もう何も信じられない

ミカン♬

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19 ナッシュは譲れない

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 エドアルト様と決別して穏やかな日が続いていました。

 ソーニア様とゲイル様の噂が飛び交い、私の悪口は影を潜めていたのですが、この日はランチタイムに嫌な相手と顔を合わせてしまいました。
 エドアルト様に熱を上げていたドナモンド伯爵令嬢、金髪クルクル巻き毛のマリフル様です。

 1年生の時は同じクラスだったので嫌な目にあわされました。私がエドアルト様に生徒会に誘われたのが気に入らず、しょっちゅう物が無くなったり、足を掛けて転ばされたり『成金上がりの平民』と言いだしたのもマリフル様でした。

 私の友人が少ないのも、マリフル様に目をつけられているのが大きな要因です。最近はあまり絡んでこなかったのに今日は取り巻きを連れて話しかけてきました。

「ウェンディちょっといいかしら」
「何でしょうか?」
「お前の付き人? あの赤毛の使用人を譲ってほしいの」

 まさかのナッシュ? 今やエドアルト様はフリーだからそっちに行けばいいのに。

「彼は父が雇った使用人なので私からはお返事できません」

「勘違いしないで、これは命令よ。お前の父親にも話しておくのよ、分かった?」

 冗談じゃないわ。誰が譲るもんですか! ナッシュは私の癒しなのよ。マリフル様が良い人なら考えてもいいかもしれないけど、こんな意地悪令嬢には絶対に渡さないわ!

 ・・・と反論できないのが平民の辛いところ。

「お伝えします(断るようにね!)」
「何よその不服そうな顔は。だってお前の叔父に彼の母親は殺されたのでしょう? よくも使用人にできたわね」
「あ・・・」
 いつか知られると思っていました・・・新聞には我が家の名前は出ていなかったのですが、調べればすぐに分かることです。

「まぁ、嫌だわ犯罪者の身内だったなんて。成金さんは悪いことして儲けているんじゃないかしら」
「怖いわぁ。だからエドアルト様にも捨てられたのかしらぁ~」
 取り巻きの令嬢達も大きな声で非難を始めたので周りはザワザワして私達を注目しています。

「すみません失礼します」
「まだ話は終わってないわよ!」

 その場から逃げ出しましたがきっと学園中で噂になるに違いありません。


 教室にも戻れず図書室に向かうと後ろから声を掛けられました。
「ねぇねぇ先輩~ 相談があるんですけどぉ~」
「ソーニア様?」

「お金貸してくれないかな? ゲイル様の元婚約者から訴えられてぇ、困ってるの。パパも自分で払えって言うし~。なんで私が払わないといけないのよ」

「そんなの自業自得じゃないですか。婚約者がいる男性に言い寄るからです」

「そんなのいいからお金貸してぇ。お金持ちでしょう?」

「お断りします」
 こういう人は一度貸すと何度も頼ってくると思いました。きっと叔父のように何度も。

「なによ、ケチ! こんなことならエドアルト先輩を逃がすんじゃなかったわ。ウェンディ先輩は私を訴えたりしませんでしたよね~ あ、先輩は成金平民でしたね、うふふ」

「ええ、私は平民です。貴方も貴族なら平民に借金なんて恥ずかしい事は止めなさいね」

「ムカツク! もういいわ。他の人に相談するから!」
 怒ってソーニア様は行ってしまいました。心配しなくてもきっと最後には父親が払ってくれるでしょう。


 図書室の椅子に座ると午後の授業の開始チャイムが鳴りましたが、戻る気になれず頬を付いて座っていました。

 アニーは両親の処刑が決まったショックで本宅の自室に籠っています。あんなにナッシュに執着していたのが嘘のように彼を恐れています。
 ヤンが面倒を見ていますが苦労しているのか体が2サイズ縮んだそうです。

 祖父は子爵邸を売って小さな家を買い、祖母を呼び寄せて二人で暮らし始めました。

 ナッシュは・・・ナッシュは今の現状をどう考えているんでしょう。縁を切ったとはいえ私達は叔父の身内なのです。

「マリフル様の元で働く方が彼は幸せなのかな」

 二重あごの意地悪なマリフル様の顔が浮かびます。
 一度大きな靴で足を踏まれて悲鳴を上げたこともありました。

「やっぱりダメ! ナッシュは譲れないわ!」

 午後をずっと図書室で過ごして帰宅しようと門前広場に向かうとナッシュの姿が見えず、他の使用人が迎えに来ました。


「ナッシュはどうしたの?」

「はい、お客様が来たので奥様の命令で私が代わりに」

 急いで帰るとお客はナッシュの叔父シルオート男爵でした。彼はローズとナッシュ親子にお金を握らせて追い出した人です。

「新聞を見てナッシュを引き取りたいと言ってきたのよ。記事が出たのは随分前なのに、ここには置いておけないって」
「犯罪者の身内ですものね」

「ディー! フランツはとっくの昔に廃嫡されたのよ。ピエールとは関係ないわ」
「世間はそう思わないわ」

 ナッシュと男爵の話し合いが終わるのを、私は祈る気持ちで待っていました。



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