3 / 62
Chapter #1
ブリスベン空港にて①
しおりを挟む約八時間の空の旅を終え、飛行機はついに目的の地へとたどり着いた。
オーストラリア——の中でもここはブリスベンという都市で、国の中では三番目に人口が多いらしい。
日本でいう名古屋みたいなものだと舞恋は言うけれど、地理にも弱い私にはピンと来なかった。
飛行機の中ではあまり眠れなかったため、私は寝不足のまま空港のロビーへと足を運んだ。
対して舞恋はよく眠れたらしく、清々しい表情で辺りを物珍しそうに眺めている。
「おおー、見事に外国人しかいないよ。日本人っぽいのもいると思ったら中国語を話してたし!」
興奮気味な彼女の声を耳にしながら、私は寝惚け眼を周囲へと巡らせた。
言語も、肌や髪の色も、顔の造りも全然違う人たちが、それぞれの用事を済ませている。
家族や友人と談笑したり、ハグをしたり、荷物を漁ったり。
と、
「……みっ、みさきち、みさきちーー!!」
急に切羽詰まったような舞恋の叫び声を聞いて、私はすかさず彼女の方を振り返った。
「舞恋!?」
見ると、一瞬前まで私の隣にいたはずの舞恋が、いつのまにやら後方で空港のスタッフ二人に囲まれていた。
何か検査で引っかかりでもしたのか、どこかへ連れて行かれそうになっている。
「どうしたの、舞恋。何かヘンな薬でも持ってたの!?」
普段からやけにテンションが高いのはまさか……と青ざめる私に、
「んなわけないでしょ!! よくわかんないけど、何か『テスト』するとか言ってる! とにかく、私が戻るまで一人で先に行かないでよね!」
ギャーギャー喚きながら連行されていく舞恋の背中を見送って、私は一人そこに取り残された。
途端に、恐ろしく心細くなってくる。
まさか異国の地へ降り立った瞬間に、こうして孤立することになるなんて。
もし、今この状態で誰かに話しかけられたらどうしよう?
日本人ならまだいいが、その他の国の人だったら。
日本語が一切通じない外国人に絡まれたら一巻の終わりだ。
「…………」
とりあえず、できるだけ自分の存在感を消そうと、それとなく呼吸を浅くする。
そんなことをしたって何も意味はないのだけれど、いま私が精神を正常に保つためにはそれぐらいしかできなかった。
しかし、そんな私を嘲笑うかのように、
「Hi, こんにちはー」
と、背後から急に声を掛けられた。
びっくりして、私は今度こそ呼吸を止める。
男の人の声だった。
Hi. という挨拶はおそらく英語。
でも、その後の『こんにちは』は日本語?
(もしかして、日本人……?)
かすかな期待を抱きながら、意を決して恐る恐る後ろを振り返ってみる。
するとそこには、アジア系の男性——黒い髪に茶色の瞳、おそらくは私と同じ系統の肌をした、すらりと背の高い青年が立っていた。
その顔を見て、私は思わず息を呑む。
穏やかな微笑を浮かべた彼は、そこらのモデル雑誌に載っていてもおかしくないような、まごうことなきイケメンだったのだ。
「Are you OK?」
思わず見惚れていると、彼がそう質問してきた。その声で、私はやっと我に返る。
あーゆーおーけー?
大丈夫?
これくらいなら私でも聞き取れる。
「お、オーケーオーケー! あいむふぁいん!」
反射的にそう返してから、私はハッとした。
「って、あなたもしかして……日本人じゃないの!?」
思わず日本語で問い返すと、目の前の彼は優しげな表情のまま、不思議そうに小首を傾げる。
シュッとした輪郭に、通った鼻筋。
くっきりとした二重瞼の綺麗な瞳が、興味津々な様子で私を見下ろしていた。
一見すると日本人にしか見えないが、まさか外国の方だったとは。
「Hmm…... ×××× ××××, ×××. Haha!」
「え……」
まずい。
何一つ聞き取れない。
おそらくは英語……なのだろうけれど、まったくもって何を話しているのかわからない。
「Oh, ××××? ××××……」
たまに語尾が少し上がっているので、何か質問もしているらしい。
けれど何を質問されているのか理解できない以上、こちらは答えることもできない。
なんだろう。
何て言ったの??
せめて質問の部分だけでも聞き取らねば。
どうしよう。
嫌な汗で背中がびっしょりと濡れているのがわかる。
こんなとき、舞恋がいたら。
——聞き取れなかったときは、こう言えばいいの!
ふと、舞恋の声が脳裏で蘇る。
そうだ。
さっき、飛行機の中で彼女から重要なアドバイスを受けたのだ。
——ねえ、みさきち。イイこと教えてあげよっか。
——イイこと?
飛行機でのフライト中、舞恋は急に何かを思い出したように言って、私は最初それほど期待せずに聞いていた。
——魔法の言葉だよ。英会話で困ったときは、とにかくこれを使えばいいの。もしも相手の言葉を聞き逃しても、このフレーズを使えばもう一度同じことを言ってもらえるんだよ。
——そ、そんな便利なものがあるのっ?
予期せぬ朗報に、私は思わず姿勢を正す。
聞き逃した相手の言葉を、もう一度再生させることができる奇跡のフレーズ。
まさに魔法の言葉だ。
といっても、私の場合は何度聞き直したところで一向に解決しないような気もするのだけれど。
——ふっふっふ。いいかい、美咲くん。このフレーズだけはちゃんと覚えるんだよ。きっとキミの役に立つんだからね。
——う、うん。
おどけた調子で勿体ぶる舞恋をじれったく思いつつも、私は息を呑んで彼女の言葉を待つ。
——それで、そのフレーズっていうのは?
——『パードゥン』、だよ。
——……ぱーどぅん?
——そう。
言い終えるなり、舞恋はさも大役を果たしたといわんばかりのドヤ顔をした。
——ぱーどぅん……かあ。
私はその言葉を噛みしめるように口にした。
短い言葉だし、これくらいなら私でも覚えられそうだな、と。
そうだ。
今こそコレを使うべきじゃないのか。
目の前の彼が、いま私に求めている答え。
その手がかりが少しでも手に入るのなら、使うしかない。
「…………ぱ……」
緊張のあまり、声が上擦る。
やっとのことで口を開きかけた私の様子を、彼は優しげな目で見つめている。
そして、
「ぱ、ぱ……——pardon?」
1
あなたにおすすめの小説
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
OL 万千湖さんのささやかなる野望
菱沼あゆ
キャラ文芸
転職した会社でお茶の淹れ方がうまいから、うちの息子と見合いしないかと上司に言われた白雪万千湖(しらゆき まちこ)。
ところが、見合い当日。
息子が突然、好きな人がいると言い出したと、部長は全然違う人を連れて来た。
「いや~、誰か若いいい男がいないかと、急いで休日出勤してる奴探して引っ張ってきたよ~」
万千湖の前に現れたのは、この人だけは勘弁してください、と思う、隣の部署の愛想の悪い課長、小鳥遊駿佑(たかなし しゅんすけ)だった。
部長の手前、三回くらいデートして断ろう、と画策する二人だったが――。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』
透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。
「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」
そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが!
突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!?
気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態!
けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で――
「なんて可憐な子なんだ……!」
……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!?
これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!?
ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、
自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。
……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!?
「転ばないで」
「可愛いって言うのは僕の役目」
「固定回復役だから。僕の」
優しいのに過保護。
仲間のはずなのに距離が近い。
しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。
鈍感で頑張り屋なリィナと、
策を捨てるほど恋に負けていくカイの、
コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕!
「遅いままでいい――置いていかないから。」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる