あやかし警察おとり捜査課

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第四章

犯した罪を背負って

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 二十分ほどで栗丘の自宅へと到着し、タクシーを降りた二人はそろって玄関の扉を潜る。
 やがてリビングに差し掛かったところで、栗丘が尋ねた。

「お前、腹減ってるだろ。ラーメンかレトルトぐらいしかないけど食うか? あと冷蔵庫にあるものなら何でも……」

 そう言って絢永の方を振り返ったとき、思わず固まった。

 すぐ後ろに立っていた絢永は口を真一文字に結び、厳しい眼光で栗丘を見下ろしていた。
 リビングの照明はまだ点けていないので、玄関からの逆光を浴びたその顔には陰がかかり、より一層迫力が増している。

「無防備すぎませんか」

「え」

 瞬間。
 絢永の右手がこちらへ伸び、ドッ、と音を立てて、その拳は栗丘の真後ろにあった壁を突いた。
 必然的に壁際へ追い詰められる形になった栗丘は、至近距離まで迫った絢永の顔を見上げた。

「未遂とはいえ、僕は一度、あなたを殺そうとしたんですよ。そんな危険な男を軽々しく自宅に招き入れるなんて、あなたどうかしてるんじゃないですか?」

 眼鏡の奥から、氷のように冷たい碧眼がこちらを見下ろしている。

「なんだよ。相棒を家に上げて、何がおかしいって言うんだよ」

「この期に及んで、まだ僕のことを相棒だなんて呼ぶんですか」

 自嘲するような笑みを浮かべて、絢永は言った。

「もし、あのとき御影さんが助けに来てくれなかったら、今頃あなたは死んでいたかもしれないんですよ。僕は……十年前のあの事件のこととなると、我を忘れて、人の命さえも簡単に奪おうとしてしまう。そんな人間なんです。復讐の鬼以外の何者でもありません」

「でもお前は、あの時はあやかしに憑かれてたんだろ。正気じゃなかったんだ。だからあれは仕方なかった……」

「それでも、本心からやったことです!」

 栗丘の反論を遮るように、絢永は声を荒げた。

「あなただってよくわかっているでしょう。たとえあやかしに憑かれていたって、自我が完全に無くなるわけじゃない。僕の心のどこかに、あなたを殺してやりたいという気持ちがなければ、あんな行動に出るはずがないんです」

 その声はわずかに震えていた。

「……あなたを憎いと思った。その気持ちに間違いはありません」

 くしゃりと表情を歪め、今にも泣きそうな顔で絢永は言った。そのまま、ずるずると力なくその場にしゃがみ込む。

「失望したでしょう。あるいは、僕のことが恐ろしくなったんじゃないんですか? 仲間に銃を向け、躊躇いもなく発砲したんです。そんな人間を、相棒だなんて呼べるはずがないでしょう。好きなだけ罵ってくださいよ。怒ってくださいよ。でないと僕は……自分のしでかしたことに、けじめが付けられません」

「絢永……」

 床に膝をつき、自責の念に駆られる後輩の姿を、栗丘はただ見つめることしかできなかった。

「ごめんな。俺、お前の気持ちを何もわかってやれてなかった」

 今となっては、自分に足りなかったものが嫌というほどにわかる。

「俺は、知らないことが多すぎたんだ。何も理解できてなかったんだ。十年前の事件のことも、お前が今までどんな思いで生きてきたのかも。……本当に、何もわかってなかった。無知すぎて、自分が恥ずかしいよ」

 無知は罪だという言葉を、ここまで痛感したのは初めてかもしれない。

「俺は今まで、本気で何かと向き合う時は、絶対に目を逸らしちゃいけないんだと思ってた。どんな物事にも嫌な面はあるけど、そういうのも引っくるめて、全てを受け入れなきゃいけないと思ってた。でもそれは、俺が何も知らないから、そんな風に思えていただけだったんだ。世の中には、どうしようもないこともあって、何もかもを受け入れようとするのが正解じゃない場合もある。お前をこんな風に傷つけるぐらいなら、俺は、最初から何も知らないフリをした方が良かったんじゃないかって……」

「ちがう!」

 再び顔を上げた絢永は、キッと栗丘を睨みつけた。

「僕は真実を探していたんです! 都合の良い嘘なんていらない。あなただってそうでしょう!」

 そう指摘されると、栗丘は否定できなかった。
 どれだけ辛い現実があったとしても、それを知らずに、嘘の世界で満足できるとは自分は思えない。それは絢永も同じだったようだ。

「あなたは、真実を知ったからといって、今さら逃げるんですか? 違いますよね。今まで僕が見てきた栗丘センパイは、そんな人じゃなかったはずだ」

 言いながら、絢永は再びその場に立ち上がる。すらりとした長身が、いつものように栗丘を見下ろした。

「あなたはずっと、父親の真相を追っていたんでしょう。そして最後まで見届けるつもりでいるんでしょう。あなたが本当に、過去の事件と本気で向き合うつもりだというのなら、地獄の底まで、僕と一緒についてきてもらいますよ」

 そう言って、彼は右手を差し出す。

「俺なんかが、お前の隣にいてもいいのか?」

「それはこっちのセリフです。僕はいずれ、あなたの父親を殺すことになるかもしれない。それでも、あなたは僕と共に来る覚悟がありますか?」

 その言葉を聞いて、栗丘は腹を括った。

 過去は変えられない。
 自分の父親が罪を犯したというのなら、その業を背負うのは他でもない、実の息子である自分の役目だと思った。

 絢永から差し出された手に、栗丘は同じように右手を重ねて、二人は互いの手を固く握り合った。

「大晦日の夜に、百鬼夜行が起こると言っていましたよね。具体的にどうするかという話は、御影さんから聞いていますか?」

「いや。その話はまだちゃんとしてなかったんだ。俺が父親のことで悩んでばかりいたから……。まさか御影さんが、こんなことになるなんて」

 御影はまだ眠っている。命に別状はないらしいが、回復にどれだけ時間がかかるかはわからない。

 すでに十二月も半ばを過ぎて、大晦日までの日数はあまり残されていない。
 果たして間に合うのか、と不安を抱える二人の元へ、

「大丈夫、大丈夫。ちゃんと策は練ってあるから、心配はいらないよ」

 と、ひどく聞き覚えのある飄々とした声が届いた。
 
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