異邦人と祟られた一族

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第二章 白神桂

守り神

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「そういえば、手伝いは雇っていないのか?」

 ギルバート様は思い出したように、辺りを見回して言いました。私は自嘲気味に答えます。

「ええ。みんな逃げてしまいましたよ。この家は祟られていると言って。……親戚たちも、五年前に父が他界してからはほとんど絶縁状態になりました。きっと、祟りの被害を怖れてのことでしょう」

「母親は?」

「母は十年以上前にここを出て行きました。もともとうちの財産だけが目当てで嫁いできたような薄情な人ですから、本物の祟りを目の当たりにして怖気づいたのでしょう。それ以来は何の音沙汰もありませんよ」

「なるほど、ねえ……」

 今にも事切れそうな声で、彼は相槌を打ちます。
 私が肩を支えていなければ、たちまちその身体は崩れ落ちてしまいそうでした。

「ギルバート様。本当に、眠いだけなのですか?」

 私は少し心配になって尋ねました。
 何か、重い病でも患っているのではないかと。

 しかし正直に言うと、それは彼の健康を危惧した言葉ではありませんでした。

 私が心配したのは桜さんのことです。
 何か危険な病原体を持ち込んで、桜さんに被害が及んでしまうのではないか、という身勝手な不安があったのです。

「別に、変なウイルスを持っているわけじゃないから……心配するな」

 まるで私の心を読んだかのように、ギルバート様が言いました。

「あっいえ、そんなつもりでは」

 図星の私は狼狽えました。

「大丈夫。本当に眠いだけだから」

「なら、良いのですが……。お供の方はいらっしゃらないのですか?」

「いや、一人いる。凛っていう可愛い女の子なんだけど……今日は体調が悪そうだったから、宿に置いてきた」

 私に言わせれば、ギルバート様の体調も他人事ではないように思えましたが。

 しかし彼は大きな欠伸を一つすると、まるでうわ言のように続けて言いました。

「凛の助けがなければ、俺の身体は止まってしまうから……さっきみたいに、行き倒れたりするんだ。俺たちは、命を分け合ったから……」

 私には何のことだかさっぱりでした。

「あなた、言っていることが変ですよ。意識が朦朧としているのでしょう」

 とにかく休んでもらうのが先だと、私は案内した部屋に布団を用意しました。

「俺の頭は正常だよ。……身体が言うことを聞かないだけさ」





       ★





 布団の上で横になったギルバート様は、一度目を閉じると、そのまますぐに寝息を立て始めました。

 そうして、静寂がやってきました。
 近くには時計もなかったので、秒針の音さえ聞こえません。

 その代わりに、自分の鼓動がよく聞こえました。
 その音に気付いたとき、私は、自分の心臓が未だに動いているという事実に驚きました。

(私はまだ……生きている)

 何気なく硝子戸の外に目をやると、庭の端ではコスモスが揺れていました。

 この時期になると必ず咲く花。
 毎年この花を見る度に秋を感じ、同時に、家族の死を連想します。

(家族は皆死に絶えたというのに、なぜ私は……)

 なぜ自分だけがまだ生きているのか――と考えたとき、私はまた不可思議な気を起こしました。

「おかえり、桂」

 不意に、背後から声がしました。

 見ると、私のすぐ後ろに、いつのまにかハーベストが立っていました。

「ただいま……ハーベスト」

 そう挨拶を交わす私たちの様子を、布団の上から、ギルバート様の目が見つめていました。

「これはまた小さいのが……。人形が動いたのかと思った」

 か細い声で、彼は言いました。

 てっきり眠っているものだと思っていた私は、いつのまにか起きていた彼の声に虚を突かれました。

 しかしそれよりも驚いたのは、彼の放った言葉に対してでした。

「ハーベストが見えるのですか?」

 まさかと思いながらも、私は尋ねました。
 今までにハーベストの姿を見ることができたのは、私以外には父と祖父だけだったのです。

 ギルバート様は横になったまま、口角だけをゆっくりと上げて、

「そりゃあ、もちろん。……俺は祟りを鎮めるために来たんだから。肝心の祟り神が見えないんじゃ話にならないだろう」

「祟り神……?」

 彼の不可解な発言に、私は眉を顰めました。

「祟り神とは、ハーベストのことですか? ……何を言うのです。ハーベストは祟り神ではありません。彼女はこの家の守り神ですよ」

「守り神だっていう割には、お前を助けるつもりはさらさらないようだけどな」

 まるで邪悪なものでも見るように、彼はハーベストに向けた目を細めました。

「可愛い顔をしているけれど、中身は冷徹な祟り神そのものだ。守るどころか、今までの祟りだってずっと見過ごしてきたんだろう?」

 彼の声を聞きながら、ハーベストは何も言いません。

 私は、彼女を陥れようとするギルバート様の態度に腹を立てました。

 祟りを見過ごしてきたのは、彼だって同じです。
 彼も、そしておそらくは先代のギルバート様も、今まで私たちの家を見放していたのですから。

 それに比べてハーベストは、いつだって私のそばにいてくれました。
 子どもの頃からずっと一緒に過ごしてきた、大切な存在なのです。

 いくらギルバート様が本家の人間で、敬うべき存在だったとしても、ハーベストと天秤にかけたとき、私がどちらの側に付くのかは決まっていました。

「お言葉ですが、ギルバート様。命を守ることだけが守り神の使命だとは限りません。ハーベストはいつも、私の心を救ってくれるのです」

 私はそう言って、肩越しにハーベストを見ました。
 彼女は相変わらず無表情のまま、そこに正座していました。

「彼女は、誰よりも私のことを理解しています。だからこそ、彼女は私の邪魔をしたりせず、そばで見守ってくれるのです。……私の最期をただ一人、見届けてくれるのです」

「お前は自殺でもするつもりなのか、桂」

 ギルバート様の声が僅かに鋭くなりました。

 私は自分の行いを咎められたような気がして、思わず目を伏せました。

「私は……死ななければならないのです」

 そう呟いて、自分自身に言い聞かせました。

 そうしていないと不安でした。
 集中が途切れてしまうと、やっとの思いで払拭した死への恐怖が再び蘇ってしまいそうだったのです。

 それから、かすかに衣擦れの音がして、ギルバート様が上体を起こしたのがわかりました。
 
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