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8 風を読む妖精と、完璧な一振り
しおりを挟むガルドの家での朝は、相変わらず静かだ。
家の裏手にある小さな空き地。
芝域ほど整ってはいないが、踏み込んだときの反発は悪くない。
地面は少し乾き、昨日よりも風が軽い。
――素振りには、ちょうどいい。
俺は木製クラブを構え、ゆっくりとアドレスに入った。
足幅は広すぎず、狭すぎず。
膝は柔らかく、背筋は伸ばすが力は抜く。
ぶん。
トップで一瞬、止める。
慌てない。
手で上げない。
体の回転に、ただ任せる。
肩の上で、妖精シルフィがふわりと浮き直した。
「風、みぎから」
「つよくない」
「いま、いい」
「了解」
妖精が風を読む声は、いつも短い。
でも、無駄がない。
ゴルフ雑誌のコラムを、三語に圧縮したみたいだ。
ガルドが少し離れた位置から、じっとこちらを見ている。
いつも通り、距離と立ち位置を確認する目だ。
「……問題ない」
一言だけ。
それで十分だ。
◆
そこへ、私服の女性が庭の入口に立った。
フードを深く被っているが、立ち姿で分かる。
あの気品は隠しきれない。
ガルドが一瞬、目を見開いた。
「……!?」
「し、静かに……!」
フードが外れる。
「……リリアーナです」
「姫様?」
「今は……リリアーナで」
完全にお忍びだ。
リリアーナは、俺の構えをじっと見ていた。
「……その姿勢、とても落ち着いていますね」
「ありがとうございます」
「急がないようにしてるだけです」
「力を入れていないのに……」
「遠くまで届きそうです」
「力を入れると、だいたい失敗するんですよ」
リリアーナは小さく笑った。
「……不思議です」
肩の上でシルフィが首を傾げる。
「トップ、きれい」
「それ、どこで覚えたの?」
「ちょっと、しらべた」
「研究してたんだ?」
「うん」
「いいと、おもって」
ガルドが腕を組んだまま言う。
「……理解できない」
「まあ、妖精だし」
ガルドは納得していないが、これ以上は突っ込まない。
◆
その空気を、破る声が響いた。
「……たすけてください……!」
庭に駆け込んできたのは、泥だらけの若い女性だった。
息は切れ、膝をつき、涙で顔がぐちゃぐちゃだ。
「大丈夫」
俺はすぐにしゃがみ、水を渡す。
「ここまで来た時点で、十分です」
「……ミアです」
「村の娘……ミアです……」
「村に……魔族が……」
「男の人たちは……みんな、残って戦ってます……!」
ガルドが即座に立ち上がる。
「……行く」
シルフィがふわっと前に出る。
「いこ」
リリアーナは一瞬だけ唇を噛み、すぐに頷いた。
「……お気をつけて」
「はい」
◆
村は、小さかった。
畑、低い柵、納屋。
戦う場所じゃない。
守るための場所だ。
畑の向こうで、男たちが必死に踏ん張っている。
そこに、見慣れた顔があった。
「……また会ったな、芝の人」
剣士ブロック・ザインだ。
「今度は村ですね」
「相変わらず、いいところに来る」
エルネスが息を整えながら言う。
「ナオキさん……結界、張ります」
「前より薄いですが……」
「十分です」
「時間があれば、後ろは任せてください」
高台を探していたカイが、渋い顔をする。
「角度が悪い」
「畑と納屋で、矢が通らん」
「了解」
俺は短く返す。
ガルドが地面を見て、距離を測る。
「……この位置」
「完璧だ」
完璧。
それだけで、十分だ。
シルフィが風を読む。
「かぜ、ひだりから」
「すこしだけ」
「いま、のせる」
◆
工房ドランが用意した、金属の玉を取り出す。
丸く、均一で、重さも揃っている。
表面は磨かれ、光を反射している。
――いい玉だ。
アドレスに入る。
足裏で地面を感じ、
腰を回し、
肩を遅らせ、
手首は最後まで我慢。
シルフィが囁く。
「インパクト、まっすぐ」
ガルドが言う。
「……距離、ちょうど」
振る。
カンッ――!
澄んだ、乾いた音。
木製クラブと金属玉が、完璧に噛み合った音だ。
玉は一直線に飛ぶ。
風に、わずかに乗る。
――そして。
「グハッ!!」
魔族の頭に直撃。
大袈裟なくらい後方へ吹き飛び、畑を転がる。
「なっ……!?」
二体目。
カンッ!
「グオォッ!」
三体目。
カンッ!
「ギャアッ!!」
同じ間隔。
同じ軌道。
同じ結果。
魔族が、次々と **頭から倒れていく**。
冒険者たちが唖然とする。
「……おい」
カイが呟く。
「全部、頭だぞ」
「狙ってます」
俺は淡々と言う。
「一番、分かりやすいので」
ブロックが笑った。
「分かりやすすぎるだろ!」
シルフィが満足そうに言う。
「いい、おと」
「ありがとう」
ガルドが短く言った。
「……完璧だ」
最後の一体。
カンッ!
「グハァッ!!」
地面に倒れ、ぴくりとも動かなくなる。
エルネスが息を吐く。
「魔力反応……ゼロです」
カイが矢筒を下ろす。
「逃げたやつはいない」
「……全滅だ」
◆
次の瞬間だった。
「助かった!!」
「生きてる!!」
「すごいぞ!!」
冒険者たちが一斉に叫ぶ。
ブロックが俺の肩を叩く。
「お前……」
「反則だろ、あれは!」
エルネスが深く頭を下げる。
「ありがとうございます……!」
「命拾いしました……!」
カイが興奮気味に言う。
「遠距離で!」
「しかも、再現性ありで全滅だぞ!?」
村人たちが集まり、口々に礼を言う。
「英雄だ!」
「村を救った!」
ミアが震える足で近づく。
「……ありがとうございます……」
「お父さんも……みんなも……」
「村を守っただけだよ」
俺は頭をかいた。
「普通にゴルフしてるだけなんだけど……あはは」
温度差がひどい。
◆
その夜、ガルドの家に戻った。
簡単な祝勝会だ。
スープと、村の野菜。
リリアーナが湯気を見つめて言う。
「……見事でした」
「そうですか?」
「はい」
「でも……とても、静かでした」
「ゴルフなので」
そのとき、外が少し騒がしくなる。
「リリアーナ様!」
「どこにおられますか!」
家来たちの声だ。
リリアーナが小さく肩をすくめる。
「……そろそろ、帰らないと」
「また来てください」
俺が言うと、リリアーナは少しだけ微笑んだ。
「……はい」
肩の上で、シルフィが首を傾げる。
「……あれ」
ガルドが言う。
「……我々、邪魔か?」
「やめてください!!」
リリアーナの声が響いた。
その夜、村は燃えなかった。
魔族は全滅した。
俺は、ただゴルフしていただけなのに。
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