嘘吐きは悪役聖女のはじまり ~婚約破棄された私はざまぁで人生逆転します~

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【後編】嘘吐きは悪役聖女のはじまり

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「ちょっと待ってください、ケインくん」
「だーめ」

 操られた私の身体は王の間の扉を勢いよく開きます。騎士たちの視線が一斉に私へと突き刺さりました。そしてその中にはハラルド王子の視線も混じっています。

「まだ何か用でもあるのか、この恥さらしがっ!」

 もう見たくない私の顔を再度拝むことになり、ハラルド王子は眉を吊り上げています。怖い。いますぐこの場から立ち去りたい欲求に駆られますが、私の足は動いてくれません。

「去れ。俺の前に二度と顔を見せるな」
「申し訳ございません。ですが私の足は……」
「また嘘を吐くのか?」

 ハラルド王子の嘘吐きという言葉に同調し、騎士たちは「嘘吐き聖女!」のコールを始めます。

 集団から一斉に非難されるのは、まるでイジメを受けているようです。いや、実際に近しいことをされているのでしょうが……私の心は折れそうになりました。そんなときです。私の陰に隠れていたケインが姿を現し、ただ一言呟きました。

『君たちの視界は真っ暗だ』

 以前、私の身に起きた視界が闇に染まる現象がハラルド王子たちを襲います。光を失った彼らは困惑の声をあげました。

「誰か明かりを点けろ!」
「窓だ! 窓を開けろ!」

 王の間には十分すぎるほどの光が取り込まれ、むしろ眩しいとさえ感じますが、彼らの眼には光が届くことはありません。傍で見ていると何だか滑稽さを覚える光景でした。

『元に戻っていいよ』

 ケインの合図と共に、光を取り戻したハラルド王子たちは、白昼夢にも似た不思議な現象に戸惑い、固まってしまいます。

「君たちは僕の大切な人を嘘吐きだと馬鹿にしたね。僕は心が広いから特別に許すけど、次はないからね」

 暗闇の世界を作り出した犯人だと、ケインは暗に主張します。騎士たちは彼を敵だと認め、腰から剣を抜きました。

「こいつは妙な術を使う。警戒を怠るなよ」

 キース騎士団長が剣を上段に構えると、切りかかろうと、足を一歩前へと出しました。しかしそこで彼の動きは止まります。

「やめろ。その人に手を出すな……」
「しかし王子ッ」
「俺の命令が聞けないのか!」
「は、はい」

 ハラルド王子の命令に従い、キース騎士団長は腰に剣を納めます。キース王子とケインは知り合いなのか、視線を交差させます。

「ここに何をしに来られたのですか?」
「君は僕の大切な人を傷つけた。人間の君と結婚した方が幸せだと思い、聖女の婚約者となることを認めてあげたのに、君は最悪な形で裏切ったんだ」
「裏切ったからどうするというのですか?」
「決まっている。復讐するのさ。とはいっても、復讐するのは僕ではないけどね」

 ケイン以外の復讐者。候補は一人しかいません。それはもちろん私のことです。

「まさか聖女と契約したのですか?」
「そのまさかさ。そして知っているだろ。僕の契約者は嘘を真実にする力を手に入れる。
玉座からの追放を宣言すれば王子の立場を失うし、一生目が見えないと伝えれば、先ほど経験した暗闇を永遠に味わうことになる」
「ぐっ……」

 嘘を真実に変える力の恐ろしさに、ハラルド王子は息を呑みます。そんな彼の心を支えるように、傍に立つマリアが白い手を添えました。

「ハラルド王子に酷いことをするのは止めてくださいまし。悪いのはすべて嘘吐き聖女なのですから」
「マ、マリア。お前……」
「さぁ、王子の前から立ち去るのです」
「ふぅ。二度目はないと忠告したよね」
「ま、また私の視界を暗くするつもりですの。やれるものならやってみるがいいですわ」
「いいや。君相手ならもっと効果的な方法がある。君の整った顔を豚そっくりな容貌に変えてあげよう」
「なっ!」
「はたして醜い顔の君をハラルドは愛してくれるかな?」

 目が見えないだけなら悲劇のヒロインを演じることもできるでしょう。しかし美貌を失えば、ハラルド王子の愛を繋ぎ留めておくことは難しいです。マリアは愛を失うことに怯え、素直に謝罪しました。

「さて邪魔者との話は付いたし、ハラルドへの復讐に話を戻そう。婚約破棄された君の怒りをすべてぶつけるんだ」
「…………」

 言いたいことはたくさんありました。怒りもないといえば嘘になります。

「私は……」
「クラリス、貴様の恨み言を聞く前に一つ言いたいことがある」
「なんでしょうか?」
「俺はお前が正直者だと知っていた」
「えっ!」
「マリアが貴様を嘘で陥れようとしたことも、キースや騎士たちが策略に協力したこともすべて知っている」
「ならどうして私を捨てたのですか?」
「決まっている。嘘吐きだと知っていても、俺がマリアを愛していたからだ……聖女である貴様を捨てることは王を目指す上で不利になる。それでも尚、打算抜きでマリアと結ばれたかったのだ」
「………ッ」

 思えばハラルド王子の本音を聞くのは初めてかもしれません。それが自分以外の者への愛の告白なのは悲しいことではありますが。

「あなたの本心は分かりました……結局、あなたも嘘吐きたちの仲間だったのですね」
「クラリス……」
「嘘吐きのあなたが本心を語ってくれたのです。なら今度は正直者の私が人生で初めての嘘を吐きます」

 ハラルド王子のことが好きな気持ちは変わりませんし、他の人に取られるのは悔しくて仕方がありません。

 ですが本心を偽ってでも伝えたい言葉がありました。私はゆっくりと息を吸い、初めての嘘を伝えます。

『ハラルド王子、あなたはマリアさんと幸せに暮らしてください』

 本心とは異なる優しい嘘でした。手の甲に刻まれた魔法陣が光を放ち、視界が白く染まります。

 光が晴れると、玉座からハラルド王子が消え去り、傍にいたはずのマリアもおりません。その代わり玉座にはケインが座り、騎士たちが跪いています。いったい何が起きたのかと、彼の元へと詰め寄ります。

「君の嘘が現実になったのさ」
「でも私は二人に幸せになって欲しいと願ったのですよ」
「だから玉座から消えたのさ。王は命を狙われる危険な立場だ。ここに座る者が幸せになれるとは限らないからね」

 ケインによると、ハラルド王子は王族の立場を捨てて、辺境の城でマリアと二人で幸せに暮らしているそうです。

 ですがこれは一つの問題を生みます。王国の後継者問題です。

「ハラルド王子がいなくなったのなら、跡継ぎはどうするのですか?」
「忘れたのかい。ハラルドは第二王子だ。まだ第一王子がいるだろ」
「第一王子ですか……でもあの方は人前に姿を現さない問題児だと聞きました」
「問題児か……稀代の嘘吐きを問題だと表現するならそうだね」
「嘘吐き?」

 私は玉座に座るケインが王を自称していたことを思い出します。

「あなたは本当に……」
「王子さ。これで僕のことを好きになってくれたかな?」
「またあなたはそんなことを言って……私たちは今日出会ったばかりなのですよ」
「まさか……本当に忘れたのかい?」
「私が何かを忘れたのですか?」
「いいや、覚えてないならいいさ。これから惚れさせてみせるからね。よろしく頼むよ、聖女様」

 ケインは右手を私に差し伸べます。この光景をどこかで……記憶の海から浮かんできた映像が私の脳内で再生されます。

 それは路地裏で物乞いをしていた頃の記憶です。王子様は私に手を差し伸べてくれました。正直者な君が好きだと伝えてくれました王子の声は、ハラルド王子のものではなく、目の前で微笑んでいるケインのものでした。

「私を救ってくれた王子様はケインくんだったのですね……」
「ようやく思い出したんだね。僕のことを忘れるなんて、本当に悪い聖女様だよ」
「うっ……それを言われると……でもケインくんも悪いんですよ。あなたは本当のことを話してくれませんでした」
「何も言わなかったのは君自身に思い出してほしかったからさ……それに僕が真実を口にするはずないだろ。なんたって王国一の嘘吐きだからね」

 恩人を忘れていた私が悪いのですから何も言い返すことはできません。嘘吐きは悪役聖女のはじまり。私は忘却の罪を償うために、彼を幸せにしてあげよう。そう心に誓うのでした。
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