【完結】トランス・ジェニック ~遺伝子改変者で特殊エージェントの僕、強気な美少女の相棒と今日も戦闘地域でレンタル・ソルジャーとして戦います

ともボン

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第42話   任務

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 キーボードを打っていたプラムの指がぴたりと止まる。

「あなたは武装ゲリラの襲撃に遭った製薬工場の関係者じゃないんですか?」

 プラムは幽鬼のように青白くなった顔を振り返らせる。

「いつから気づいていたの?」

「僕も最初から気づいていたわけじゃありません。でも、よく考えてみると今回の任務はおかしなことばかりでした。インドに関係のある僕たち同士がバディを組まされたこと。標的であり勧誘対象だった〈発現者〉に対する情報の不足。単なる現地工作員とは思えないプラムさんのITや言語に関する技術の高さ。これらをすべて合わせてみると、ある一つの結論が浮かび上がってくる」

 ユタラは複雑な表情を作っていた舞弥に顔を向けた。

「今回の任務は大掛かりな舞弥の適性テストだったんですね。〈発現者〉でもない十代の少女がエージェントになるのは前代未聞。それでも組織としては若くて有望な人材は確保しておいて損はない。しかし、将来性だけで担えるほど〈青い薔薇〉の任務は甘くもない。そこで組織の長である百合子さんは考えた。舞弥のエージェントとしての資質を訓練ではなく実戦で試してみようと」

「つまり、どういうこと?」

 食いついてきた舞弥にユタラは自分の考えを告げた。

「すべては組織がお膳立てした芝居だったってことさ。当事者の君はともかく、少なくとも百合子さんに任務内容を聞いたときに僕だけでも怪しむべきだったんだ」

 ユタラは大きく吐息すると、カウンターの上に腰を下ろした。

「完全にしてやられたよ。今回の任務ほどエージェントの適性を判断するのに最適なテストはないだろうね。百合子さんはわかっていたんだ。任務を名目にインドへ派遣すれば、舞弥が仇を探すために独断専行することを。だけど、その独断専行を抑えることができて今回の任務は成功となるはずだった……待てよ、そうなると舞弥だけじゃないな。僕の適性テストも含まれていたのかも。舞弥の独断専行を止められるかどうかっていう具合に」

「ちょっと待って。今回の任務があたしの適性テストだったのなら、ムーナたちのことはどう説明するの? 彼女は正真正銘の〈発現者〉だったんでしょう」

「おそらく、組織は彼女が〈発現者〉だということは気づいていなかったと思うよ。そもそも製薬工場が襲われたっていう話も嘘だった可能性が高い」

 それは本当よ、プラムはユタラの推測を否定した。

「製薬工場は確かに武装ゲリラに襲われたわ。でも、そのとき〈発現者〉の存在を工場で働いていた人間は誰も確認していない。すべては本部の情報操作のせい。製薬工場が襲われた事実も地元の報道では内部犯による放火ということで問題は解決ずみ。だからインドでは〈アーツ製薬〉の製薬工場が武装ゲリラに襲われたという事実は伝わってないの」

 プラムは観念したように椅子の背もたれに身体を深く預けた。

「あとはユタラちゃんの言うとおり。今回の任務は子猫ちゃんのエージェントとしての適性を判断するために用意されたものだった。インドに派遣されてきた子猫ちゃんが、私情と任務のどちらを選ぶのか見極めるためにね」

「じゃあ、油田施設を占拠した武装ゲリラに情報を与えたのも」

「私よ。油田施設のシステムにクラッキングした情報を裏サイトに流したの」

「とどのつまり、タール砂漠の油田施設を襲撃してくれる武装集団ならば誰でもよかったということですか?」

「そう、あなたたちと因縁が深い〝タール砂漠〟にある油田施設を何かしらの形で襲ってくれる集団だったのなら誰でもよかった。少なくとも本部からの返答はそうだったわ」

「じゃあ、今回の事件も裏で手を引いていたのはプラムさんなんですか?」

 今回の事件とは、先ほど高級ホテルで起こったテロ事件のことだ。

「ご名答……と言いたいところなんだけど、私のお膳立てはあくまでも油田施設の情報を裏サイトに流すことだった。その後の仕事はあなたたちの監視と管理だけ」

「本当なんでしょうね。嘘をついたらタダじゃおかないわよ」

 鎮静剤を打って痛みが引いてきたのだろう。

 普段のテンションを取り戻した舞弥は、プラムの胸倉をむんずと掴む。

「さすがの〈青い薔薇〉でも一国の議員を巻き込むテロ事件なんて誘導しないわよ。だから私はあなたたちが入手してきたチップの解析を真面目にやっているんじゃない」

「真面目に解析しているフリをしているんじゃないの?」

「私が本部から無理やり現地工作員の任を与えられていたのなら、もしかして解析するフリをしていたかもれない。だってあなたたちは組織のルールを破ったんだから」

 でもね、とプラムは眉根を軽く揉む。

「さっきも言ったけど、製薬工場が襲われたのは本当よ。そして製薬工場の研究員として働いていた私は、本部にかけ合って現地工作員の任をもらい受けたの」

 一拍の間を空けたあと、プラムは掠れるような声で本音を漏らした。

「何のためにって? 復讐よ。私は製薬工場を襲った連中に復讐したかった。でも、相手は少なくとも十人以上で武装していた凶悪犯。一介の研究員である私に復讐なんて果たせるはずがない。そこで私は考えたの。本職でもない現地工作員として名乗りを上げ、インドに派遣してくるエージェントに私の願いを叶えてもらおうって」

 プラムはコマンド入力の待機状態である、コマンド・プロンプトの真っ黒な表示画面を見据えながら言葉を続ける。

「だからこれは交換条件。チップの解析をする代わりに私の復讐を手伝ってちょうだい。そんなに悪い話じゃないでしょう? だって私が本部に事実をありのまま報告したら、あなたたちのエージェント人生はお仕舞いよ。だけど、私の復讐を手伝ってくれるのなら本部には一切あなたたち二人の不始末は報告しないと約束する」

 これにはユタラと舞弥もNOとは言えなかった。

 なぜなら、ユタラと舞弥はマイクロチップの暗号を解析する技術を持ち合わせてはいないのだ。

 なのでユタラと舞弥はプラムの交換条件を呑むことに決めた。

 復讐の手伝いをするだけで自分たちの不始末が帳消しになるのなら願ってもないことである。

 交換条件が成立すると、プラムは嬉々として両手の指を動かし始める。

 よほど嬉しかったのだろう。

 先ほどよりも一・五倍はコマンドを入力するスピードが速くなった。

「ねえ、どんな情報が出てくると思う」

 ユタラは場の雰囲気を変えようと舞弥に話しかけた。

「さっきも言ったでしょう。おそらく、チップの中にはあたしたちが知らなければならない貴重な情報が詰まっているはず。ムーナのテロ行為を支援した第三者のこととか――」

「ドクター・カタギリを殺した犯人に繋がる情報とかだね」

 重要な部分を先に言われたことに腹を立てたのだろう。

 舞弥は「そんなことより」と話を逸らしながら人差し指をある人物に差し向けた。

「あれ、いつまでここに置いておくつもり?」

 舞弥の人差し指の先には、健やかな寝息を立てていた美由紀がいる。

「目上の人をあれ呼ばわりしたら駄目じゃないか。ちゃんと東恩納さんって呼ばないと」

「部外者のことなんてどうでもいいのよ。だけど、部外者だからって寝ている女性を路上に捨てるわけにはいかないでしょう。どうするの?」

「どうしようか?」

「あたしに聞かないでよ。あんたの知り合いなんでしょう」

「そんなに親しいわけじゃないんだけどね」

 と、ユタラが苦笑しつつ頭を抱えたときである。

 マイクロチップの解析を終えたプラムが二人を呼んだ。

 ユタラと舞弥は素早くカウンターの裏に回ってラップトップの画面を見る。

「これって……」

 プラム以上に驚愕したのは舞弥だ。

 あまりの内容の凄まじさに瞬きを忘れている。

「ちょっと行ってくる」

 ほどしばらくして、舞弥は利き腕の拳をわなわなと震わせながら呟いた。

「待ってよ。行ってくるってどこへ行くつもり?」

「決まってるでしょう! ムーナと裏で手を組んでいた奴らの本拠地よ!」

「駄目だって。何の対策も練らずに乗り込んでも突っぱねられるだけだ。それどころか、下手をすると名誉毀損か営業妨害で訴えられるかも」

「だから何なの? こっちには証拠のデータがある。これさえあれば――」

「映画のように向こうから降伏する? 冗談じゃない。そんな大事なデータを持って乗り込んだら僕たちごと消されるのがオチさ」

「それじゃあ、どうすればいいのよ? このまま指を咥えて黙っていろってこと?」

「冗談じゃない。連中には相応の報いを受けてもらう。ただ、そのためには警察が僕たちに味方せざるえを負えない状況を作らないと。何たってインドは賄賂が当たり前のように横行している賄賂大国。このデータを警察に持っていっても、おそらく警察は相手に多額の口止め料を求めるだけで何もしない。そこで舞弥に質問。君に警察を味方にできるほどの口止め料が払えますか? 言っておくけど、千ルピーや二千ルピーじゃ利かないからね。それこそ何百万、何千万単位のインド・ルピーがいる」

 無理、と舞弥は悔しそうに下唇を噛み締めた。

「そうだね。何千万なんて大金を用意するのは無理な話だ」

 でも、とユタラは舞弥から視線を外した。

 重苦しい雰囲気の中、一人だけ幸せそうに眠っているフリーライターの美由紀を見つめる。

「彼女を巻き込めば状況が一変するかもしれないよ」
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