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先日私の婚約者になったイヌスキー伯爵家の長男ニール様。
波打つ金髪に優し気な緑の瞳。ああ、16年間生きてきた中で出会った最も麗しいお方。
茶髪で平凡な私には勿体ないような素敵なお方だったのです。
私の心はすっかり奪われてしまいました。
お見合いの席で『サーシャ嬢はトイプードルのように可憐な方ですね』と褒め(?)られた私は『犬がお好きなのですか』と尋ねました。
『ええ、家にはポメラニアンがいるのですよ』
『まぁ是非会いたいわ』
『虐待されていたのを母が保護したのです。可哀そうな子なんです』
『お母様もお優しい方なのですね。ワンちゃんと仲良くなれると嬉しいのですけど』
『大丈夫、人懐っこいですから気に入ってもらえますよ』
こうしてお見合いは大成功、我がザーケンナー男爵家とイヌスキー伯爵家はめでたく縁を結んだのです。
『いいか、こんな良縁は二度と来ないからな。失敗するではないぞ』
そう何度も父に言い含められ、私は絶対にニール様を逃がすまいと誓いました。
父がニール様との縁談に拘るのには訳があります。
私の母は4年前に不治の病で亡くなりました。
『お金があったらもっと良い薬を買い与えて・・・もっと長生きさせてやれたのに』
そう言って父は号泣しておりました。
『愛だけでは家族は守れない』
だから裕福な伯爵家に私を嫁がせたいと思っているのです。
***
「うちみたいな貧乏な小貴族に申し込むなんて絶対に怪しいよ」
「怪しいな・・・サーシャに申し込むなんて・・・いい度胸だ!」
失礼な会話を交わしているのは2歳下の弟ロナンと友人のハインツ子爵令息様です。
ハインツは長女のケイトが後妻に嫁いだ先の旦那様の連れ子なのですが、同い年の二人は意気投合して親友となったのでした。
「失礼ね。怪しくないわよ、犬好きに悪い人なんていません!」
「よく調べもしないでOKするなんて・・・あまりいい噂は聞かないぞ?」
「どんな噂なの?」
「複雑な訳があって婚約者がなかなか決まらないって話だ」
「そうなの?」
ハインツの話に私は少し不安になったのでした。
***
さて、今日はイヌスキー伯爵家に初めて招待されて一人でやって来たのですけれど・・・・
お屋敷はとってもゴージャス、案内されたサロンには高価な装飾品や調度品が配置されています。
(やはりうちと違って大金持ちだわ。どうしよう緊張してきたわ)
ドキドキしながら待っていたのですが、現れたニール様の腕には小柄な可愛い女性がしがみ付いていたのです。
「お待たせしました。こちらは僕の婚約者のサーシャ嬢だよ」とニール様が謎の女性に私を紹介したので(妹さんかしら?)と考えた私は立ち上がって「初めましてザーケンナー男爵家の長女サーシャと申します。本日はお招き頂きまして有難うございます」とご挨拶をしました。
「私はヘレナよ、ニールの愛犬なの! 宜しくわん!」
コテンと首を傾げた謎の女性は私を激しく混乱させました。
「へ? 愛犬?」
「こらこら、ちゃんと挨拶できないなら黙ってるんだ。サーシャ嬢、どうぞお掛け下さい」
「はぁ・・・」
ニール様は笑いながらヘレナの頭をポンポンしています。
「えっと・・・愛犬って・・・ポメラニアンちゃんは?」
「彼女が僕のポメラニアン、大切な幼馴染なんだ。実家で虐待されていてね、母が保護したんだよ」
いまいち納得できません。
「なぜその幼馴染さんが犬なんでしょうか?」
「まぁ聞いてよ!」とヘレナはソファーに腰を下ろすと「ニールはここね」と隣を指示します。
犬? 犬なのね・・・なんてしつけの悪い犬。
「ニールは6年前までポメラニアンを飼っていたの。でもある朝、庭で死んでいたのよね。悲しすぎて彼はペットロス症候群になってしまったのよ」
「そうだ、毎日泣いて無気力になって・・・何も手につかなくなったんだ」
「だから私が慰めてあげたの。『これからは私があなたの愛犬になるわ、だからもう悲しまないで』と。それからはずっと一緒にいるの」
「はぁ・・・・」
ちょっと理解に苦しみますが、このヘレナは犬と思えば良いのですね?
「ヘレナの明るさに癒されて僕は立ち直ったんだよ」
「そうなの、だから私はいつもニールの傍にいるワンちゃんなの!」
「そうですか・・・」
私達よりも1歳年下のヘレナは茶色の毛並みでクリクリな瞳が可愛いご令嬢。甲高い声で「キャンキャン」とよく吠えました。
「キャンキャン」を要約するとアザトーイ男爵令嬢ヘレナとニール様の母親は親友同士で交流がありました。ヘレナの母親が4年前になくなり継母がやって来て虐待開始。
傷ついたヘレナはイヌスキー伯爵家に助けを求めたのだそうです。
そう、彼女は居候だったのです。
ヘレナはいかにニール様と自分が互いに必要な存在であるか────そんな話を延々と語り続けました。
この時になって私は、なぜ素敵なニール様が16年間も婚約者がいないのか分かった気がしました。
(複雑な訳ってコレだったのね)
マウントを取ってくるヘレナに嫉妬心がふつふつと沸いたのですが、格下の私はニール様に文句も言えずに黙ってヘレナの話を聞き続けたのです。
「ヘレナ、ストップ。サーシャ嬢が疲れているじゃないか。もう静かにするんだ」
さすがにニール様が止めてくれましたが、その後ヘレナは出されたクッキーを全部食べて「ケーキが食べたかったわ」などと・・・・言ったのでした。
「そろそろお暇しますわ。今日は楽しかったです。次は是非うちにいらして下さいね」
社交辞令を述べて帰ろうとすると「私も楽しかったわん! また会いましょうね!」とヘレナに言われて「そうですね」とお答えしたけど二度と会いたくありません。
「ヘレナが騒がしくてごめんね。次からは気を付けるよう注意しておくよ」と別れ際にニール様に言われて、ちょっとだけ気分が良くなりました。
ヘレナは【犬】なのです。所詮はペットなのです。私は婚約者、負けるはずがありません。
いや、でも、ずっとニール様を癒してきた幼馴染に勝てるのかと不安でいっぱいになったのでした。
波打つ金髪に優し気な緑の瞳。ああ、16年間生きてきた中で出会った最も麗しいお方。
茶髪で平凡な私には勿体ないような素敵なお方だったのです。
私の心はすっかり奪われてしまいました。
お見合いの席で『サーシャ嬢はトイプードルのように可憐な方ですね』と褒め(?)られた私は『犬がお好きなのですか』と尋ねました。
『ええ、家にはポメラニアンがいるのですよ』
『まぁ是非会いたいわ』
『虐待されていたのを母が保護したのです。可哀そうな子なんです』
『お母様もお優しい方なのですね。ワンちゃんと仲良くなれると嬉しいのですけど』
『大丈夫、人懐っこいですから気に入ってもらえますよ』
こうしてお見合いは大成功、我がザーケンナー男爵家とイヌスキー伯爵家はめでたく縁を結んだのです。
『いいか、こんな良縁は二度と来ないからな。失敗するではないぞ』
そう何度も父に言い含められ、私は絶対にニール様を逃がすまいと誓いました。
父がニール様との縁談に拘るのには訳があります。
私の母は4年前に不治の病で亡くなりました。
『お金があったらもっと良い薬を買い与えて・・・もっと長生きさせてやれたのに』
そう言って父は号泣しておりました。
『愛だけでは家族は守れない』
だから裕福な伯爵家に私を嫁がせたいと思っているのです。
***
「うちみたいな貧乏な小貴族に申し込むなんて絶対に怪しいよ」
「怪しいな・・・サーシャに申し込むなんて・・・いい度胸だ!」
失礼な会話を交わしているのは2歳下の弟ロナンと友人のハインツ子爵令息様です。
ハインツは長女のケイトが後妻に嫁いだ先の旦那様の連れ子なのですが、同い年の二人は意気投合して親友となったのでした。
「失礼ね。怪しくないわよ、犬好きに悪い人なんていません!」
「よく調べもしないでOKするなんて・・・あまりいい噂は聞かないぞ?」
「どんな噂なの?」
「複雑な訳があって婚約者がなかなか決まらないって話だ」
「そうなの?」
ハインツの話に私は少し不安になったのでした。
***
さて、今日はイヌスキー伯爵家に初めて招待されて一人でやって来たのですけれど・・・・
お屋敷はとってもゴージャス、案内されたサロンには高価な装飾品や調度品が配置されています。
(やはりうちと違って大金持ちだわ。どうしよう緊張してきたわ)
ドキドキしながら待っていたのですが、現れたニール様の腕には小柄な可愛い女性がしがみ付いていたのです。
「お待たせしました。こちらは僕の婚約者のサーシャ嬢だよ」とニール様が謎の女性に私を紹介したので(妹さんかしら?)と考えた私は立ち上がって「初めましてザーケンナー男爵家の長女サーシャと申します。本日はお招き頂きまして有難うございます」とご挨拶をしました。
「私はヘレナよ、ニールの愛犬なの! 宜しくわん!」
コテンと首を傾げた謎の女性は私を激しく混乱させました。
「へ? 愛犬?」
「こらこら、ちゃんと挨拶できないなら黙ってるんだ。サーシャ嬢、どうぞお掛け下さい」
「はぁ・・・」
ニール様は笑いながらヘレナの頭をポンポンしています。
「えっと・・・愛犬って・・・ポメラニアンちゃんは?」
「彼女が僕のポメラニアン、大切な幼馴染なんだ。実家で虐待されていてね、母が保護したんだよ」
いまいち納得できません。
「なぜその幼馴染さんが犬なんでしょうか?」
「まぁ聞いてよ!」とヘレナはソファーに腰を下ろすと「ニールはここね」と隣を指示します。
犬? 犬なのね・・・なんてしつけの悪い犬。
「ニールは6年前までポメラニアンを飼っていたの。でもある朝、庭で死んでいたのよね。悲しすぎて彼はペットロス症候群になってしまったのよ」
「そうだ、毎日泣いて無気力になって・・・何も手につかなくなったんだ」
「だから私が慰めてあげたの。『これからは私があなたの愛犬になるわ、だからもう悲しまないで』と。それからはずっと一緒にいるの」
「はぁ・・・・」
ちょっと理解に苦しみますが、このヘレナは犬と思えば良いのですね?
「ヘレナの明るさに癒されて僕は立ち直ったんだよ」
「そうなの、だから私はいつもニールの傍にいるワンちゃんなの!」
「そうですか・・・」
私達よりも1歳年下のヘレナは茶色の毛並みでクリクリな瞳が可愛いご令嬢。甲高い声で「キャンキャン」とよく吠えました。
「キャンキャン」を要約するとアザトーイ男爵令嬢ヘレナとニール様の母親は親友同士で交流がありました。ヘレナの母親が4年前になくなり継母がやって来て虐待開始。
傷ついたヘレナはイヌスキー伯爵家に助けを求めたのだそうです。
そう、彼女は居候だったのです。
ヘレナはいかにニール様と自分が互いに必要な存在であるか────そんな話を延々と語り続けました。
この時になって私は、なぜ素敵なニール様が16年間も婚約者がいないのか分かった気がしました。
(複雑な訳ってコレだったのね)
マウントを取ってくるヘレナに嫉妬心がふつふつと沸いたのですが、格下の私はニール様に文句も言えずに黙ってヘレナの話を聞き続けたのです。
「ヘレナ、ストップ。サーシャ嬢が疲れているじゃないか。もう静かにするんだ」
さすがにニール様が止めてくれましたが、その後ヘレナは出されたクッキーを全部食べて「ケーキが食べたかったわ」などと・・・・言ったのでした。
「そろそろお暇しますわ。今日は楽しかったです。次は是非うちにいらして下さいね」
社交辞令を述べて帰ろうとすると「私も楽しかったわん! また会いましょうね!」とヘレナに言われて「そうですね」とお答えしたけど二度と会いたくありません。
「ヘレナが騒がしくてごめんね。次からは気を付けるよう注意しておくよ」と別れ際にニール様に言われて、ちょっとだけ気分が良くなりました。
ヘレナは【犬】なのです。所詮はペットなのです。私は婚約者、負けるはずがありません。
いや、でも、ずっとニール様を癒してきた幼馴染に勝てるのかと不安でいっぱいになったのでした。
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