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第一話 愛する人
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第一話
私、フィリスは、もうすぐ第二王子サイラス様との婚姻を迎える。
そこに愛は、ない。あるのは、ただの憎しみだけ。
政治のために、父に差し出された私は──愛する人との未来を、簡単に奪われた。
*
その人──ジルナード様。第一王子にして、かつての私の婚約者は、王家領地の鉄鉱山の視察からの帰路、事故に遭われた。がけ崩れ。命だけは、なんとか。
けれど、帰ってきたのは、動かない体と、傷ついた心だった。
「……よくぞ、ご無事で」
そう口にした私に、殿下は虚ろな目を向けた。
「生きていても、意味がない。いっそ死ねばよかったのだ」
息を呑むような声。
私は頷くこともできなくて、それからは泣いても、報われない日々が続いた。
ジルナード様は、ひとりで座ることもできなかった。私は傍にいて、食事も、着替えも、薬も、すべて世話をした。回復薬だって、オブラートに丁寧に包んで、「苦くありませんよ」と笑って差し出した。
「このままでは、フィリス様のお身体がもちません……」
侍女たちにそう言われるほど、私は尽くした。半年間、ずっと。
報われたことがあるとすれば、殿下が自力で体を起こせるようになったこと。それだけだった。
けれど──足は元には戻らなかった。
車椅子での生活。それでも、彼は毎日、私に感謝してくれた。
「君が婚約者で、私は幸せだ。……どうか、見捨てないでくれ」
そう言って、私に縋った。あの誇り高いジルナード様が。
婚約して十年。長い時間をかけて、私たちは良い関係を築いてきた。
でも──たぶん、ずっとどこかに影があった。
政略という影。
野心家の私の父、バーモット公爵の影。
「王太子妃、いずれは王妃に。フィリス、おまえならできる」
父の声が、今も記憶に残っている。
けれど私は、ジルナード様を、ほんとうに愛していた。
事故のあと、ふたりで静かな場所で暮らせたらって、何度も思った。
……なのに。国王陛下は、冷たい宣言をした。
「次の王太子は、第二王子サイラスだ」と。
ペナード。国の南にある小国。元は蛮族の集合体だって言われてる。
そこから輿入れしてきたのが、サイラス殿下の母、メイラ妃。
彼はメイラ妃の血を強く継いでいた。浅黒い肌に、黒く深い瞳と髪。
筋肉質な彼の体は線の細いジルナード様とは、まるで正反対だった。
この国では、私やジルナード様のような、白い肌と金髪碧眼が尊ばれている。
だからサイラス殿下は、陰で蛮族と呼ばれてきた。
彼が王太子に選ばれたのは、ジルナード様が病身になったから、だけじゃなかった。
ペナードの背後には大国ヘリアムがある。鉄鉱山を狙って、侵攻の気配を見せていて、ペナードの存在は防壁になっていた。
だから、国としては、サイラス殿下を王太子にするのが、もっとも都合がよかったのだ。
ジルナード様は、打ちのめされた。
「私の事故も、きっと……あの蛮族どもの仕業だ!」
そう叫ぶ殿下を、私は止められなかった。
水面下では、いろんな噂が流れていた。
《サイラス殿下は、亡き母の仇を討った》と。
心臓発作で亡くなったはずのメイラ妃。実は王妃が関与していたのでは、とも言われている。
ジルナード様は、怒りの炎を燃やし続けていた。
私がどんなに言っても、その火は消えなかった。
「お体が回復すれば、また殿下が選ばれます。……ですから、どうかご静養を……」
そんな私の言葉も、ジルナード様には届かず、私は無力だった。
そんなとき、私に、サイラス様との婚姻の話が持ち上がった。
サイラス様には、すでに婚約者候補がいた。けれど、私のほうが優秀だと、王国会議で決まったらしい。
私は、七歳から王子妃としての教育を受けてきた。
それを理由に、ジルナード様の隣にいることは「勿体ない」のだと。
……父が、押し通したに決まってる。
そのとき、私ははじめて、父を──心から憎んだ。
私、フィリスは、もうすぐ第二王子サイラス様との婚姻を迎える。
そこに愛は、ない。あるのは、ただの憎しみだけ。
政治のために、父に差し出された私は──愛する人との未来を、簡単に奪われた。
*
その人──ジルナード様。第一王子にして、かつての私の婚約者は、王家領地の鉄鉱山の視察からの帰路、事故に遭われた。がけ崩れ。命だけは、なんとか。
けれど、帰ってきたのは、動かない体と、傷ついた心だった。
「……よくぞ、ご無事で」
そう口にした私に、殿下は虚ろな目を向けた。
「生きていても、意味がない。いっそ死ねばよかったのだ」
息を呑むような声。
私は頷くこともできなくて、それからは泣いても、報われない日々が続いた。
ジルナード様は、ひとりで座ることもできなかった。私は傍にいて、食事も、着替えも、薬も、すべて世話をした。回復薬だって、オブラートに丁寧に包んで、「苦くありませんよ」と笑って差し出した。
「このままでは、フィリス様のお身体がもちません……」
侍女たちにそう言われるほど、私は尽くした。半年間、ずっと。
報われたことがあるとすれば、殿下が自力で体を起こせるようになったこと。それだけだった。
けれど──足は元には戻らなかった。
車椅子での生活。それでも、彼は毎日、私に感謝してくれた。
「君が婚約者で、私は幸せだ。……どうか、見捨てないでくれ」
そう言って、私に縋った。あの誇り高いジルナード様が。
婚約して十年。長い時間をかけて、私たちは良い関係を築いてきた。
でも──たぶん、ずっとどこかに影があった。
政略という影。
野心家の私の父、バーモット公爵の影。
「王太子妃、いずれは王妃に。フィリス、おまえならできる」
父の声が、今も記憶に残っている。
けれど私は、ジルナード様を、ほんとうに愛していた。
事故のあと、ふたりで静かな場所で暮らせたらって、何度も思った。
……なのに。国王陛下は、冷たい宣言をした。
「次の王太子は、第二王子サイラスだ」と。
ペナード。国の南にある小国。元は蛮族の集合体だって言われてる。
そこから輿入れしてきたのが、サイラス殿下の母、メイラ妃。
彼はメイラ妃の血を強く継いでいた。浅黒い肌に、黒く深い瞳と髪。
筋肉質な彼の体は線の細いジルナード様とは、まるで正反対だった。
この国では、私やジルナード様のような、白い肌と金髪碧眼が尊ばれている。
だからサイラス殿下は、陰で蛮族と呼ばれてきた。
彼が王太子に選ばれたのは、ジルナード様が病身になったから、だけじゃなかった。
ペナードの背後には大国ヘリアムがある。鉄鉱山を狙って、侵攻の気配を見せていて、ペナードの存在は防壁になっていた。
だから、国としては、サイラス殿下を王太子にするのが、もっとも都合がよかったのだ。
ジルナード様は、打ちのめされた。
「私の事故も、きっと……あの蛮族どもの仕業だ!」
そう叫ぶ殿下を、私は止められなかった。
水面下では、いろんな噂が流れていた。
《サイラス殿下は、亡き母の仇を討った》と。
心臓発作で亡くなったはずのメイラ妃。実は王妃が関与していたのでは、とも言われている。
ジルナード様は、怒りの炎を燃やし続けていた。
私がどんなに言っても、その火は消えなかった。
「お体が回復すれば、また殿下が選ばれます。……ですから、どうかご静養を……」
そんな私の言葉も、ジルナード様には届かず、私は無力だった。
そんなとき、私に、サイラス様との婚姻の話が持ち上がった。
サイラス様には、すでに婚約者候補がいた。けれど、私のほうが優秀だと、王国会議で決まったらしい。
私は、七歳から王子妃としての教育を受けてきた。
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