異邦人と祟られた一族

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第二章 白神桂

祖母の人形

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 桜さんに案内されたのは、家を出てすぐの所でした。

 住宅街の隙間を縫うようにして伸びる狭い路地。
 その真ん中に、堂々とうつ伏せになっている人物がいます。

 初めは死体のようにも見えました。
 けれど側に寄って呼び掛けてみると、僅かに反応がありました。

「どうする? 怪我はないみたいだけど……救急車呼ぶ?」

 そう言って、桜さんが心配そうに私の顔を覗き込みます。

「そうですね……」

 私は何だか妙な心持ちでした。
 今から死のうとしている自分が、他人の命を気に掛けているのが酷く可笑しく思えました。

「念のために一一九番しましょうか。それと気道の確保を――」

「あー……大丈夫、大丈夫」

 不意に、うつ伏せになっていた人物が言いました。
 寝起きのような気怠げな声でした。

 まさか返事があるとは思っていなかったので、私と桜さんはほぼ同時に後ずさりました。

 うつ伏せになっていた相手は弱々しく両腕を立てたかと思うと、自ずから仰向けになりました。

「平気、平気……。別に病気とかじゃないから。ただ眠いだけだから……」

 そう言って、仰向けになった人物は再び眠りにつこうとします。

 露わになった顔は色が白く、中性的で美しいものでした。
 歳は十代前半といったところですが、身なりが黒い直垂姿だからか、どこか大人びた雰囲気があります。

「何こいつ……。眠いって本気で言ってんの? いくら眠いからって、こんな道端で寝る奴なんかいないでしょ」

 桜さんが露骨に怪訝な顔をすると、

「いるんだなあ……それが」

 と、相手はそう自嘲気味に含み笑いをしてから、薄っすらと目を開けました。
 その瞳は、とても日本人のものとは思えない珍しい色をしていました。

 彼はゆっくりと視線を動かして、やがて私の姿を捉えると、

「お前が、白神桂か」

 と、何でもないことのように言いました。

 いきなり名を当てられた私は戸惑いました。
 おそらく面識はないはずなのに、相手は私のことを知っているようなのです。

 それに、よく見てみると。
 名も知らない彼の首元――私と同じ場所に、星形のホクロが一つあるのに気が付きました。

「あなたは一体?」

 私が聞くと、

「俺は、夜灯やと。もしくは……――白神ギルバート。名前くらいは聞いたことがあるだろう?」

「ギルバート? ……まさか」

 その名には心当たりがありました。

「桂、知ってるの?」

 桜さんが聞きました。私は一つ頷いて、

「話には聞いたことがあります」

 ギルバート様の話は、白神家の人間ならば一度は耳にすることがあるでしょう。
 並外れた霊能力を持ち、祟りを鎮めるために全国を練り歩いていると聞きます。

 しかし、その話を私が聞いたのはもう十数年以上も前のことです。
 目の前の彼の年齢から考えると、辻褄が合いません。
 もしかすると代替わりをしたのかもしれませんが……。

「なんなら本家に確認してみるといい。ちょうどお前の家に寄るところだったんだ」

「私の家に? なぜ……」

 なぜ今さらになって、という不満がつい口を衝いて出そうになりました。

 祟りはもう二十年も前から続いているというのに、本家の人間は今まで一度だってこちらを気に掛けたことがなかったのです。
 それがどうして今頃になって、突然訪ねてきたのか。
 タイミングの悪さもあり、私は不穏な気分になりました。

「って、こうしてる場合じゃないわ」

 思い出したように桜さんが言いました。

「早く行かなきゃ、授業に遅れちゃう。桂、後はお願いね!」

 慌てて走り出す彼女に、私は「タクシーを呼びましょうか」と提案しました。

 けれど彼女は一度だけこちらを振り返ると、

「大丈夫、走ればまだ間に合うから。それじゃ!」

 そう言って笑ってみせてから、ブレザーのスカートを翻し、颯爽と駆けていきました。

 遠くなる背中。
 これが見納めかもしれません。
 そう思うと、私は心細くなりました。

「可愛いね。娘って歳じゃなさそうだけど、妹?」

 ギルバート様が聞きました。

「彼女は義妹です」

 私が答えると、彼は納得したように目を伏せました。

「なるほどね。確かに血は繋がっていないみたいだな。あれは白神家の人間じゃない」

「彼女は養子です。父が絶命する少し前、身寄りのない彼女をうちで引き取ったのです」

 そう話しているうちに、道の先から車が一台やってきました。
 このまま通せんぼをするわけにもいきませんし、倒れたギルバート様を放っておくこともできません。

 私は一度、彼を連れて家に帰ることにしました。





       ★





「……西洋人形か」

 家に足を踏み入れたギルバート様の、第一声がそれでした。

 下駄箱の上に十体ほど、年代物のフランス人形を飾っていたのです。

「お前の趣味か?」

「ち、ちがいます。それは生前の祖母が集めたものです」

 言いながら、私は祖母の最期の日のことを思い出していました。

「祖母は二十年前の今日、病で帰らぬ人となりました」

「十月二十九日、ね」

 まるですべてを見透かしているかのように、ギルバート様が言いました。

 その様子から、彼の言わんとしていることが私にもわかりました。

「……そうですね。呪われた、十月二十九日です。本家の方ならご存知だとは思いますが、この家では、五年おきに必ず死人がでるのです。二十年前、私が五歳のとき、祖母が死んだのが始まりでした。十五年前には祖父が。十年前には飼っていた犬が。五年前には父が。そして、今日――」

「あんたか、桜か、どちらかが死ぬ。それが、この家の祟りか」

 私は頷きました。
 
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