異世界で魔族が全滅してるらしいが、俺は普通にゴルフしてるだけ ~無能扱いされた男が 、距離だけで世界を変える話~

ぬこまる

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7 この世界が、なぜ近づいて戦ってきたのか

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城下町の朝は、本来ならパンの匂いから始まる。

焼き上がる生地の甘い香り、屋台の煙、遠くの笑い声。  
芝域から吹く風がそれを運び、腹の虫を起こす――はずだった。

今日は違う。

鼻に刺さるのは、焦げた木と湿った土の匂い。  
鐘が低く鳴り、兵士の号令が町を走る。

「避難だ! 子どもを先に!」  
「荷物は最低限! 井戸の方へ!」  
「手を離すな! 走るな!」

人が流れる。  
母親が子どもの手を引き、老人が杖を突き、商人が荷を抱え、泣き声が混じる。  
慣れている動きだ。慣れているからこそ、胸がざわつく。

――この町は、ずっとこうして生き残ってきた。  
毎回、前に立つ人がいて、後ろで守られる人がいて、それでも怖くて、でも逃げ切って。

(……今日も、同じ朝だ)

芝域の端に立つ俺は、足元を見た。  
朝露はほとんど残っていない。芝は均一で、踏み込みも素直。  
転がりは良好だが、強く当てれば跳ねる。

ゴルフ雑誌なら、こう書くだろう。

「一見穏やかだが、判断を誤ると取り返しがつかないコンディション」

今日は、まさにそれだ。

隣に浮いている妖精シルフィが、いつもより低い声で言った。

「いや」

「うん、俺も嫌だ」

風が止まり、鳥の声が薄い。  
自然が「来る」と告げている。

背後で、ガルドが半歩、位置を変えた。  
剣には触れない。視線だけが遠くへ滑る。

「……来る」

「数は?」

「多くない」  
「だが、動きが揃っている」

揃っている。作業みたいだ。  
魔族が機械的に動くときは、被害が出やすい。



町の外縁、土塁の前には、すでに冒険者たちが集まっていた。

盾と剣の男が前に立つ。  
鎧は継ぎはぎで、何度も直した跡がある。  
それでも姿勢は崩れていない。

男はちらりとこちらを見て、短く言った。

「……お前、芝野郎!」

「ナオキです」

「ブロック・ザインだ」  
迷いなく名乗る。  
「ここは俺が抑える」

名乗る暇がない場所で、名乗る。  
それだけで、この人が何度もここに立ってきたのが分かる。

ブロックは前を見たまま、歯を食いしばるように言った。

「近づかないと、魔族は止まらん」

「そうですよね」  
俺は否定しない。  
それが、この世界の積み重ねだからだ。

その横で、杖を持つ女性が息を整えていた。  
ローブの袖は擦り切れ、指先がわずかに震えている。

「結界、張ります」  
少しだけこちらを見る。  
「エルネス・リオーネです」

「長くは持ちません」

声の裏に、疲れがにじんでいる。

「ありがとうございます」  
俺が言うと、エルネスは一瞬、目を丸くした。

それから、ゆっくり息を吐く。

「……礼を言われるの、久しぶりです」

高台から声が飛ぶ。

「射程に入ったら削る!」

弓を構えた青年だ。構えが綺麗で、軸がぶれない。  
風を読む目が鋭い。

「カイ・ヴァルドだ」  
短く名乗る。  
「弓を使ってる」

それは誇りだった。  
この世界で、弓は遠距離の象徴だから。

だがカイは、すぐ続けた。

「盾と岩陰が増えると、どうにもならん」  
「角度が足りない」

遠距離最強格の言葉が、限界を示していた。



魔族が姿を見せた。

岩陰から、黒い影が滑るように現れる。  
盾持ちが前、散開、前進。  
動きが揃っている。やはり作業だ。

「来るぞ!」  
ブロックが叫ぶ。

剣がぶつかり、盾が弾く。  
金属音が生々しく響く。

エルネスの結界が薄い膜のように広がり、前線を支える。  
だが、その膜がじわじわ削られていくのが目に見える。

カイの矢が飛ぶ。  
ヒュッ。

一体、倒れる。  
だが盾持ちは止まらない。岩陰の個体には矢が届かない。

「くそっ……!」  
カイが歯を噛む。  
「射程は足りてる! でも角度がない!」

避難する列がざわめく。  
子どもが転び、母親が抱き上げる。  
老人が足をもつれさせ、兵士が肩を貸す。

(ここで押されたら、町が燃える)

俺は前に出ない。  
前に出た瞬間、俺は「増える」側になる。

ガルドが半歩後ろで言った。

「……ここでいい」

「距離、足りる?」

「……問題ない」

シルフィが短く言う。

「いま」



少し離れた場所で、低い声がした。

王レオンハルトだ。隣にはドラン。  
二人とも芝ではなく、町を見ている。

レオンハルトは戦況を見ながら言った。

「弓も魔法も、研究した」  
「槍投げも試した」

ドランが続ける。

「投げる武器も作った」  
「投石機もな」

「うまくいったんですか?」  
俺が聞くと、ドランは首を振った。

「当たらん」  
「重さが違う」  
「形が違う」  
「投げる人間も違う」

ドランは淡々と締める。

「再現できない」

レオンハルトが静かに言った。

「一部は倒せても……」  
「全滅させられた戦法は、ひとつもなかった」

ガルドが小さく。

「……だから、近づくしかなかった」

シルフィが苦い香りで囁く。

「だから、いたい」

(この世界は、ずっと“届かない”と戦ってきたんだ)



俺は構えた。

派手に壊さない。  
町を燃やさない。  
でも今日は、ここで終わらせる。

「近づかない方が、楽なんだよな」

振る。

カン。

軽い音。  
だが弾は、迷いなく飛ぶ。

一発目。盾持ちの足元手前。  
ドン。隊列が揺れる。

二発目。岩陰の裏。  
ドン。隠れていた魔族が崩れる。

三発目。後列。  
ドン。逃げ場がなくなる。

四発目。五発目。六発目。

同じテンポ。  
同じ間隔。  
同じ距離。

風が、ほんの少しだけ背中を押す。

結果は、はっきりしていた。

ブロックが剣を下ろす。  
周囲を見回し、息を吸う。

「……数が合わない」

もう一度、ゆっくり見回す。

「……魔族、全部倒れてる」

エルネスが結界を解く。

「魔力反応……ありません」

カイが矢筒を下ろす。

「逃げたやつはいない」  
「一体残らずだ」

遠くで商人が叫ぶ。

「宝石が落ちてるぞ!」  
「鉱物も! 回収だ!」

魔族は全滅。  
町は無傷。



一瞬の静寂。

それから、町の空気が一気に戻った。

「助かった!」  
「生きてる!」  
「ありがとう!」

人々が泣いて、笑って、手を叩く。

ブロックは剣を収め、俺を見る。

「……助かった」

それだけだ。  
自分を貶める言葉は出さない。

俺はすぐに言った。

「前に立ってくれたからです」  
「剣がなかったら、町は残ってません」

ブロックは一瞬驚き、それから、ゆっくり背筋を伸ばした。

エルネスが小さく笑う。

「支えてきた時間が、無駄じゃなかったんですね」

カイが頷く。

「弓は削る」  
「止めるのは、後ろだ」

レオンハルトが静かに言った。

「記録されるべき戦い方だ」

ドランが腕を組む。

「工房冥利に尽きる」

シルフィが青い匂いを返してくる。

「みんな、すごい」  
「芝、うれしい」

ガルドが視線を逸らして言う。

「……よくやった」



戦が終わり、避難していた人たちが戻ってくる。

泣いていた子どもが走り、屋台の火が再点火される。  
ローナの声が響く。

「今日はスープありますよー!」  
「おかわりもあります!」

(町が燃えなかった証拠だ)



そして、芝域の端でドランが地図を広げた。

布の上に、街道、森、丘。  
黒い印がいくつもある。

ドランが指を置いた。

「魔族が荒く掘ってる場所だ」  
「鉱物も、宝石も、植物も……全部だ」

「採掘か」  
レオンハルトが眉をひそめる。

「荒削りだ」  
ドランは顔をしかめる。  
「掘って、集めて、次へ行く」  
「このままだと土地が死ぬ」

シルフィの香りが、また苦くなる。

「やりすぎ」  
「ほどほど、だいじ」

「ほどほどって?」  
俺が聞く。

「芝が泣かないくらい」

(基準が芝だ)

レオンハルトが静かに言った。

「町だけでなく、この土地を守る必要があるな」

ガルドが地図を覗き込む。

「……距離は?」

ドランが答える。

「遠い」  
「弓の距離じゃ足りない」

全員の視線が、自然に俺へ集まった。

俺は芝を踏みしめた。

(次のホールか)

だが今日はここまでだ。

「まあ、また明日考えましょう」

シルフィが頷く。

「うん」  
「きょうは、ここまで」

夜、町に灯りが戻る。

誰かが叫ぶ。

「魔族、全滅です!」  
「一体残らず!」

拍手と歓声が起きる。

俺は頭をかいて笑った。

「普通にゴルフしてるだけなんだけど……あはは」

芝は静かだった。  
でも地図の上には、次の行き先がしっかり残っていた。
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