのか?」
ここ数日のやり取りで、絢永のプロフィールは少しずつ明らかになっていた。
しかしその内容は、身長が一八七センチであるだとか、意外と甘いものが好きだとか、誕生日が実は大晦日だとか、そういった他愛のないものばかりで、彼の人格や生き方を形成するような重要な部分はまだ聞き出せていない。
あやかし退治という危険な任務にわざわざついているのも、彼にとって何かそれなりの事情があるのかもしれない。
「……十年前に、テロ事件で亡くなった総理大臣がいたでしょう」
わずかに声のトーンを落として絢永が言った。
「十年前? ああ。あれはすごいニュースだったよな。当時は俺もまだ中学生だったけど、あの時は学校でもあの事件の話題で持ち切りだったよ」
十年前、当時の首相とその家族が、テロリストによって惨殺された。その場に居合わせた政治家も複数人が犠牲となり、その日のことは未曾有の大事件として歴史に刻まれることとなった。
「テロリストによる犯行……と、表向きにはなっていますが。実際は、あれもあやかしの仕業です。世間への説明が難しいため、テロが起こったことになっているだけです」
「えっ、そうなのか!? でも、そんな情報どこから……」
おそらくは国家機密に値するであろう情報をさらりと口にする絢永に、栗丘はひっくり返りそうになる。
しかし、絢永が次に放った言葉に、栗丘はさらに度肝を抜かれた。
「この情報に間違いはありません。事件発生当時は、僕もその場にいましたから」
10
あなたにおすすめの小説
白苑後宮の薬膳女官
絹乃
キャラ文芸
白苑(はくえん)後宮には、先代の薬膳女官が侍女に毒を盛ったという疑惑が今も残っていた。先代は瑞雪(ルイシュエ)の叔母である。叔母の濡れ衣を晴らすため、瑞雪は偽名を使い新たな薬膳女官として働いていた。
ある日、幼帝は瑞雪に勅命を下した。「病弱な皇后候補の少女を薬膳で救え」と。瑞雪の相棒となるのは、幼帝の護衛である寡黙な武官、星宇(シンユィ)。だが、元気を取り戻しはじめた少女が毒に倒れる。再び薬膳女官への疑いが向けられる中、瑞雪は星宇の揺るぎない信頼を支えに、後宮に渦巻く陰謀へ踏み込んでいく。
薬膳と毒が導く真相、叔母にかけられた冤罪の影。
静かに心を近づける薬膳女官と武官が紡ぐ、後宮ミステリー。
烏の王と宵の花嫁
水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。
唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。
その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。
ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。
死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。
※初出2024年7月
《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。
ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」
その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。
あばらやカフェの魔法使い
紫音みけ🐾新刊2月中旬発売!
キャラ文芸
ある雨の日、幼馴染とケンカをした女子高生・絵馬(えま)は、ひとり泣いていたところを美しい青年に助けられる。暗い森の奥でボロボロのカフェを営んでいるという彼の正体は、実は魔法使いだった。彼の魔法と優しさに助けられ、少しずつ元気を取り戻していく絵馬。しかし、魔法の力を使うには代償が必要で……?ほんのり切ない現代ファンタジー。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。
その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。
そこで待っていたのは、最悪の出来事――
けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。
夫は愛人と共に好きに生きればいい。
今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。
でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。
妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。
過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――
オヤジ栽培〜癒しのオヤジを咲かせましょう〜
草加奈呼
キャラ文芸
会社員である草木好子《くさきよしこ》は、
毎日多忙な日々を送り心身ともに疲れきっていた。
ある日、仕事帰りに着物姿の女性に出会い、花の種をもらう。
「植物にはリラックス効果があるの」そう言われて花の種を育ててみると……
生えてきたのは植物ではなく、人間!?
咲くのは、なぜか皆〝オヤジ〟ばかり。
人型植物と人間が交差する日常の中で描かれる、
家族、別れ、再生。
ほんのり不思議で、少しだけ怖く、
それでも最後には、どこかあたたかい。
人型植物《オヤジ》たちが咲かせる群像劇(オムニバス)形式の物語。
あなたは、どんな花《オヤジ》を咲かせますか?
またいいオヤジが思いついたらどんどん増やしていきます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる