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第九話 ジルナードとヘイワード
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領地のこと、母の死、いろいろ重なったせいか、
私、ジルナードは、ある日突然、倒れた。
医者は心臓が弱っていると言った。もう大丈夫だと思っていた体は、簡単に裏切った。
回復したはずが、また寝込む日々だ。
常用の睡眠薬がないと眠れない。
エリーンが、毎晩のように用意してくれる。オブラートに包んで、声もやさしく。
「早く元気になってくださいね」
健気な妻。
フィリスも、そうだった。
私を深く愛していた。なのに今は、サイラスの妻だ。
王太子妃として、王宮の中心に立っている。
* * *
フィリスは、かつてこう言った。
──ジルナード様を王にする、と。
なのに、現実は、違った。
彼女はサイラスと結婚した。望まぬ婚姻だったのは知っている。だが、半年経っても動きがなく、聞こえてきたのは「懐妊した」という話だった。
私はベッドの中で、もがいていた。体は動かず、気持ちだけが先走った。
そんな中、私を癒してくれたのがエリーンだった。
バーモット公爵の遠縁の子爵令嬢。最初は胡散臭く思っていた。
だが、接するうち、あまりにも自然で、素直で、私は少しずつ心を許し、気づけば、彼女を求めていた。
そんなある日、フィリスの兄が現れた。
『お加減は如何ですか』
ヘイワード。冷たく、無表情で、昔から好きになれない男だ。
『今日は何の用だ? まさか吉報か』
無表情に、彼は言った。
王妃が魔女と手を組んだ。サイラスを消し、私を治すために。
『そうか。やはり、頼れるのは母だけだ』
思わず口に出した。
『王となられるよう、私も祈っております』
それだけ言って、ハワードは帰って行った。
だが、確信した。私が正当な王太子だ。蛮族のサイラスなど、誰も認めてはいない。誰もが私の帰還を待っている。
*
母は本当に、私の体を元に戻してくれた。だが、サイラスは生きていた。
娘が生まれたと聞いて、エリーンと祝福に赴いた。
サイラスも、フィリスも、私を警戒していた。
フィリスとは、目を合わせても、睨み合うだけだった。
昔のような愛情など、彼女の中には、もう残っていなかった。
──私を王にするのではなかったのか?
視線で問うても、拒絶された。
後悔させてやる。
王太子の座は、必ず取り戻す。どんな手を使ってでも。
すると、先手を打つように、サイラスは私に忠告した。
『王妃のような野望を持つ者が現れたら、魔女はまた現れるだろう』
そのときは焦ったが、あとで、ふと思った。
うまく、魔女を利用できないか。
母は、どうやって魔女に会ったのだろう。調べるうちに、ひとつの答えに辿り着いた。
──破滅が、魔女を呼ぶ。
ならば、呼んでやろう。
サイラスを破滅に追い込んでやる。
味方になりそうな貴族を洗い出した。
サイラスを疎む者は思ったより多かった。
クーデターを考えた。支援者も集めた。金も動かした。
王宮の侍女を買収して、毒を仕込ませようとしたこともある。
だが、どれも上手くいかなかった。
壁のように立ちはだかったのは、バーモット公爵家だった。
どの手も、裏をかかれた。
どの策も、潰された。
公爵家は、まるでこちらの手の内をすべて読んでいたかのように、動いた。
そのとき、ようやく理解した。
破滅したのは、私のほうだった。
何もかも──最初から仕組まれていたのだ。
ヘイワードが屋敷を訪ねてきた、あの日から。
* * *
バーモット公爵も、同じ病に倒れたと聞いた。
死期を悟った私は、ヘイワードを呼んだ。
「……盛ったのか」
「用意したのは、亡き王妃殿下です」
つまり、常用の睡眠薬に毒を。
「まさか、エリーンも共犯か?」
「いいえ。混ぜたのは私です。彼女は知らずに、渡しただけです」
「そうか」
皮肉なものだと思った。
母の使った手口で、私が終わる。
「……皮肉だな」
ヘイワードは、何ひとつ表情を変えずに言った。
「貴方が、王妃殿下を止めてくだされば、こんなことには」
「よくも言えたな。サイラスの指示か?」
「違います。私の独断です。貴方は、この国に破滅をもたらす存在だと判断しました」
耐え難い衝動を、無理に飲み込んだ。
「なら、最後まで守れ。この国を」
「妹と、サイラス殿下が守っていくでしょう」
……すべてを奪われたと思った。だが、それでも残したものがある。
「私の子に──ヘルミナには、手を出すな」
「約束はできません」
「……そう言うな。エリーンのことも頼む。あれには、何の罪もない」
「私の監視下に置いて、面倒を見ろと?」
「そうだ。私を殺した罰だ」
「承知しました」
それでも怒りが収まらなかった。
「許さないぞ。お前も、フィリスも、サイラスも……」
それに対する返答は、冷ややかだった。
「感謝して欲しいですね。貴方は、何ひとつ成し遂げなかった。だからこそ、神に許されるはずです」
ヘイワードは、自分の父まで手にかけた男だ。
……許されるはずがない。
それでも後悔など、彼はしないだろう。どこまでも非情な男だ。
*
残された時間で、遺書を書いた。
私財のすべてはヘルミナに残した。
後見人には、ヘイワードの名を記した。
サイラスには、託したくなかった。それが、私に残された最後の矜持だった。
破滅へと、一歩ずつ足を進めていたのに──魔女は、現れなかった。
「何一つ成し遂げなかった」
そんな私の破滅など、魔女にとっては、取るに足りなかったのか。
ああ、私は、王の器ではなかった。
……それだけのことだ。
ただ、普通に、エリーンと過ごしていればよかった。
幸福を、望んでいればよかった。
そんな当たり前のこと。
終わりが近づいて、やっと気づいた。
────おわり。
最後まで読んで下さって、本当に有難うございました!
私、ジルナードは、ある日突然、倒れた。
医者は心臓が弱っていると言った。もう大丈夫だと思っていた体は、簡単に裏切った。
回復したはずが、また寝込む日々だ。
常用の睡眠薬がないと眠れない。
エリーンが、毎晩のように用意してくれる。オブラートに包んで、声もやさしく。
「早く元気になってくださいね」
健気な妻。
フィリスも、そうだった。
私を深く愛していた。なのに今は、サイラスの妻だ。
王太子妃として、王宮の中心に立っている。
* * *
フィリスは、かつてこう言った。
──ジルナード様を王にする、と。
なのに、現実は、違った。
彼女はサイラスと結婚した。望まぬ婚姻だったのは知っている。だが、半年経っても動きがなく、聞こえてきたのは「懐妊した」という話だった。
私はベッドの中で、もがいていた。体は動かず、気持ちだけが先走った。
そんな中、私を癒してくれたのがエリーンだった。
バーモット公爵の遠縁の子爵令嬢。最初は胡散臭く思っていた。
だが、接するうち、あまりにも自然で、素直で、私は少しずつ心を許し、気づけば、彼女を求めていた。
そんなある日、フィリスの兄が現れた。
『お加減は如何ですか』
ヘイワード。冷たく、無表情で、昔から好きになれない男だ。
『今日は何の用だ? まさか吉報か』
無表情に、彼は言った。
王妃が魔女と手を組んだ。サイラスを消し、私を治すために。
『そうか。やはり、頼れるのは母だけだ』
思わず口に出した。
『王となられるよう、私も祈っております』
それだけ言って、ハワードは帰って行った。
だが、確信した。私が正当な王太子だ。蛮族のサイラスなど、誰も認めてはいない。誰もが私の帰還を待っている。
*
母は本当に、私の体を元に戻してくれた。だが、サイラスは生きていた。
娘が生まれたと聞いて、エリーンと祝福に赴いた。
サイラスも、フィリスも、私を警戒していた。
フィリスとは、目を合わせても、睨み合うだけだった。
昔のような愛情など、彼女の中には、もう残っていなかった。
──私を王にするのではなかったのか?
視線で問うても、拒絶された。
後悔させてやる。
王太子の座は、必ず取り戻す。どんな手を使ってでも。
すると、先手を打つように、サイラスは私に忠告した。
『王妃のような野望を持つ者が現れたら、魔女はまた現れるだろう』
そのときは焦ったが、あとで、ふと思った。
うまく、魔女を利用できないか。
母は、どうやって魔女に会ったのだろう。調べるうちに、ひとつの答えに辿り着いた。
──破滅が、魔女を呼ぶ。
ならば、呼んでやろう。
サイラスを破滅に追い込んでやる。
味方になりそうな貴族を洗い出した。
サイラスを疎む者は思ったより多かった。
クーデターを考えた。支援者も集めた。金も動かした。
王宮の侍女を買収して、毒を仕込ませようとしたこともある。
だが、どれも上手くいかなかった。
壁のように立ちはだかったのは、バーモット公爵家だった。
どの手も、裏をかかれた。
どの策も、潰された。
公爵家は、まるでこちらの手の内をすべて読んでいたかのように、動いた。
そのとき、ようやく理解した。
破滅したのは、私のほうだった。
何もかも──最初から仕組まれていたのだ。
ヘイワードが屋敷を訪ねてきた、あの日から。
* * *
バーモット公爵も、同じ病に倒れたと聞いた。
死期を悟った私は、ヘイワードを呼んだ。
「……盛ったのか」
「用意したのは、亡き王妃殿下です」
つまり、常用の睡眠薬に毒を。
「まさか、エリーンも共犯か?」
「いいえ。混ぜたのは私です。彼女は知らずに、渡しただけです」
「そうか」
皮肉なものだと思った。
母の使った手口で、私が終わる。
「……皮肉だな」
ヘイワードは、何ひとつ表情を変えずに言った。
「貴方が、王妃殿下を止めてくだされば、こんなことには」
「よくも言えたな。サイラスの指示か?」
「違います。私の独断です。貴方は、この国に破滅をもたらす存在だと判断しました」
耐え難い衝動を、無理に飲み込んだ。
「なら、最後まで守れ。この国を」
「妹と、サイラス殿下が守っていくでしょう」
……すべてを奪われたと思った。だが、それでも残したものがある。
「私の子に──ヘルミナには、手を出すな」
「約束はできません」
「……そう言うな。エリーンのことも頼む。あれには、何の罪もない」
「私の監視下に置いて、面倒を見ろと?」
「そうだ。私を殺した罰だ」
「承知しました」
それでも怒りが収まらなかった。
「許さないぞ。お前も、フィリスも、サイラスも……」
それに対する返答は、冷ややかだった。
「感謝して欲しいですね。貴方は、何ひとつ成し遂げなかった。だからこそ、神に許されるはずです」
ヘイワードは、自分の父まで手にかけた男だ。
……許されるはずがない。
それでも後悔など、彼はしないだろう。どこまでも非情な男だ。
*
残された時間で、遺書を書いた。
私財のすべてはヘルミナに残した。
後見人には、ヘイワードの名を記した。
サイラスには、託したくなかった。それが、私に残された最後の矜持だった。
破滅へと、一歩ずつ足を進めていたのに──魔女は、現れなかった。
「何一つ成し遂げなかった」
そんな私の破滅など、魔女にとっては、取るに足りなかったのか。
ああ、私は、王の器ではなかった。
……それだけのことだ。
ただ、普通に、エリーンと過ごしていればよかった。
幸福を、望んでいればよかった。
そんな当たり前のこと。
終わりが近づいて、やっと気づいた。
────おわり。
最後まで読んで下さって、本当に有難うございました!
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