異邦人と祟られた一族

紫音みけ🐾書籍発売中

文字の大きさ
27 / 42
第四章 若月凛

おそろい

しおりを挟む
 
「それ、わたしのと同じ……」

 その珍しい形に、私は目を奪われていた。

 青年はニッといたずらっぽい笑みを浮かべて、

「同じだねえ。おそろいだな」

 と、特に驚いた様子もなく言った。

 彼の口にした『おそろい』という言葉は、そのときの私にとって、何か特別なもののように感じられた。
 まるで二人だけの秘密を共有したときのような、背徳感にも似た胸の高鳴りがあった。

「おそろい……」

 その響きを噛みしめるようにして、私は小さく呟く。
 そうすると、つい先ほどまでは寂しくて仕方がなかった私の心が、あたたかいもので満たされていく感覚があった。

 この時点で、すでに私の中からは警戒心というものが消えていた。

 青年はまるで旧知の仲であるかのように、何の遠慮もなく私に語りかけてくる。

 私は彼の用意した和菓子を時折つまみながら、次々と湧いてくる疑問を彼に投げかけた。

 あなたは誰?

 どこから来たの?

 どうして私に会いに来てくれたの?

 血の繋がった母や兄でさえ、私のことは眼中になかったというのに。
 この人はどうして、面識すらない私の所へとわざわざ足を運んでくれたのだろう?

「もちろん、凛ちゃんに会いたかったからだよ。凛ちゃんと仲良くなりたかったから、俺はここへ来たんだ」

「どうして、わたしのことを知ってるの?」

「俺様は何でも知っている。なんなら凛ちゃんの昨日の晩御飯も当ててやろうか?」

 彼は冗談っぽくそんなことを言っていたけれど、晩御飯の内容については見事に言い当てていた。





「……と、そろそろお暇しないとねえ」

 部屋の壁時計を見上げながら、彼が言った。

 時計の針は午後二時を指そうとしている。
 いつのまにか、結構な時間が過ぎていたらしい。

「もういっちゃうの?」

 私が言うと、彼は困ったように苦笑した。

「うん。大事な用事があるんだ。夕方には結ちゃんの所にも行かなきゃいけないしね」

「ゆいちゃん?」

 その名前は、私の従姉妹のものだった。
 兄が大切にしている女の子。
 おそらくは兄も、学校が終われば彼女のもとへ向かうはずだ。

 二人とも、彼女に会いに行く。
 そう思うと私は、途端に従姉妹のことが羨ましく思えて仕方がなかった。

「じゃ、そういうわけだから。またね、凛ちゃん」

「あ……」

 私が止める暇もなく、彼は縁側から腰を上げる。

 また、私は一人になってしまう――と、俯きがちになる私の前で、

「ああ、そうそう」

 彼は思い出したように、こちらを振り返って言った。

「誕生日、おめでとさん」

「! ……」

 まるで予期していなかった祝福の言葉を受けて、私は思わず固まっていた。

 待ち望んでいた言葉。
 誰も覚えていなかったはずの、私の誕生日。

「悪いな。プレゼントは用意してないんだ。代わりにまた土産でも持ってくるから、それで勘弁してね」

 そう言うと、彼はひらひらと片手を振って、今度こそ私に背を向ける。

 遠くなっていく背中。
 その後ろ姿に、私は思わず手を伸ばしたくなった。

(いかないで)

 また、一人になってしまう。
 そう思うと、忘れていたはずの寂しさがまた込み上げてくる。

「ま、まって……」

 小さな声で呟いたところで、彼の耳には届かない。

 私は必死に声を張り上げて、

「わっ……わたしもつれていって!」

 言い終えた瞬間。
 彼は再び足を止めて、こちらを振り返った。

 異国の色を放つ彼の瞳が、静かに私を見下ろしていた。

「あ……」

 そこでやっと我に返った私は、

「ご、ごめんなさい……」

 すかさず頭を下げる。
 つい感情的になって、ワガママを言ってしまった。

「……うーん。連れて行きたいのは山々なんだけどねえ。でも、勝手に家を出たら凛ちゃんのお母さんが心配するだろ?」

 彼のもっともな意見に、私はこくりと頷く。

 けれど私がいなくなったところで、果たして母は本当に心配してくれるのだろうか?

「ごめんな。今日は一緒に行けないけど、明日また会いに来るからさ」

「……ほんと?」

 わずかな希望に、私は再び彼を見上げる。

「ああ。約束だ」

 言いながら、彼はこちらに手を伸ばして、私の頭を優しく撫でてくれた。
 その手は母のものよりも大きくて、とても温かかった。





       ★





 それからまた、私はひとりになった。

 広い家に自分だけ。

 けれど、今度はあまり寂しくはなかった。

 明日になれば、あの人がまた会いに来てくれる。
 それがとても楽しみだったから。





       ★





 母が帰宅したのは、その日の夜になってからだった。

 どこかで酒を飲んできたらしい。
 ただいま、と玄関から届いた声はどこか上擦っていて上機嫌だった。

 居間でうたた寝をしていた私は目を覚ますと、すぐに声の聞こえた方へと向かった。

 やっと、帰ってきてくれた――安堵感から自然と笑みが零れる。
 けれど。

 玄関まで出迎えた私の顔を見るなり、母の表情は凍りついた。

「あんた、それ……どうしたの?」

「え?」

 訝しむような目を向けてくる母に、私は首を傾げた。

「あんたの、その……目の下のホクロよ」

 そう言われて初めて、私は例のホクロのことを思い出した。

 星の形をした珍しいホクロ。
 あの青年と同じ、『おそろい』のホクロだ。

 私はつい得意げになって、

「これね、朝おきたらついてたんだよ。ほら、星のかたちをしてるの。わかる?」

 母にもよく見えるようにと、私は母の方へとさらに数歩歩み寄った。

 しかし。

「――……寄らないで!」

 突如として、母は甲高い声を上げた。
 半ば悲鳴のようだった。

「……おかあさん?」

 私は一体何が起こったのかわからず、全身を硬直させていた。

「……あんたもやっぱり、白神の血を引いているのね。あの祟られた血が、あんたの中にも……!」

 わなわなと震えながら泣きそうな声を漏らす母を、私はただ見つめることしかできなかった。

 白神の血。
 祟られた血。

 母の放ったそれらの言葉を、幼い私は理解することができなかった。





       ★





 そのまま母は寝室へ閉じこもってしまい、朝まで出てくることはなかった。

 兄はまだ帰って来ない。

 私は一睡もできずに、居間でただひとり膝を抱えていた。





 そうして夜は更けていき、時計の針は深夜を回った。

 日付が変わり、静寂がやってくる。

 その静けさが終わるのを、私はただひたすら待ち続けた。





 やがて東の空が明るくなり、鳥の声が聞こえ始めると。

 二人の珍客を連れて、兄はついに帰ってきた。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

人生最後のときめきは貴方だった

中道舞夜
ライト文芸
初めての慣れない育児に奮闘する七海。しかし、夫・春樹から掛けられるのは「母親なんだから」「母親なのに」という心無い言葉。次第に追い詰められていくが、それでも「私は母親だから」と鼓舞する。 自分が母の役目を果たせれば幸せな家庭を築けるかもしれないと微かな希望を持っていたが、ある日、夫に県外へ異動の辞令。七海と子どもの意見を聞かずに単身赴任を選び旅立つ夫。 大好きな子どもたちのために「母」として生きることを決めた七海だが、ある男性の出会いが人生を大きく揺るがしていく。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

処理中です...