ぼんやり令息はひねくれ王子の溺愛に気づかない

まんまる

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王子の後悔~sideライアス~

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シェラ、すまない。

シェラ、早く会いたい。


シェラ、シェラ、シェラ、愛してる。


俺は伯爵邸からそのまま馬を駆けさせ、ラナン伯爵家の領地に向かった。

馬車より直接馬で行った方が早く着くが、さすがに昨日出立したシェラには追いつかなかった。
それに馬を休まず走らせる訳にもいかず、俺はもどかしさで、ほとんど眠れなかった。

ようやく1週間かけて伯爵家の領地に着いた時には、俺は無精ひげ土埃つちぼこりまみれで、野盗と間違われてもおかしくないような有様ありさまになっていた。

シェラに早く会いに行きたかったが、俺ははやる気持ちを抑え、ひとまず宿を取って、身なりを整える事にした。


「ふぅ、少しはすっきりしたな」

湯浴みを済ませ、髭を剃り、新しい服を調達して着替えた。
王都にあるような貴族用の店はなかったが、ラナン伯爵家の領地もなかなか栄えていて活気があり、服飾を扱う店も多く見受けられた。

「この領地を、シェラが治めるのか⋯。シェラ、無事に着いただろうか」

俺は何故か、シェラが小さくなって泣いているような気がしてならなかった。

伯爵邸を訪ねるのは明日にしようと思っていたが、俺はいても立ってもいられず、馬を駆けさせていた。


先触れは出さなかった。
もし、来訪を断られてしまったらと思うと、出せなかった。それよりも、不躾ぶしつけだとののしられても、シェラに会いたかった。


ドンドンドン

ふぅっと息を整え、伯爵邸の重厚な扉を叩いた。

程なくして、家令と思われる年配の男性が扉を開けてくれた。
俺の顔を見て、ぴくっと眉を動かしたが、中へどうぞ、と言って応接室に案内してくれた。

「突然すまない。シェラに会わせてくれないだろうか。一目だけでいい、顔が見たいんだ」

ソファに座るように促されたが、俺は立ったまま家令に懇願した。

「少しお待ちください」

家令は何も答えず、それだけ言うと、静かに部屋を出て行った。


しばらく待っていると、応接室の扉が叩かれ、家令ではない男性が1人入ってきた。

「エリオット⋯」

目の前に現れたのは、シェラに寄り添っていると聞かされていたエリオットだった。

「ライアス殿下、お掛けください」
「エリオット!シェラはどうしてる!何故会わせてくれないんだ!」

俺が立ったまま、思わず声をあららげると、エリオットは動じる様子もなく、ソファへ掛けるように促した。


「殿下、シェラ殿は、以前のシェラ殿ではありません」
「それは、タウンハウスの執事から聞いている!どんなシェラでも、シェラはシェラだ!」
「殿下は直接ご覧になってないから、そんな事が言えるのです」
「なっ!?」

エリオットは、悔しさをにじませた目を俺に向けた。

「⋯何故、シェラ殿に何の説明もしなかったのですか?殿下はアリス王女の件を、シェラ殿に事前に話すべきでした。たとえ口外できなかったとしても、自分の愛する人に誤解を与えない為にも、そうするべきだったんです」
「くっ⋯」

俺は返す言葉が見つからなかった。

「今更、起こってしまった事を言っても仕方ありません。それに⋯」
「それに?エリオット、何かあるのか?」
「シェラ殿は⋯、殿下を疑ってはいなかったと思います。何か自分に言えない事情があると、きっと殿下が会いに来てくれると、そう思って待っていたんだと思います」
「ならば!」

ならば会わせてくれと、エリオットに言おうとしたが、エリオットがまだ何か言いかけているのに気づいて、ぐっと言葉を飲み込んだ。

「ですが、遅すぎました。一晩中寝ずに殿下を待ち続け、1分が1時間に、1時間が1日にも感じたでしょう。シェラ殿は不安に飲み込まれてしまい、自分の中に閉じこもってしまった⋯」
「エリオット⋯、頼む、シェラに会わせてくれ」

エリオットの絞り出した言葉を聞いて、涙がこみ上げてきたが、拳を握り締めて耐えた。

「殿下⋯、覚悟はしておいてください」
「分かった」

俺はエリオットの視線を真っ直ぐ押し返すように目を合わせ、こくりと小さくうなずいた。



エリオットの案内で廊下を歩きながら、俺はずっと尋ねたかった事を聞く決心をした。誠心誠意、シェラの世話をしてくれているエリオットの事を、もし俺が誤解しているのなら、後で後悔すると思った。

「エリオット、1つだけいいか?」
「はい、と言うか、大方見当はつきますが」
「⋯⋯」
「失礼しました。何でしょうか」
「その⋯、エリオットは、シェラの事⋯」
「ええ、大好きですよ」
「なっ!?」
「私は、シェラ殿が可愛くて仕方ない」
「はっ!?」
「ですが、それは殿下と同じではありません。まあ、可愛いは同じでしょうけど」
「それは、どういう⋯」

「殿下、着きました」

エリオットとの会話に気を取られ、自分達が立ち止まっている事に気づかなかった。

「殿下、シェラ殿を頼みます」

「ああ、シェラの心は、俺が絶対取り戻す」

エリオットは微笑んでいるような、でも泣いているような、そんな複雑な顔を一瞬見せて、俺に一礼して去って行った。



目の前の扉を開けると、シェラがいる。

最後に会った時の、泣き崩れたシェラの顔が、頭をよぎった。

俺は取っ手を強く掴んで、扉を開けた。


部屋に入ってすぐに目に飛び込んできたのは、大きな窓からキラキラと差し込む陽の光だった。


カタッ


俺は物音がした方を、反射的に見た。


「シェラ⋯?」


⋯っ!


光が差す先に、柔らかそうなミルクティー色の髪が見えた。


「シェラっ!!」


シェラは窓辺に置いてある椅子に座り、ぼんやり外を眺めていた。
俺からは後ろ姿しか見えず、急いでシェラに駆け寄った。

「シェラ、会いたかった」

シェラは俺が声を掛けても、ぴくりとも動かなかった。

「これは⋯俺が贈った⋯」

シェラは、俺が贈った大きな犬のぬいぐるみを、ギュッと胸に抱き締めていた。
ライムグリーンの瞳は光を失い、まるで人形が、ただ息をしているだけのようだった。

「シェラ、俺が分かるか?」

シェラには、俺の声がまるで聞こえていないかのように、ずっと窓の外を見ている。
俺はシェラの肩にそっと手を置き、こちらに顔を向かせたが、2人の視線が交わる事はなかった。
シェラは感情が見えない表情のまま、俺の手を振りほどいて、また窓の外に視線を移した。

「シェラ⋯、外が気になるか?」
「⋯ス⋯が、⋯を⋯から」

シェラはわずかに唇を動かして、何かをつぶやいた。

「シェラ、すまない、何と言ったんだ?」
「ライアス殿下⋯」
「シェラ!俺が分かるのか!」


「ライアス殿下が、僕を迎えに来てくれるから」


⋯っ!!!


目頭につんと鋭い痛みが走り、一気に涙があふれ出した。

溢れる涙が視界を塞ぎ、シェラの顔がぼやけて見えない。

あの舞踏会の夜、俺はシェラを迎えに行くと約束した。

ああ、シェラの時間はあの日のまま、止まってしまっているんだ。



シェラは今も、俺を信じて待ち続けている。

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