【完結】トランス・ジェニック ~遺伝子改変者で特殊エージェントの僕、強気な美少女の相棒と今日も戦闘地域でレンタル・ソルジャーとして戦います

ともボン

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第24話   勧誘

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 子供兵。

 その単語を聞くだけで身体の奥底からふつふつと怒りが込み上げてくる。

 一般的にはあまり知られていないが、人類の歴史の中で子供が戦争に参加するという例は枚挙に暇がなかった。

 しかし、かつての子供兵たちは実際の戦闘には参加せず、大人の兵士たちの荷物運びに始まり給仕や洗濯などの後方支援を専門としていた。

 中世のヨーロッパでも子供たちは騎士の甲冑の手入れや装備の手伝いのみを行っていたという。

 これは成長期を終えていない子供が実戦で戦力になるほどの力を有していなかったことが理由の一つとして挙げられるものの、やはり一番の理由は子供を血生臭い戦闘に参加させてはいけないという暗黙の了解が世界中に広まっていたからだ。

 だからこそ実際の戦闘で子供が標的にされることもなく、仮に誤って無辜の子供を殺害してしまった兵士には重罰や最悪の場合には極刑が言い渡されたらしい。

 有名な例ではランカスター朝時代にイングランド国王となったヘンリー五世だろう。

 ヘンリー五世はフランスのアジンコートで行われたアジンコートの戦いにおいて、イギリス人の騎士見習いの少年たちがフランス兵に殺されたことに怒り狂い、捕虜として捕らえたフランス人たちを皆殺しにしたことはシェイク・スピアの作品でも取り上げられたほどだ。

 ところが今や戦争は大きく変わってしまった。

 貧富の格差、人口増加による食料危機、安価なアサルトライフルの普及により、成人にも達していない子供が積極的に戦争へと駆り出されている。

 もちろん国連を筆頭に各関係機関やNGOは「子供を兵士にさせない」といったスローガンを片手に地道な草の根運動を続けているが、紛争や内戦が絶えない国ではどんなに綺麗なお題目を掲げたところで焼け石に水になることが多い。

 むしろ現在では子供を兵士に仕立て上げるのが新たな模範となっている。

 なぜなら子供は幼ければ幼いほど大人の意見に盲目的に従い、飴と鞭を上手いこと使いこなせば大人の兵士よりも早く規律と技術を吸収するからだ。

 それに子供はいくらでも代えの利く駒として見られており、女だった場合には戦闘員の役割とは別に慰安婦の代わりにもなるというメリットを生んでしまっている。

 舞弥にしてみれば対岸の火事ではない。

 九年前、自分も難民キャンプから誘拐されて子供兵にされそうになった過去があるからだ。

 言葉には出さずとも憤怒の念が顔に漏れ出ていたのだろう。

 唇を真一文字にきつく締めた舞弥を見て、ムーナはレモンウォーターが入っていたコップを中空で小さく回す。

「当たらずとも遠からずと言ったところか……わかるぞ。私もかつては下劣な大人どもの下で働く子供兵の一人だったからな」

 舞弥の意見を無視してムーナが感情的に言葉を吐き出したときだ。

 ムーナは手にしていたガラスのコップを勢いよく握り潰した。

 半分ほど残っていたレモンウォーターがガラスの破片と一緒にテーブルの上に飛散する。

 そしてコップを力任せに握り潰したことでムーナの右掌は傷つき、傷口から流れ出てきた血が水浸しになっていたテーブルの上に零れ落ちて小さな波紋を作り出していく。

「な、何やってんのよ!」

 舞弥は周囲の目を気にせず立ち上がると、ジーンズのポケットからハンカチを取り出してムーナの右手にきつく巻いた。

 本当はもっと適切な処置をしたかったが、今は手持ちのハンカチで血を止める応急処置ぐらいしかできなかった。

「すまない。つい興奮してコップを割ってしまった」

 ムーナは痛みを感じていないのだろうか。

 ハンカチが巻かれた右手を何度も開閉させて巻き具合を確かめていると、先ほど注文を頼んだウエイトレスが慌てて駆けつけてきた。

 ムーナはうんざりとした様子で舌打ちする。

「揉め事はごめんだ。パク、もう行くぞ」

 緩慢な所作で立ち上がるなり、ムーナは懐から取り出した紙幣をウエイトレスに渡した。

 丸眼鏡をかけた禿頭の老人の隣には「100」という数字が印刷されている。

「行くって病院に?」

「いや、ここではない別の場所だ」

 渡された紙幣を呆然と眺めていたウエイトレスに構わず、ムーナは洒落たオープン・カフェをあとにする。

 舞弥はムーナについて行くかどうか一瞬だけ悩んだものの、自分には帰る場所がないことを再認識したことで大人しくムーナの背中を追った。

「ねえ、一体どこへ行くのよ。病院には行かなくていいの?」

 舞弥が声をかけたのはムーナが人気のない路地に入ったときだ。

 インドの路地は衛生面において決して好環境とは呼べない。

 動物の糞や汚水の匂いで鼻が曲がるほどの異臭が立ち込めている。

「病院になど行く必要はない。あんな程度の傷は私にとっては掠り傷にもならん」

 それよりも、とムーナは足を止めて顔だけを振り向かせた。

「お前はどうして無一文で街中を彷徨っていたんだ? 現金も持たずにデリーを歩くのは自殺行為だぞ。だが、トラブルに巻き込まれても現金があれば大抵のことは解決する」

 突然の質問に舞弥は口ごもったが、やがて一言一言区切るようにムーナに吐露した。

 自分は過去にインドの難民キャンプにいたこと。

 正体不明の武装ゲリラに父親を殺されてタール砂漠に連れて行かれたこと。

 父親の仇の腕には特徴的な火傷があったこと。

 現在はレンタル・ソルジャーとして生計を立てているということ。

 タール砂漠の油田施設を占拠した武装ゲリラのリーダーには、仇の証である特徴的で不思議な模様の火傷があったこと。

「お前、〈ラール・サルバ〉の掃討作戦にかかわったレンタル・ソルジャーだったのか!」

「まあね……と言っても武装ゲリラの掃討なんてどうでもよかった。パパの仇を討つことしか頭になかったから」

「それで復讐は果たせたのか?」

 舞弥は苦虫を噛み潰したような顔で首を左右に振った。

「仇と思っていたカビールっていうゲリラは自殺していたわ。だから真相は闇の中。あたしの仲間は仇が死んだからインドを離れようって言ったんだけど、あたしは納得ができずに仲間を置き去りにして飛び出してきた。それが無一文で街中を彷徨っていた理由よ」

 舞弥はストレスを解消させるように大きく伸びをする。

「でも、冷静になって考えてみると全部あたしの我がままだったのよね。自分の手で仇が討てなかったものだから、悔しくてカビールが死んだことを認めたくなかったのよ。結局、あたしは今でも過去の出来事を引きずっている馬鹿な子供のまま」

「パク、お前の父親の仇には蝶のような不思議な形の火傷があると言ったな」

「言ったわよ。それが何か?」

「油田施設を占拠したゲリラにも火傷があった。それでも納得がいかなかったのは、自分の手で仇を討てなかったことだけじゃない。他にも理由があったんじゃないのか?」

「そうなのよね。油田施設を占拠したカビールの右腕には確かに火傷があった。ただ、あたしの記憶に残っている仇のゲリラには左腕に火傷があったような気がするの」

「九年前……難民キャンプ……左腕……不思議な模様の火傷……」

 ぶつぶつと小言を繰り返しながら思考に耽っていたムーナ。

 そんなムーナはふと何かに気づいたような顔をして唇の端を吊り上げた。

「もしかすると、お前の仇は健在かもしれんぞ」

「え? それってどういうこと?」

 詳細を訊こうとした舞弥にムーナは右手を突き出して制止させる。

「ちょっと待て。その前にやらなければならないことができた」

 ムーナは舞弥の後方に向かって「お客さんだ」と顎をしゃくった。

 舞弥は慌てて振り返る。通りを行き交っている人間とは別に、確実に舞弥を意識している二十代半ばと思しき青年たちが路地の入り口を塞ぐように佇んでいた。

 総勢六人。

 着用していた半袖のボタンシャツやジーンズなどは所々に汚れが目立ち、明らかに一般人とは異質な禍々しいオーラを全身から放出させている。

 物乞いや靴磨きなどで日々の糧を得ていたストリート・チルドレンではなく、詐欺や暴力などで生計を立てていたストリート・チルドレンたちに違いない。

「東洋人は見つけやすくて助かるぜ。おい、さっきは俺の仲間が世話になったな」

 舞弥が毅然とした態度で六人を見渡していると、百八十センチを超える長身の青年が居丈高に何やら言ってきた。

「ねえ、ムーナ。あいつ、何て言ったの? まあ、大体察しがつくけど」

 六人の中には先ほど半殺しにした青年の仲間が二人いた。

 他の仲間に事情を話して自分たちを探していたのだろう。

 青年たちの着ていたシャツの首元や胸の部分が汗で濡れている。

 ムーナは現状を楽しむように両腕を緩く組んだ。

「十中八九、観光客に詐欺行為を働いていた奴らの仲間だろうな。いや、雰囲気からして奴らの兄貴分たちか。さっきは俺の仲間が世話になったと言っている」

「その兄貴分たちが弟分の尻を拭いに来たってわけね。呆れた。他にやることないの」

「基本的に奴らは暇だからな」

 舞弥は大きく吐息した。

 相手をするのはやぶさかではないが、さすがに六人を相手に素手で応対するにはそれなりのリスクを負う。

 それに今は無関係であるムーナと一緒なのだ。

 彼女にまで危害が及ぶ事態だけは何としても避けたかった。

「ムーナ、ご馳走してくれてありがとう。本当はもっと話していたかったけど、こうなったら一人だけでも逃げて。奴らはあたしが足止めしておくから」

「いいのか? いくらお前でも六人相手に素手ではきついだろう」

「仕方ないわよ。自業自得ってね。だから、あなたは早くここから逃げて」

 舞弥はボクシングのファイティングポーズのような構えを取った。

 すると六人の青年たちの間に動揺が走った。

 舞弥の戦闘能力の高さは浸透しているらしい。

 その場で軽やかなステップを踏みつつ、舞弥は散乱している空き瓶、細長い棒の切れ端、自転車のタイヤなど、その気になれば絶好の武器になるゴミに目を通す。

 直後、背後からムーナが声をかけてきた。

「パク、どうやら奴らは私たちをタダで返す気はないらしいぞ」

 ムーナの言葉の意味はすぐに理解できた。

 リーダー格と思しき長身の青年はシャツの後ろに手を回すと、ジーンズに挟んでいた強力な武器を取り出したのだ。

 ナイフではない。

 オートマチック式の拳銃である。

「ど、どうせ威嚇用のモデルガンでしょう」

 舞弥は鼻で笑ったが、いつの間にか隣に立っていたムーナが「本物だ」と言った。

「銃口からモデルガンの証であるインサートが見られない。自分で購入したのか盗品かはわからないが、まず本物と見て間違いないだろう。どうする? パク。拳銃を持った相手に大立ち回りでもしてみるか?」

「冗談。あたしはアクション映画の主人公じゃないのよ」

 舞弥はファイティングポーズを解くと、今度は降伏の証として両手を後頭部に回した。

「賢明だな。拳銃を持った相手に素手で立ち向かうなど狂気の沙汰だ。でも、いいのか? 大人しく降伏したところで無事に帰してくれる連中ではないぞ」

「でしょうね。それでも機会を窺えば必ず逃げ出すチャンスはあるはず。だからムーナ。あなたは早く逃げてってば」

 そうして舞弥がさり気なくムーナの前に立ちはだかったときである。

 背中越しにムーナの含み笑いが聞こえてきた。

「やはり私が見込んだとおりだ。ますます、お前が欲しくなった」

「こんなときに何を言っているの。いいからあなたはさっさと逃げればいいのよ」

「馬鹿を言うな。どうしてストリート・チルドレン如きに背中を見せる必要がある?」

「どうしてって……本物の拳銃を突きつけられているのよ。それに拳銃を持った相手に立ち向かうなって言ったのはあなたでしょう」

「少し語弊があるな。私は拳銃を持った相手に〝素手で立ち向かうな〟と言ったんだ。そして拳銃を持った相手に対抗する手段は一つ」

 ムーナは舞弥の前に颯爽と躍り出て、自分たちの圧倒的有利差に下卑た笑みを浮かべていた青年たちに奇妙な態度を取った。

 右手の人差し指と親指をぴんと伸ばし、他の三本の指は綺麗に折り畳んだのだ。

 それは舞弥にも見覚えがあった。

 難民キャンプで友人たちと戦争ゴッコをして遊んだとき、今のムーナのように自分の手を拳銃に見立てたことがある。

「こちらも同等の武器で応戦するのさ」

 ムーナは指でかたどった拳銃を本物の拳銃を持っていた青年に合わせると、口から「バン」と銃声の擬音を発した。

 他にも手首だけを返して撃つ真似をすることも忘れない。

 舞弥のみならず、青年たちもムーナの頭の中身を疑った。

 指で拳銃の形を作り、撃つ真似と銃声の擬音を発したところで本物の弾丸が飛び出すはずがない。

 しかし――。

「ひいっ!」

 突如、リーダー格の青年の隣に立っていた別の青年が狂気じみた悲鳴を上げた。

 舞弥たちに銃口を向けていたリーダー格の青年の頭が破裂したからだ。

 惨劇はそれで終わりではなかった。

 リーダー格の青年を筆頭に、他の青年たちの頭部も次々と爆発して白濁した脳漿が周囲に飛び散る。

 やがて六人全員が生温かい脳漿と脳味噌を飛散させて地に倒れたとき、ようやく舞弥は青年たちを死にいたらしめたものがサプレッサーつきの銃撃によるものだとわかった。

「よかったな、パク。これで連中に降伏する理由はなくなったぞ」

 ムーナは人差し指の先に向かって息を吹きかける。

 まるで銃口から立ち昇る硝煙を息で吹き飛ばすガンマンのように。

「ムーナ、あなたは一体」

 何者なの、という肝心の二の句は繋げなかった。

「動くな。少しでも妙な動きをすれば撃つ」

 真後ろから少年と思しき若い声で警告されたからだ。

 しかも背中に何やら硬い突起物を押しつけられた。

 あまり認めたくないが拳銃の銃口部分だろう。

「やめろ、シュナ。パクは味方だ。絶対に撃つな」

「味方? 間抜けな観光客の間違いだろう」

「パクは観光客じゃない。私たちの新たな仲間になる人材だ」

「おいおい、勘弁してくれよ。作戦前の大事なときに仲間を増やす? こいつはどこからどう見ても東洋人のガキじゃねえか」

「東洋人だろうと私と同じ元子供兵だ。戦闘技術も申し分ない。十分な戦力として活躍してくれるだろう」

「だろうってことは具体的に何も話してないのかよ」

「何せ出会ったばかりだからな。ストリート・チルドレンたちが邪魔をしなければ追々と話していくつもりだった」

(こいつら、さっきから何を話しているの?)

 降伏のポーズを解かず、舞弥は注意深く二人の会話を聞き入っていた。

 けれども内容はまったく理解できない。

 拳銃を突きつけている少年とムーナは、ずっとインドの公用語であるヒンドゥー語で話をしていたからだ。

「まったく、お前らしいと言えばお前らしいっていうか……だがな、説明するって言っても時間も余裕もねえぞ。作戦は今夜決行なんだぜ。それに断られたらどうすんだよ?」

「その心配はないだろう。パクは帰る場所がなくて困っているそうだ。露店でラッシィーを買う現金も持ち合わせていない。それ以上に私はパクの弱みを握った」

「どういうことだ?」

 シュナが苦々しく呟いたとき、危険な匂いを嗅ぎ取った舞弥は生唾を飲み込んだ。

「あのさ、どっちでもいいからこの状況を英語で説明してくれない?」

「そうだった。本人の口から了承を取ることも重要だったな」

 ムーナは吐息がかかるほど舞弥に接近すると、瞬時に切り替えた英語で淡々と呟いた。

「パク・イルソ、お前の仇を教えてやる代わりに私たちの仲間になれ」
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