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第四章
仮面の下の素顔
しおりを挟む人から見た目で判断されるのが嫌いだった。
——いやぁ、すげー美人さんだなぁ。今年の新卒で入って来たんだって? うちみたいな部署に配属されたら婚期が遠退いちまうぞ。なんつってな! ……え、何だって。女じゃなくて男? またまたぁ。そんな冗談が通るわけないだろ。
初対面の人物には大体同じような反応をされる。
こちらの顔を見て、一目で男だと判断できる人間はほぼいない。
二十年前。
警察学校でのカリキュラムを終え、新しい配属先へと顔を出した御影京介に対して、出迎えた先輩警官の反応もまさにこれだった。
性別を、あきらかに勘違いしている。
——おい栗丘。そいつはれっきとした男だぞ。間違えるなよ。
『栗丘』と呼ばれたその先輩警官は、後方から届いた上司の声に振り返る。
——え? はっ? なに言ってるんですか。冗談きついですよ。だって、こんな綺麗な顔した男がどこにいるっていうんですか。
——まさに目の前にいるだろ。そいつは御影京介。院卒の一発合格だから、年はお前とそう変わらないはずだ。ちなみにキャリア組だから階級はお前より上だぞ。覚えとけ。
見た目に反して名前はいかにもな男性名なので、フルネームを聞けば大抵の人間が驚く。
この栗丘という男も例に漏れず、上司の言葉に半信半疑といった様子でこちらの顔をまじまじと眺めてくる。
——御影京介です。よろしくお願いします。
そう最低限の挨拶を口にして頭を下げると、半ば呆然としていた栗丘はさらに驚いた顔をして、
——うわ。声、低っ!
と、遠慮のない感想を述べた。
正直言って、第一印象は最悪だった。
人を見た目で判断する上にデリカシーもない。
勉強もあまり出来る方ではないくせに、一丁前に結婚はしているようで、妻子の惚気話を職場で堂々と披露するような男だ。
こんな人間とは絶対に仲良くはなれないと、若き日の御影は思った。
それが、二〇〇五年の秋。
今から二十年前の、栗丘瑛太との初めての出会いだった。
◯
真夜中の病院は静かだった。
どこの部屋も照明は落とされており、廊下にある非常灯だけがぽつりぽつりと寂しげに点灯している。
薄闇の中、栗丘と絢永の二人は休憩所の長椅子に腰を下ろしていた。
同じ一つの椅子を使用してはいるが、それぞれ端と端に座り、間に出来たスペースが互いの今の距離感を表している。
この数時間、会話は一切ない。
一体何からどう話せばいいのか、栗丘はわからずにいる。
おそらくは隣で黙ったままの絢永もそうだろう。
それに何より、今は御影のことが心配だった。
あの小会議室で、栗丘を庇って銃弾に倒れた御影。撃たれた背中からは止めどなく血が流れ出し、赤く染まった手のひらで、彼は栗丘の頬に触れて言った。
——君は……私の大事な、相棒の息子だからね。
思い出す度に、頭の中がぐちゃぐちゃになる。
今まで散々こちらのことを振り回してきたくせに、あんな場面であんなことを言うなんて。一体どういうつもりなのか、皆目見当もつかない。
やはり彼の回復を待って、本人から直接説明してもらうしかない。そのためにも、彼には無事に手術を耐え抜いてもらわなければならない。
と、時計の針がいよいよ夜中の一時を指そうとしたところで、手術室へと繋がる廊下の先から、複数の足音がゆっくりと近づいてきた。
それを耳にした瞬間、栗丘と絢永の二人はほぼ同時にその場へ立ち上がった。
奥からやってきたのは、パンク系ファッションに身を包んだ少女と、背広を着た五十代くらいの男性。
マツリカと、現在の警視庁のトップである警視総監・平泉だった。後方には護衛らしき人物の姿もある。
栗丘と絢永が慌てて彼らの方へ駆け寄ると、平泉はそれぞれの顔を見て、
「心配ない。命に別状はないそうだ」
と、簡潔に伝えた。
その言葉に、二人は安堵の息を漏らす。
「君たちのことは御影から聞いている。御影が世話になったな」
言われて、栗丘は思わず背筋を伸ばす。
「いっ、いえ! 世話だなんてそんな。もともと御影さんは俺を……私を庇って怪我をしたんです。私のせいで、御影さんは——」
「彼を撃ったのは、私です」
恐縮する栗丘の隣から、絢永がやけに落ち着いた様子で言った。
「私を処罰してください」
その声にはどこか覚悟のようなものが感じられた。この数時間、ずっと静かだった絢永の中で、何かの整理がついたのだろうと栗丘は思った。
「いや。御影の意思を無視して、私が勝手に君を処分することはできない」
「でも……」
「おそらく御影は、君の罪を咎めたりしない。私には、残念ながらあやかしを見る能力は備わっていないが……しかし、御影とは長い付き合いだ。あいつの考えていることは、少なくとも君たちよりは理解している」
有無を言わせない迫力で、平泉が言う。
絢永はまだ何か言いたげだったが、その気迫に押されてそれ以上は口を噤んだ。
「それでいいな、マツリカ」
平泉はそう、隣に立つマツリカに聞く。
「別に。あたしはミカゲがどうなろうと知ったこっちゃないし」
ふいっと明後日の方角を向きながら、マツリカは答える。いつも通りの反応だったが、その表情はどこか覇気がなかった。
「君は普段から御影と共に生活しているだろう。養子縁組こそしていないそうだが、御影にとっては誰よりも『家族』に近い存在だ」
「あいつのことなんて知らない! いつも何を考えてるのかもわからないし。狐の面の下の顔だって、さっき初めて見たぐらいなんだから」
彼の素顔は、病院への搬送時に栗丘も初めて見た。
過去の事件で焼け爛れたと言っていた皮膚は、確かに火傷の痕のようなものが額に残っていた。
だが顔の大部分は無傷であり、ことさら仮面などで隠す必要はないように思われた。むしろ、その造形の美しさに、その場の全員が息を呑むほどだった。
背格好や手の皺などはあきらかに年相応の様相であるのに対し、面の下にあった素顔は不自然なほどに若く、瑞々しかった。
色素の薄い肌に、鼻筋の通った中性的な美貌。
閉じられた瞼を覆うまつ毛は長く、その顔はまるで二十代半ばぐらいの、栗丘たちとそう変わらない年頃の、美しい女性のようだった。
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