王太子殿下は命の恩人を離したくない

まんまる

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僕はあの時、暴漢が捕えられ、サランが担架に乗せられ運ばれて行くのを、ただ呆然と見ている事しかできなかった。

暴漢が僕を襲った理由は、身勝手で理不尽なものだった。その理由と言うのは、自分の生活が苦しいのは王族のせいだと思い込み、王城に張り付き、誰でもいいから王族を殺す機会を狙っていたというものだった。
僕はそれを聞いた時、悔しくて涙が溢れてきた。
泣きながら拳を強く握り、噛み締めた奥歯がぎしぎしと軋んだ。


「父上、僕、サランに謝りたい!会わせて!」

僕は毎日何度も父上に懇願した。

「レイヴィン、それはできない」

でも返ってくる言葉はいつも同じだった。


僕が城下に行こうなんて言わなければ、サランが大怪我をする事もなかった。
オリバーとコルトンもあれから家で厳しく叱責され、謹慎を言い渡されたと聞いた。
全部全部、街に行こうなんて言った僕のせいだ。

それなのに、誰も僕を責めない。
サランが僕を庇ったのは、臣下として当たり前だと言う人もいた。
まだ10歳のサランが深い傷を負ったのが当たり前だなんて、どうしてそんな酷い事が言えるのか。


僕は悔しくて、悲しくて、サランが心配で切なくて、部屋で一人ずっと泣いて過ごした。


事件からひと月程経った頃、父上とサランの父様のガナー伯爵が二人で応接室に入っていくのを見掛けて、僕は縋るような気持ちで扉を叩いた。

最初は戸惑っていた二人だったけど、何度も頭を下げて頼むと、半分諦めたように僕を部屋に入れてくれた。

「伯爵!サランは目を覚ました?怪我は大丈夫?お願い!教えて!くっ⋯、うっ⋯」

僕はこらえきれずに涙が溢れ出した。

「殿下⋯、サランはまだ眠っております」
「そんな⋯伯爵!でも⋯眠っててもいい!サランに会わせて!」
「申し訳ごさいません、殿下。それはできません」
「ど、どうして!?」
「殿下、サランはとても太っていたでしょう?それに、肌も荒れていました」
「う、うん、でもそんなの関係ない!サランはサランだよ」
「⋯これはサランに口止めされていた事ですが、あの子は原因不明の病気で、あのように太っていたのです」
「えっ⋯?」
「医者が言うには、サランは内蔵の働きが悪く、口にした物のほとんどを体に溜め込んでしまう体質だそうです。あの子もその事を気に病み、あまり外出も好みませんでした。でも、殿下の話し相手に選ばれた時、あの子の笑顔を久し振りに見たんです。それはもう、喜んでいました」

伯爵は急に黙り込んでしまった。

「伯爵?」
「ああ、申し訳ありません。あの子は殿下と会う時は、少しでも自分の姿がおかしくないようにと言って、前日から何も食べない事もありました」
「そ、そんな⋯だからいつもお菓子に手を付けなかったんだ⋯。あの日も、そんな事知らなくて、僕、僕、サランの前でたくさん食べたり、飲んだりして⋯。うぅぅ⋯、うっ⋯」
「殿下、サランなら今の姿を殿下に見せたくないと思うんです。あの子の気持ちを汲んでやってください。お願いします」
「で、でもっ!」

「レイヴィン!!」

伯爵にしつこく縋る僕に、父上が声を荒らげた。
父上が僕を叱るのを、この時初めて聞いた。

「レイヴィン、いいか、サランは今、息をしているが不思議なくらいなんだ」
「えっ⋯?そんな⋯嘘でしょ!父上!」

父上は黙って首を横に振った。

僕が呆然としていると、伯爵が僕の目をじっと見つめてきた。

「殿下、殿下が将来、王になられた時には、どうかサランの事を思い出してください。今回はサラン一人でしたが、あなたの判断一つに、何万もの民の命が懸かっていることを、どうか忘れないでください」

返す言葉が出てこなかった。
僕はなんて愚かだったんだ。

僕は強く拳を握り、泣くのをぐっとこらえ、父上と伯爵に会釈をして部屋を出た。



「サラン、ごめん、ごめんなさい⋯、うぅっ⋯」

僕は部屋に戻り声を殺して泣き続けた。

この世に神がいるのなら、どうかサランの命を助けてください、と何度も何度も祈った。



それからひと月が過ぎ、ふた月が過ぎても、サランが目を覚ますことはなかった。



僕は届くのかも分からない祈りを、毎日捧げ続けた。
そして事件から半年が経った頃、サランが目を覚ましたと連絡を受けた。
僕は何もかも放り投げて会いに行きたかったけど、父上は許してはくれなかった。

僕はもどかしくてたまらなかったけど、サランの家族の事を考えると、父上の判断に従った方がいいと思った。
それに⋯、サランも僕の顔を見たくないかもしれない。



結局サランに会う事は叶わず、もどかしい気持ちのまま半年が経ったある日、父上から話があると執務室に呼ばれた。

「レイヴィン、サランの事だが、静養の為に静かな領地に行く事になったそうだ」
「えっ⋯?領地に⋯?」
「ああ、そうだ。王都に帰って来るかは、サランの体調次第だと伯爵は言っておった」
「そんな⋯では、サランとはいつ会えるのですか?」

父上は黙って僕を見ていた。

「レイヴィンは先日の検査でαだと判明したな」
「はい、父上」
「サランも最近検査を受けたそうだ」
「それが何か⋯?」
「サランはΩだったそうだ」
「えっ⋯?」
「だから、お前達が二人きりで会う事は、今後も叶わないと思いなさい」
「サランがΩ⋯」


僕はふらふらと歩いて、いつの間にか自分の部屋に戻っていた。

「サランがΩ、Ω⋯」

呪文のように何度もサランがΩだと呟いていたら、なぜか胸が締め付けられるように痛くなった。

「何だろう、この胸の痛みは⋯」

この時僕はまだ、この胸の痛みの理由に気付いていなかった。

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