ぼんやり令息はひねくれ王子の溺愛に気づかない

まんまる

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王子の後悔~sideライアス~

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「うぅ、うぅっ、シェラ、すまなかった。俺はここにいる。シェラが待っているライアスは目の前にいる。お願いだ、こっちを見てくれ」

俺はシェラの手を取り、自分の頬に触れさせた。
シェラの手は温かいのに、だらんと力なく垂れ、まるで血が通っていないようだった。

俺がシェラを傷つけたせいだ。
シェラなら分かってくれるだろうと、シェラなら許してくれるだろうと、何も言わなけば、何も伝わるはずがないのに、俺がシェラをないがしろにしたせいで、シェラの心は壊れてしまった。

何もかも、エリオットの言った通りだった。
俺の顔を見れば、シェラは正気を取り戻してくれると思っていた。
俺の覚悟が甘かったと、シェラと会って思い知らされた。

「シェラ、本当に俺が分からないのか?シェラ、俺を見てくれ」

俺はシェラの柔らかな頬を包んで、こちらを向かせた。

「シェラ、ほら、ライアスだ。シェラ⋯、意地悪ばかりしてごめんな。俺、シェラが可愛くてたまらなかったんだ。本当は優しくしたかった。俺に甘えて欲しかった。俺、俺、くっ、うっ、ごめん、ごめん、ごめん、くぅっ、うっ」

俺は震える腕で、すがるようにシェラを抱き締めた。


「あ、ああ、あああ、シェラあ゙あ゙あ゛!」


いくら泣いても、シェラが俺を抱き締め返してくれる事はなかった。



「シェラ、また明日来るよ」

本当はずっとシェラに付き添っていたかったが、夕餉ゆうげの時間になり、このままいたら、伯爵家の者に気を遣わせてしまうと思い、今日はもう宿に帰る事にした。
俺は別れ際に、シェラの額に口付けをして部屋を出た。

階段を降りると、広いエントランスに伯爵とエリオットが待っていた。
俺は伯爵に謝らなければならないと思い、口を固く結んで伯爵の前に歩み寄った。

「伯爵、俺がシェラへした仕打ちのせいで、シェラを傷つけてしまった。本当に申し訳なかった。俺がやった事は、到底許されるものではない。すべて俺が未熟だったせいだ。すまない」

俺は、伯爵に頭を下げようとして、制止された。

「殿下、謝罪は必要ありません。確かに、シェラは殿下の言動が原因で、心を壊してしまった。ですが、私は遅かれ早かれ、こうなるのではないかと危惧していました」
「⋯っ!」
「殿下、誤解なさらないでください。シェラの性格では、腹の探り合いが当たり前の貴族社会に馴染むのは難しかったでしょう。シェラが家督を継いだ後、苦しむ姿が容易に想像できます。いつ、心を壊してもおかしくなかったのです。ただ、それが私が思うより早かった、というだけです」

伯爵は、自分に言い聞かせるように、一言一言を喉の奥から絞り出した。
きっと、そうでも思わないと、伯爵は悲しみに飲み込まれてしまうのだろう。
愛する人から認識してもらえない、あの空虚な悲しさは、私も痛い程よく分かっている。

俺はまた涙がこみ上げてきた。

「幸い、殿下とは正式に婚約を結んでいません。殿下、どうかもう、シェラの事はお忘れ下さい」
「なっ、何故だっ!?」

伯爵の口から思いもしない言葉が出てきて、俺は思わず大声で叫んだ。

「伯爵家の仕事は、エリオットに全て引き継ぐ事になっております。元々、エリオットの父親とは旧知の仲でして、もうすでに、エリオットはシェラの補佐となるべく、我が家に仕えております。シェラが動揺するといけないので、本人にはまだ伝えてはいませんでしたが。ゆくゆくエリオットには、この屋敷の家令を任せる予定です」

そう言う事だったのか。
前に側近から聞かされたエリオットの噂は、ただの勘違いだったという事か。
エリオットが俺の側近の話を断ったのも、これで合点がいった。

エリオットの誤解は解けだが、シェラとの事は、伯爵の提案を受け入れる訳にはいかない。

「伯爵、俺にこんな事を言う資格はないが、シェラが元通りになるまで、ここに通わせてくれないか?」
「お気持ちは嬉しいですが、医者からは、元に戻るのは難しいと言われています。戻るにしても、長い時間が必要だと」
「それでも構わない!シェラは今でも俺を待っているんだ。シェラが深く傷ついたまま、俺を待っているなんて耐えられない。だから、俺が絶対、シェラの心を取り戻す」

シェラが俺を待っていてくれるのなら、俺が必ずシェラの瞳に再び光を宿らせ、あの天使のような笑顔を取り戻す。

「伯爵、頼む!」

俺は深く頭を下げた。

伯爵は、そんな俺を制止せずに見ていた。
しばらくの間沈黙が流れ、伯爵が口を開いた。

「殿下、分かりました。しかし、公務はいかがなさるのですか?」
「それは気にしなくていい。ここ数年、休みなしに働いてきたから、父上から、いい加減休めと言われていたんだ。まあ、無茶をしていた自覚はあるが、そうでもしないと、シェラに会いたい衝動を抑えられなかったからな。俺の頭の中は、いつもシェラでいっぱいなんだ」

俺は自分で言って恥ずかしくなったが、俺の本音を聞いて、伯爵は柔らかく微笑んでくれた。

「殿下、それでしたら、どうぞこの邸においでください。王城のような、十分なもてなしはできませんが、その方がシェラも喜ぶと思います」
「い、いいのか?!」
「はい、是非」
「伯爵、感謝する!」


俺は急いで宿に戻って少ない荷物を手を取ると、シェラの待つ伯爵邸に、馬を駆けさせた。

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