9 / 51
第2章 萌芽に薫る風
2
しおりを挟む
その日、木次政宗は昼休みに部室を使ってみよう、と思い立った。
昼休み後の五時間目に体育があるとはいえ、更衣室は教室のすぐ隣にあるのだが。
クラスメートに絡まれて、何となく居づらかったせいもある。女性比率が多い美術部に入部したことを揶揄した男子生徒と口論になってしまったのだ。別に、入部したこと自体は恥ずかしくもなんとも思ってないが、敬愛する先輩への暴言が許せず、応酬してしまった。
そもそもの発端が、その男子生徒の嫉妬であることは分かっていた。政宗自身は何とも思っていないが、その男子生徒の憧れの対象である先輩に恋人がいることを匂わせてしまったりと、反撃の手段選択には政宗自身もちょっと後悔している。相手も悪いが、自分の対応もマズかった。反省している。
なので、昼休みも一人で過ごしたいと教室を出て、せっかくなら、入部を機に使用を許可された部室を使ってみよう、と思い至った、が。
……先客がいた。もちろん、共有の部屋であるので、それは予想してしかるべきことで。
まだ四月とはいえ、今日は日差しもあり、ぽかぽかを通り越して汗ばむ暑さだ。空調のないプレハブの建物の内部も暑いのだろう。換気のため、ドアは全開になっていた。なので、遠慮せず入っていけばよかったのだが。
「……と付き合い始めて半年だろ、そろそろ」
耳に飛び込んできた、言葉。
聞き覚えのない声。それに続く数人の話し声は、先輩方のものだったから、部員以外の友人も誘って昼食を摂っているのかもしれない。話の内容からすると、どうも高天俊先輩の恋愛が話題になっているようだ。
このまま聞いていてもいいものだろうか? ドアを解放してあるのだから、秘密、というわけでもないのだろうし。しかし、同じ部員同士とはいえ、まだ日が浅く、そこまでプライベートな話題に混ざるほど、関係性はできていない。
すぐ上の学年の唐沢巽は、その人好きする性格も手伝ってすぐ打ち解けたが。
同じ先輩でも、三年生は……少し敷居が高い。中でも高天先輩とは、未だ一対一で話したこともない。というか、入部して二週間弱、本当に最低限の言葉しか聞いていない。
三年生同士だと、こんな風に話すんだ。しかも、恋バナ。その意外性に、何だか親近感が高まった、が。
「……和矢、俊達とは別に、僕らも行かないか?」
これは! 唐沢斎先輩! え?
敬愛する、美術部副部長の唐沢斎の声に政宗は反応する。いや、部屋にいるのは分かっていたが、その内容が!
「俺は絶対行かないからな! 練習あるし! 斎の講釈聴いてたら日が暮れる!」
僕は行きたい! 聴きたい! いえ、拝聴したい!
聞き覚えのない先輩(多分)の言葉に、政宗は反意を示す。
あー! 悩んでないで部室に入ればよかった! そうしたら、僕も誘ってもらえたのかもしれないのに! タイミングを逃してしまい、今更話題に交ざるのは難しい。
でも、情報は入手した。五月三日、県立博物館。
正宗は心のスケジュール帳にしっかり予定を書きこみ。
「……あ、カギ開いてる……失礼しまーす」
会話が途切れたタイミングを見計らって、さも今到着したみたいに、装って。
部室に入った政宗を迎えてくれる高天先輩(真顔だが目礼)と遠野先輩(満面の笑み)、あと、「チッイッス」と笑顔で挨拶してくれる見知らぬ先輩。
斎先輩だけが、チラッと見て、あとは無表情で手元の雑誌に視線を戻す。
ううっ、斎先輩! 僕にも関心を向けてください!
塩対応も、それはそれで、ゾクゾクするが。
毒舌でもいいから、何か言葉をプリーズ!
……そんな心の声は一切表には出さず。
俊並みに感情の分かりづらい大人しい一年生、という印象の美術部新人唯一の男子生徒、木次政宗の本心には、まだ誰も気付いていない、と、政宗は思っていた。
(あ、これは立ち聞きしていたな。俊を見る目が妙に生温かい。というか、この、一年生、斎にスルーされて、めちゃめちゃ落ち込んでいるんだけど。斎の毒舌に耐えて入部した鉄メンタル、って聞いたけど、これは、逆だな。斎の毒舌にハマって入部したんだな、きっと。なんでか、一部にすごい人気らしいからな)
その斎に鍛えられて、ますます人心察知能力が磨かれている正彦は、俊よりよっぽど分かりやすい一年生男子の様子に、こちらはしっかり表には出さず、心の内でため息をつく。
何で、俊の周りには、こんなのばっかり集まるかな? まさか、一部女子の間で妄想されているようなBなラブ、ってわけじゃないだろうけど。単なる後輩としての敬慕かもしれないが、斎に執着している時点で、常軌に逸しそうな気配が漂っている。
ていうか、こいつ、話聞いていたんなら、もしかして、憑いてくるか? 俊のデートに。
憑いてくる、という不思議な脳内漢字変換が誤変換に感じない。
さらに追加された不安要素に、藁にも縋る思いで、正彦は祈った。
せめて、和矢、お前が何とかしてくれよ!
……祈る相手を間違えているような気がするが、あえて無視した。
昼休み後の五時間目に体育があるとはいえ、更衣室は教室のすぐ隣にあるのだが。
クラスメートに絡まれて、何となく居づらかったせいもある。女性比率が多い美術部に入部したことを揶揄した男子生徒と口論になってしまったのだ。別に、入部したこと自体は恥ずかしくもなんとも思ってないが、敬愛する先輩への暴言が許せず、応酬してしまった。
そもそもの発端が、その男子生徒の嫉妬であることは分かっていた。政宗自身は何とも思っていないが、その男子生徒の憧れの対象である先輩に恋人がいることを匂わせてしまったりと、反撃の手段選択には政宗自身もちょっと後悔している。相手も悪いが、自分の対応もマズかった。反省している。
なので、昼休みも一人で過ごしたいと教室を出て、せっかくなら、入部を機に使用を許可された部室を使ってみよう、と思い至った、が。
……先客がいた。もちろん、共有の部屋であるので、それは予想してしかるべきことで。
まだ四月とはいえ、今日は日差しもあり、ぽかぽかを通り越して汗ばむ暑さだ。空調のないプレハブの建物の内部も暑いのだろう。換気のため、ドアは全開になっていた。なので、遠慮せず入っていけばよかったのだが。
「……と付き合い始めて半年だろ、そろそろ」
耳に飛び込んできた、言葉。
聞き覚えのない声。それに続く数人の話し声は、先輩方のものだったから、部員以外の友人も誘って昼食を摂っているのかもしれない。話の内容からすると、どうも高天俊先輩の恋愛が話題になっているようだ。
このまま聞いていてもいいものだろうか? ドアを解放してあるのだから、秘密、というわけでもないのだろうし。しかし、同じ部員同士とはいえ、まだ日が浅く、そこまでプライベートな話題に混ざるほど、関係性はできていない。
すぐ上の学年の唐沢巽は、その人好きする性格も手伝ってすぐ打ち解けたが。
同じ先輩でも、三年生は……少し敷居が高い。中でも高天先輩とは、未だ一対一で話したこともない。というか、入部して二週間弱、本当に最低限の言葉しか聞いていない。
三年生同士だと、こんな風に話すんだ。しかも、恋バナ。その意外性に、何だか親近感が高まった、が。
「……和矢、俊達とは別に、僕らも行かないか?」
これは! 唐沢斎先輩! え?
敬愛する、美術部副部長の唐沢斎の声に政宗は反応する。いや、部屋にいるのは分かっていたが、その内容が!
「俺は絶対行かないからな! 練習あるし! 斎の講釈聴いてたら日が暮れる!」
僕は行きたい! 聴きたい! いえ、拝聴したい!
聞き覚えのない先輩(多分)の言葉に、政宗は反意を示す。
あー! 悩んでないで部室に入ればよかった! そうしたら、僕も誘ってもらえたのかもしれないのに! タイミングを逃してしまい、今更話題に交ざるのは難しい。
でも、情報は入手した。五月三日、県立博物館。
正宗は心のスケジュール帳にしっかり予定を書きこみ。
「……あ、カギ開いてる……失礼しまーす」
会話が途切れたタイミングを見計らって、さも今到着したみたいに、装って。
部室に入った政宗を迎えてくれる高天先輩(真顔だが目礼)と遠野先輩(満面の笑み)、あと、「チッイッス」と笑顔で挨拶してくれる見知らぬ先輩。
斎先輩だけが、チラッと見て、あとは無表情で手元の雑誌に視線を戻す。
ううっ、斎先輩! 僕にも関心を向けてください!
塩対応も、それはそれで、ゾクゾクするが。
毒舌でもいいから、何か言葉をプリーズ!
……そんな心の声は一切表には出さず。
俊並みに感情の分かりづらい大人しい一年生、という印象の美術部新人唯一の男子生徒、木次政宗の本心には、まだ誰も気付いていない、と、政宗は思っていた。
(あ、これは立ち聞きしていたな。俊を見る目が妙に生温かい。というか、この、一年生、斎にスルーされて、めちゃめちゃ落ち込んでいるんだけど。斎の毒舌に耐えて入部した鉄メンタル、って聞いたけど、これは、逆だな。斎の毒舌にハマって入部したんだな、きっと。なんでか、一部にすごい人気らしいからな)
その斎に鍛えられて、ますます人心察知能力が磨かれている正彦は、俊よりよっぽど分かりやすい一年生男子の様子に、こちらはしっかり表には出さず、心の内でため息をつく。
何で、俊の周りには、こんなのばっかり集まるかな? まさか、一部女子の間で妄想されているようなBなラブ、ってわけじゃないだろうけど。単なる後輩としての敬慕かもしれないが、斎に執着している時点で、常軌に逸しそうな気配が漂っている。
ていうか、こいつ、話聞いていたんなら、もしかして、憑いてくるか? 俊のデートに。
憑いてくる、という不思議な脳内漢字変換が誤変換に感じない。
さらに追加された不安要素に、藁にも縋る思いで、正彦は祈った。
せめて、和矢、お前が何とかしてくれよ!
……祈る相手を間違えているような気がするが、あえて無視した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる