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Chapter #1
会いたい
しおりを挟む聞いたことのない呼び出し音が数秒続いた後、
「Hello?」
と、男の人の声がする。
「……Kahin?」
一瞬の沈黙。
私のユーザー名は美咲の頭文字を取って『M』にしているので、彼の方からはその一文字だけが見えているはずだが、
「Misaki?」
と、彼は私の声で気づいてくれたようだった。
「いえす……、I’m Misaki.」
美咲です。
英語が大の苦手で、ロクに会話も出来ないけれど、思い切って電話をかけてしまいました。
あなたに話したいこと、聞きたいことはたくさんあるけれど、それをどうやって口にすればいいのかがわかりません——そんな思いを抱えながら、もごもごと次の言葉を探していると、
「××××× ××× you?」
彼の方が何か言った。
「えっ?」
思わず、素の声で聞き返してしまう。
すると、
「Where are you?」
彼はゆっくりと、私にもよく聞き取れるように、慎重に言い直してくれる。
うぇあー、あーゆー。
あなたはどこにいますか?
こんなことを聞いてくるということは、もしかしたら彼もまだ学校の敷地内にいるのかもしれない。
そして、私の思い違いでなければ——私に会おうとしてくれているのかもしれない。
「I’m……ええと」
すかさず私は辺りを見渡す。
何か目印になるもの。
校舎と階段……なんて言っても仕方がない。
必ずわかるようなものを探すために、そして彼に会うために。
私は、その場から駆け出した。
ベンチ、自動販売機、非常用電話。
決め手になりそうなものはなかなか見つからない。
次第に息が切れ始めた頃、はたと目に入ったのは、塀に描かれた何かの文字だった。
「M……とぅえんてぃふぉー?」
『M24』。
建物の名前か何かだろうか。
「Great!」
スピーカーの向こうから、カヒンの嬉しそうな声が聞こえた。
直後、プツッと通話が切れてしまう。
「えっ……カヒン!?」
思わず彼の名を呼ぶが、すでにアプリは終了されている。
もう一度かけ直すかどうか悩んでいる間に、今度はスピーカー越しではない、確かな肉声が耳に届く。
「Misaki!」
私を呼ぶ声。
振り返ると、視線の先から、一人の青年がこちらへ走ってくるのがわかった。
すらりと背の高い、一見日本人のようにも見えるイケメン。
その端正な顔に穏やかな笑みを浮かべた彼は、やはりカヒンだった。
「I found you…… I did it!」
達成感を含んだ声でそう言って、彼は私の前に立った。
そうして両膝に手をついて肩で息をしているところを見ると、かなり急いできてくれたらしい。
「I……」
私も何か言わなきゃ——そう考えてから、ハッと思い直す。
言わなきゃ、だなんて、義務みたいな考え方ではダメだ。
私はただ、彼と話したい。
だから、自分の素直な気持ちを言葉にすればいいだけだ。
「……I……I……」
カヒンに会えて嬉しい。
この感情を表す英単語は、何だっけ。
嬉しい、幸せ——『はっぴー』?
「I’m so……happy, because……」
私は嬉しい。
なぜなら、あなたに会えたから。
「Because……I meet you.」
そう私が言い終えた瞬間、カヒンは少しだけびっくりしたように顔を上げた。
「Really?」
本当に?
改めて聞かれると、なんだか気恥ずかしくなってしまう。
「い、いえす」
イエスかノーか、その二択しかないと思うと、英語ってすごく意思表示がはっきりとしていると思う。
「I'm glad to see you, too.」
カヒンが言った。
僕も会えて嬉しいです、的な?
あいむぐらっどとぅー……そういえば、そんなフレーズも授業で習ったな、と思い出す。
こうしてスラスラと言葉が出てくるカヒンはやっぱりすごい。
私なんかよりもずっと勉強しているんだ、と感心する。
彼にリードしてもらいながら、私たちはお互いのことを伝え合った。
今日のテストはどうだったとか、ホストファミリーはどんな人だとか、食べ物は何が好きだとか、誕生日はいつだとか。
その会話の中でわかったことだけれど、彼の年齢は私より一つ上だった。
香港からやってきた彼はこれから一年間、このブリスベンに滞在するらしい。
ゆっくりと、ほんの少しずつではあるけれど、彼のことを知っていけるのが嬉しい。
あのアプリで電話をかけるのは怖かったけれど、勇気を出してよかった。
話せてよかった——そう思えたのは、私にとって大きな進歩だと思う。
いつもなら、できるだけ人と関わらないように、自分から話しかけたりはしなかったのに。
と、そこへ大学のチャイムが鳴り響いた。
こういう鐘の音はどこも似たようなものなんだな、と思いながらスマホで時刻を確認する。
お昼前。
帰りはレベッカと待ち合わせをしているので、そろそろ約束の場所へ向かわないといけない。
名残惜しいけれど、カヒンとはここでお別れだ。
私がその旨をたどたどしく伝えると、彼は待ち合わせの場所まで送るよと言ってくれた。
◯
「Hi, Misaki.」
待ち合わせ場所には、すでにレベッカが到着していた。
彼女は私を見るなり優しげな笑みを投げかけてくれる。
カヒンが手を振り、私はお礼を言ってからレベッカの方へ駆け寄った。
「Is he your boyfriend?」
あなたの彼氏? とレベッカが聞く。
「No~~.」
冗談だとわかっていても、なんとなく照れながら私は否定した。
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