もう一度君に会えたなら、愛してると言わせてくれるだろうか

まんまる

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もう一度君に会えたなら、愛してると言わせてくれるだろうか 2

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「アーサー、私はお前の父様のリアンを一度裏切った事がある。たとえ体は裏切っていなくとも、心の裏切りの方が罪が大きいのかもしれない。いいかい、大切な物は失って初めてその存在の大きさに気づく。お前も明日から学園に入る。お前には私と同じ思いはして欲しくないんだ」

「はい、父上」



 
私は、この国の王太子である父上の第一子、第一王子として生まれた。

15歳になった今年、貴族が通う事を義務付けられている学園に私も通う。



「アーサー様ぁ、今日も学食は特別室にご一緒してもいいですかぁ?」

「あなた何言ってるの?アーサー様は私とご一緒されるのよ!」


「まあまあ、君達、それじゃぁ皆で行こうか」

「「きゃあぁ!」」



王侯貴族なら幼い頃から婚約者がいるのが当たり前の世の中で、王族直系男子の私がまだ婚約者を決めていないのは、父上と父様の意向によるものが大きい。
私が成長して、心から愛する者が現れ、生涯を共にしたいと願った時に、婚約を結べばいいと言われている。

とは言っても、私もまだまだ子供だ。両親の言う心から愛する者、の意味がよく分かっていない。
それに王家と婚姻を結べるのは伯爵家以上の者と決まっているとなると、自ずと相手は限られてくる。結局、今候補に挙がっている数名の中から選ぶ事になるんだ。



「アーサー様ぁ、アーサー様がこの学園の生徒の中から婚約者を選ぶって本当ですかぁ?」
「うぅん、おそらくそうなるだろうね」
「きゃっ、やっぱり本当だったんだぁ。じゃあ、公爵家の私が一番可能性がありますよねぇ?」

「はあっ!?マリアさん、あなた何図々しい事言ってるの?」

「まあまあ、それははっきりは言えないよ。公爵家のマリア嬢、侯爵家のリーナ嬢、後、伯爵家のティランが年齢的には近くなるね」
「はぁ!?リーナさんは、まあ分かりますけどティランはありえませんわ」
「マリア嬢、それはどういう意味かな?」
「だってティランって、ただでさえ眼鏡を掛けてて顔がよく見えないのに、髪がぼさぼさで野暮ったいですわぁ。あれで未来の王配だなんてありえませんわ」
「まあ、王家は外交も担うから、どちらかと言うと華やかな人物の方がいいのかもしれないね」
「きゃあ、じゃあ、私がぴったりですわ!」

「マリアさん!あなたは華やかじゃなくて、派手なだけよ!」
「はあ!リーナさん、何ですって!」

「まあまあ、君達、早く食べてしまおうか」



女性が私を巡って言い合いをするのは、正直あまり好きではない。
私がもし王族ではなかったとしたら、おそらく彼女達は私に見向きもしないだろう。

しかし私は王族だ。それも含めて私なのだ。

この世のどこかに、私の全てを愛してくれる者がいるのだろうか。




授業が終わり、荷物を整え、話し掛けてくる学友と少し談笑をして、馬車を待たせてある出口に向かっていた。


ドタッ

「あなた、邪魔なのよ!消えなさいよ!」

何事だ?
私は物音がした方へ行ってみた。

「何をしている?」

そこには床に倒れている伯爵家のティランと、ティランを睨みつける公爵家のマリア嬢がいた。

「何をしていると聞いてる」

「わ、私は悪くないですわ!」

マリア嬢は捨て台詞を吐いて、小走りで去って行ってしまった。

「ティラン、大丈夫か?」

私はティランの手を掴んで、立ち上がらせた。

「何があったんだ?」
「ぼ、僕が勝手に転んだんです。失礼します」

ティランは私の手を振りほどいて、慌ててその場から去ろうとした。

その時、ティランが手に怪我をしているのが見えて、私はもう一度ティランの手を掴んだ。

「待ちたまえ。手に怪我をしている。医務室へ行こう」
「だ、大丈夫です、大した怪我じゃないです」

おそらく本人が言うように大した怪我ではなさそうだったが、私は何故かその手を離したくなかった。

結局、私はティランを医務室に連れて来た。

「あ、ありがとうございます。殿下」
「ティラン、もしかして、いつもこんな事されているのか?」

私が怪我の処置をしながらティランに尋ねると、ティランの肩がぴくりと跳ねた。

「いつからなんだ?」
「えっ?」
「いつからマリア嬢にいじめられているんだ?」
「⋯⋯」
「爵位の事もあるのだろう。答え辛かったら答えなくていいよ。では、明日から私が一緒にいよう。それならマリア嬢も君に手を出せないだろう」
「駄目です!それでは、益々⋯」
「益々?どういう意味だ?」

「殿下、ありがとうございました!」

ティランはその場を誤魔化すように、早口でそう言って頭を下げると、走り去ってしまった。


それから学園でティランを見掛ける度に、私は声を掛けた。
でもティランは周りを気にするように、私に頭を下げると、逃げるように立ち去ってしまう。

ここまでされては、さすがに私も気づく。
おそらくティランは、私が苦手なのだろう。
数少ない私の婚約者候補ではあるが、もうしつこくするのはやめにしよう。



それからしばらくして、ティランを学園で見掛けなくなった。

風邪でも引いたのかと思ったが、ティランの級友に尋ねてみると、怪我をしてもう半月も休んでいると言う。
私は嫌な胸騒ぎがして、その日の放課後、先触れも無しに伯爵家を訪ねた。


「これは王子殿下、今日はどのようなご用件でしょうか」

応対した伯爵は少し驚いた後、すぐに私の用件を察してくれたようだった。

「ティランが怪我をしたと聞いた。容態は酷いのだろうか」
「殿下、ティランはもう学園には参りません。このまま隣国に留学させようと思っております」

「えっ?な、何故だ?」
「お察し下さい、殿下」

伯爵の決意を固めた目で見られては、私は何も言い返す事が出来なかった。
おそらく公爵家が関わっているのだろう。

「伯爵、分かった。だが、一目ティランに会わせてもらえないだろうか。これは友人として、ティランの怪我が心配なんだ」
「⋯分かりました。こちらです」


伯爵は、私を二階の奥の部屋まで案内すると、一礼して去って行った。

扉を叩いたが返事がなく、私はそっと扉を開けて中へ入った。
おろらく奥にあるだろう寝室を探して進んだ。

進んだ先に白いシーツが見えたと思ったら、ふわっと風が入ってきて、人が眠っているのが見えた。

「だ、誰だ⋯?」

そこに眠っていたのは、見た事もない美しい男性だった。

白くて華奢な体をベッドに沈め、細い腕には痛々しい包帯が巻かれていたが、薄茶色のくせ毛が風にふわりと揺れていて、柔らかそうな頬が少し桃色に色付いていた。

よく見ると、枕元にティランがいつも掛けている眼鏡が置いてあった。

「もしかして、ティランなのか⋯?」

その時、長い薄茶のまつ毛がふるふると震えてゆっくりとまぶたが開かれた。

「殿下⋯?」

「ティラン⋯」

「何故、殿下がここに⋯?」

私はティランから声を掛けられたが、呆気にとられて声が出なかった。

ティランはこんなに美しかったのか?
何故今まで顔を隠していた?
何故学園で私を避けていた?

声は出なかったが、心の中では聞きたい事が溢れていた。

どうにか落ち着いたように見せ掛けて、ティランに声を掛けた。

「ティラン、怪我の具合はどうだい?」
「あ、ありがとうございます。わざわざ来ていただいて。もうだいぶいいのですが⋯」
「ティラン、無理して話さなくていいよ。何か訳があるのだろう?私がちゃんと気に掛けていればよかったんだ」
「そ、そんな!殿下のせいではありません!」
「いや、元はと言えば、私の婚約者候補を巡っての事だろう。私のせいだよ」

ティランは私の言葉を聞いて、ゆっくりと心の内を話してくれた。

「僕は、爵位こそ伯爵家ですが、昔から引っ込み思案で、王族と婚姻を結ぶなんてとんでもないです。考えた事もありません。僕なんて婚約者候補でも、おこがましいです。もしかして、父から聞かれたかもしれませんが、僕、叔母のいる隣国に行く事に決めました。殿下、もうお会いする事はないでしょうが、将来、立派な王になってください」

ティランはそう言って柔らかく微笑んだ。

包帯が巻かれた痛々しい体とその微笑みを見て、何故か私は胸がつきりと切なく痛んだ。

その胸の痛みの訳を、その時気付いていれば良かった。




私が伯爵家を訪れてひと月程経った頃、父上に呼ばれた。


「父上、なんでしょうか」
「アーサー、落ち着いて聞きなさい」
「はい⋯」
「今日、伯爵家のティランが隣国へ向かう途中、乗っていた馬車が何者かに襲われ、ティランが行方不明になっているそうだ」
「なっ!?何故そのような!ティランはただ静かに隣国で暮らしたい、それだけだったのに!」
「アーサー、お前はティランに会いに行ったな」
「はい。ティランが怪我をしたと聞いて、様子を見に行っただけです」
「では聞くが、もし怪我をしたのが公爵家のマリアだっなら、お前は彼女を訪ねたか?」
「それは⋯」
「答えられないのが、答えだ。お前にとってティランは特別だっと言う事だ。それは、はたからもそう見えていたと言う事だ。マリアも含めてな。アーサー、人を想うのは理屈でなない。失ってからでは遅いぞ」

私は駆け出していた。

騎士団に行って、ティランの事件の詳細を聞き、
馬で現場まで駆け付けた。


「殿下、ティラン様の事件、御者は何も覚えておらず、目撃者も一人もおりません。捜査が難航しております」

騎士団から一人付いてきた団員が、そう説明したが、私は何か事件の痕跡が残っていないか、現場を見渡した。

しかし、団員が言ったようにそこには馬車の車輪の跡と、馬の蹄の跡が残っているだけだった。


ああ、胸が締め付けられてきしむ。
ティラン、怖い思いをしていないか?
無事でいるか?

何故私はあの時、君を手放せたんだろう。

涙が零れそうになるのを、奥歯を噛み締めてこらえた。


「あ、あのっ、おにいちゃん?」

気付かないうちに5歳位の男の子が足下に来ていて、私を見上げていた。

「君は、私に用事があるのかい?」
「うん!」

私はひざまずいて子供と目を合わせた。

「あのね、お母さんには内緒だよ」
「いいよ、内緒だね」
「僕、かぜひいてて、お母さんに外出ちゃダメって言われたんだけど、お外であそびたくなっちゃって、そしたら、大きな馬車がきて、かっこよくて見てたんだ」
「君は馬車を見たんだね」
「うん。そしたら大きなお馬がきて、こわい人がのってて、僕、草の中にかくれたんだ」
「なっ!?見たのか!」
「うん。でもその怖い人、馬車の中を見て言ったんだ」
「な、何と言っていた!」
「クソっ、だれも乗っていない、って」
「えっ⋯?君、それは本当なのか?」
「うん、そのこわい人、すぐ行っちゃった」


どういう事だ?

私と騎士団員は思わず目を見合わせた。



 私は伯爵邸に馬を走らせた。

「伯爵!ティランはここにいるのではないか?」
「殿下、ティランはここにはおりません」
「しかし、馬車を襲った者が馬車には誰も乗っていなかったと」
「殿下、自ら調べられたのですか?」
「今、現場まで行ってきた」
「殿下⋯、殿下はティランを守ってくださいますか?」
「伯爵、私はティランを愛している。突然何を言うかと言われても仕方ないが、ティランを失っては私は生きていけない」
「⋯ティランは、街の乗合馬車で国境方面へ向かっています。襲われた馬車は囮です」



ティランが生きている!

それだけで私の心は温かい火が灯ったようだった。
私は伯爵に礼を言って、すぐさま馬で乗合馬車を追い掛けた。


あれか?


「止まれぇ!」

私の叫び声で御者が慌てて馬車を止めた。

「すまない!中を見せてくれ!」

私の慌てた様子に、御者はコクコクと頷いた。


「ティラン⋯?」


ほろを被せた荷台の奥に、小柄な人物がマントのフードを目深に被り小さく膝を抱えていた。

その人物は私が呼ぶ声に反応すると、フードを被ったままこちらを向いた。

「殿下⋯?な、ぜ⋯」

「ティラン!」

私は弾かれたように荷台に上がり、ティランを抱き締めた。

「で、殿下!?いけません!こ、こんな、抱擁なんて」

私は弱々しく押し返してくるティランに構わず、力いっぱい抱き締めた。




事件の詳細が分かった。

やはり私がティランを見舞った事で焦ったマリア嬢が、ティランが出国するという情報を得て、賊に襲わせたと言う事だった。

何故マリア嬢がそこまでティランを目の敵にしていたかと言うと、私もうろ覚えだが、私とティラン、マリア嬢の三人は、幼い頃のお茶会で一度会っていたらしい。
その時、ティランの美貌に嫉妬したマリア嬢がティランを突き飛ばしていじめていたのを、私が助けたらしい。
それから、マリア嬢はティランをずっと恨んでいたと言っていた。
身勝手な逆恨みでしかない。

ティランが眼鏡と髪で顔を隠していたのは、伯爵から身を守る為だと言われていたからだそうだ。



マリア嬢は国で一番厳しい修道院に入れられた。
父親の公爵も責任を問われたが、いじめや今回の事件は全てマリア嬢が一人で企てていた事もあり、王家に絶対の忠誠を誓う事でお咎めなしに決まった。





「大切な物は失って初めてその存在の大きさに気づく、か」
「殿下?どうされました?」
「ティラン、生きていてくれてありがとう」
「殿下⋯」

事件も収束して、私は改めて伯爵家を訪ねた。


「ティラン、私は、ティランが行方不明だと聞いて、この身をえぐられる程辛かった。その意味がすぐには分からなかったが、父上に言われて気づいたんだ」
「その意味⋯?」
「人から教えてもらわないと己の恋心にも気づかないような馬鹿な私だが、こんな私でもティランの隣にいる事を許してもらえないだろうか」

「恋⋯、心?」

「ああ、そうだよ。私はティランを愛している」

「殿下⋯、本当?」

「ああ、本当だよ」

「ぼ、僕、小さい頃、殿下に助けてもらってから、ずっと、ずっと、殿下が好きでした。でも、こんな僕、殿下には釣り合わない。ぐすっ」

「ティラン、誰が何を言おうとも、私がティランを守るから」

私はティランを引き寄せ、そっと抱き締めた。

「は、はい」

ティランは静かに泣きながら、私の腕の中で答えを返してくれた。





私とティランは学園を卒業して2年後、国民の祝福の声の中、厳かに結婚式を挙げた。



結婚して10年が経ち、《子授けの水》を飲んでくれたティランとの間に二人の王子と一人の王女を授かった。

まだ幼い子供達だが、もう少し成長したならば、私が父上から教えてもらった大切な事を、同じ様に伝えるだろう。




「ティラン、愛している」

「僕も愛しています、アーサー様」




私はもう二度と後悔しないように、愛しいティランに今日も愛を囁く。




終わり

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