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第四章 若月凛
おそろい
しおりを挟む「それ、わたしのと同じ……」
その珍しい形に、私は目を奪われていた。
青年はニッといたずらっぽい笑みを浮かべて、
「同じだねえ。おそろいだな」
と、特に驚いた様子もなく言った。
彼の口にした『おそろい』という言葉は、そのときの私にとって、何か特別なもののように感じられた。
まるで二人だけの秘密を共有したときのような、背徳感にも似た胸の高鳴りがあった。
「おそろい……」
その響きを噛みしめるようにして、私は小さく呟く。
そうすると、つい先ほどまでは寂しくて仕方がなかった私の心が、あたたかいもので満たされていく感覚があった。
この時点で、すでに私の中からは警戒心というものが消えていた。
青年はまるで旧知の仲であるかのように、何の遠慮もなく私に語りかけてくる。
私は彼の用意した和菓子を時折つまみながら、次々と湧いてくる疑問を彼に投げかけた。
あなたは誰?
どこから来たの?
どうして私に会いに来てくれたの?
血の繋がった母や兄でさえ、私のことは眼中になかったというのに。
この人はどうして、面識すらない私の所へとわざわざ足を運んでくれたのだろう?
「もちろん、凛ちゃんに会いたかったからだよ。凛ちゃんと仲良くなりたかったから、俺はここへ来たんだ」
「どうして、わたしのことを知ってるの?」
「俺様は何でも知っている。なんなら凛ちゃんの昨日の晩御飯も当ててやろうか?」
彼は冗談っぽくそんなことを言っていたけれど、晩御飯の内容については見事に言い当てていた。
「……と、そろそろお暇しないとねえ」
部屋の壁時計を見上げながら、彼が言った。
時計の針は午後二時を指そうとしている。
いつのまにか、結構な時間が過ぎていたらしい。
「もういっちゃうの?」
私が言うと、彼は困ったように苦笑した。
「うん。大事な用事があるんだ。夕方には結ちゃんの所にも行かなきゃいけないしね」
「ゆいちゃん?」
その名前は、私の従姉妹のものだった。
兄が大切にしている女の子。
おそらくは兄も、学校が終われば彼女のもとへ向かうはずだ。
二人とも、彼女に会いに行く。
そう思うと私は、途端に従姉妹のことが羨ましく思えて仕方がなかった。
「じゃ、そういうわけだから。またね、凛ちゃん」
「あ……」
私が止める暇もなく、彼は縁側から腰を上げる。
また、私は一人になってしまう――と、俯きがちになる私の前で、
「ああ、そうそう」
彼は思い出したように、こちらを振り返って言った。
「誕生日、おめでとさん」
「! ……」
まるで予期していなかった祝福の言葉を受けて、私は思わず固まっていた。
待ち望んでいた言葉。
誰も覚えていなかったはずの、私の誕生日。
「悪いな。プレゼントは用意してないんだ。代わりにまた土産でも持ってくるから、それで勘弁してね」
そう言うと、彼はひらひらと片手を振って、今度こそ私に背を向ける。
遠くなっていく背中。
その後ろ姿に、私は思わず手を伸ばしたくなった。
(いかないで)
また、一人になってしまう。
そう思うと、忘れていたはずの寂しさがまた込み上げてくる。
「ま、まって……」
小さな声で呟いたところで、彼の耳には届かない。
私は必死に声を張り上げて、
「わっ……わたしもつれていって!」
言い終えた瞬間。
彼は再び足を止めて、こちらを振り返った。
異国の色を放つ彼の瞳が、静かに私を見下ろしていた。
「あ……」
そこでやっと我に返った私は、
「ご、ごめんなさい……」
すかさず頭を下げる。
つい感情的になって、ワガママを言ってしまった。
「……うーん。連れて行きたいのは山々なんだけどねえ。でも、勝手に家を出たら凛ちゃんのお母さんが心配するだろ?」
彼のもっともな意見に、私はこくりと頷く。
けれど私がいなくなったところで、果たして母は本当に心配してくれるのだろうか?
「ごめんな。今日は一緒に行けないけど、明日また会いに来るからさ」
「……ほんと?」
わずかな希望に、私は再び彼を見上げる。
「ああ。約束だ」
言いながら、彼はこちらに手を伸ばして、私の頭を優しく撫でてくれた。
その手は母のものよりも大きくて、とても温かかった。
★
それからまた、私はひとりになった。
広い家に自分だけ。
けれど、今度はあまり寂しくはなかった。
明日になれば、あの人がまた会いに来てくれる。
それがとても楽しみだったから。
★
母が帰宅したのは、その日の夜になってからだった。
どこかで酒を飲んできたらしい。
ただいま、と玄関から届いた声はどこか上擦っていて上機嫌だった。
居間でうたた寝をしていた私は目を覚ますと、すぐに声の聞こえた方へと向かった。
やっと、帰ってきてくれた――安堵感から自然と笑みが零れる。
けれど。
玄関まで出迎えた私の顔を見るなり、母の表情は凍りついた。
「あんた、それ……どうしたの?」
「え?」
訝しむような目を向けてくる母に、私は首を傾げた。
「あんたの、その……目の下のホクロよ」
そう言われて初めて、私は例のホクロのことを思い出した。
星の形をした珍しいホクロ。
あの青年と同じ、『おそろい』のホクロだ。
私はつい得意げになって、
「これね、朝おきたらついてたんだよ。ほら、星のかたちをしてるの。わかる?」
母にもよく見えるようにと、私は母の方へとさらに数歩歩み寄った。
しかし。
「――……寄らないで!」
突如として、母は甲高い声を上げた。
半ば悲鳴のようだった。
「……おかあさん?」
私は一体何が起こったのかわからず、全身を硬直させていた。
「……あんたもやっぱり、白神の血を引いているのね。あの祟られた血が、あんたの中にも……!」
わなわなと震えながら泣きそうな声を漏らす母を、私はただ見つめることしかできなかった。
白神の血。
祟られた血。
母の放ったそれらの言葉を、幼い私は理解することができなかった。
★
そのまま母は寝室へ閉じこもってしまい、朝まで出てくることはなかった。
兄はまだ帰って来ない。
私は一睡もできずに、居間でただひとり膝を抱えていた。
そうして夜は更けていき、時計の針は深夜を回った。
日付が変わり、静寂がやってくる。
その静けさが終わるのを、私はただひたすら待ち続けた。
やがて東の空が明るくなり、鳥の声が聞こえ始めると。
二人の珍客を連れて、兄はついに帰ってきた。
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