醜い私を救ってくれたのはモフモフでした ~聖女の結界が消えたと、婚約破棄した公爵が後悔してももう遅い。私は他国で王子から溺愛されます~

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異世界からの転生者

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「ハク……っ……」

 雨に降られながら、ゴミ捨て場に廃棄された愛犬の死骸を呆然と眺める。部屋にいないからと探し回った末に発見したのは残酷な現実だった。

「ハク!」

 ゴミを掻き分けて、愛犬を拾い上げる。ギュッと抱きしめながら回復魔法で治療しようとするが、失った命は蘇らない。枯れたはずの涙が目尻から零れ落ちる。

「ここにいたのか、クレア」

 悲しみで絶望するクレアの前にアンドレアがやってくる。彼女とは対象的に、釣り上げた口角が喜びに満ちていた。

「アンドレア様……今はあなたと話す気分では……」
「貴様の都合など知ったことではない。俺は貴様に用件を告げなければならないからな……クククッ、実はな、新しい聖女が見つかったのだ」

 遠くから傘を指した茶髪の女性が近づいてくる。華のある外見をしており、気の強そうな相貌がクレアを捉えていた。

「紹介しよう。新しく聖女となるサーシャだ。そして俺の新しい婚約者でもある」
「どういうことですか?」
「つまり貴様は御役御免というわけだ」

 一方的な婚約破棄を告げられるも、クレアの心には波風一つ立ちはしない。愛犬の死が彼女の頭の中を真っ白にしていたからだ。

「ふふ、この娘ったら泣いていますわ」
「俺との婚約を破棄されたのだからショックを受けるのも当然だな」
「この涙はハクの死を悲しむためのものです。決して、あなたたちへの涙ではありません」

 愛犬の死を冒涜されたように感じ、つい反論してしまう。だがアンドレアたちは彼女の反発に怒るどころか、喉を鳴らして笑う。

「クククッ、やっぱり、涙は俺たちに対するものだな」
「ですね」

 悪寒が冷たい汗となって背中に流れる。クレアは喉を震わせながらも、発言の真意を尋ねずにはいられなかった。

「……どういう意味ですか?」
「貴様の愛犬がそこに捨ててあるのはなぜだと思う?」
「まさか……」
「そのまさかだ。俺たちが貴様の部屋に邪魔したら、生意気にも吠えてきたからな。公爵に逆らう犬は処分するしかないだろう」
「そんな下らない理由で私の家族を……」

 怒りが沸騰したお湯のように湧き上がり、いつの間にか拳を振り上げていた。しかし振り下ろすより前に、存在しないはずの記憶で脳内が満たされていく。

(なに、これ……)

 注ぎ込まれた記憶は前世に東京で働いていた頃のものだ。クレアはとある乙女ゲームに夢中で、攻略サイトの運営にまで携わっていた。

 だからこそ現世が乙女ゲームの世界と同じだと気づくのに時間はかからなかった。ただ主人公はクレアではない。

 眼の前にいるサーシャこそが、ゲームの主人公だ。そしてクレアは主人公の前に立ちはだかる悪役令嬢の一人である。

 本来のゲームだと、クレアがアンドレアに惚れていて、嫉妬によるいじめから婚約破棄へと繋がる流れとなっている。だが現実は違う。彼女は欠片も愛情を抱いていない。

 また時系列も違っている。クレアが主人公のサーシャと出会うのは本来なら今から一年後の世界なのだ。ゲームシナリオと現実に差を生んだ異物の正体に、彼女は察しが付く。

「まさか、あなたも転生者ですか?」

 前世の記憶をすべて思い出したからこそ、出した結論だ。乙女ゲームでのサーシャは努力家で、優しい性格をしていた。男を寝取ったり、ましてや他人の愛犬に手をかけたりするような真似をするはずがないのだ。

 ゲームシナリオと異なる性格の理由は唯一つ。別の人格が乗り移っているからだ。その予想は正解だったようで、サーシャは口元を歪める。

「あなたもそうですのね?」
「私はいま前世を思い出したばかりです」
「ふふ、私は幼い頃からですわ。おかげで素敵な殿方とも結ばれましたし、最高の人生を過ごせていますわ」

 会話の内容が理解できずに戸惑っているアンドレアの腕にサーシャが抱きつく。渡さないと主張するが、クレアにとって彼の存在は重要ではなかった。

「私はアンドレア様に興味ありませんから。婚約破棄を受け入れ、王国から去るとします」

 クレアにとって家族は愛犬のハクだけだ。それを殺したアンドレアの顔を見たくはないし、それに何より復讐するなら他国に移ってからの方がやりやすい。

(絶対に許しません)

 悪には罰を与えなければならない。ハクを抱きしめたまま、雨に降られるクレアの瞳は、怨嗟の炎で燃えるのだった。
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