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しおりを挟む「社長、お疲れ様でした」
「気をつけて帰るんだよ。彩人くん」
はい、と返事をする僕はにっこりと笑った。
手を振るおじさんも笑顔で返してくれる。
彼は僕が働いている職場の社長さんだ。
太っても痩せてもいない四十代。
先代から継承した、自動車の内装部品を、制作する会社を経営している。
本当にいい人で、高卒の僕を快く採用してくれた。
ちょうど“ 男 ”の秘書を探していたらしい。
というのも、面接の際にその経緯を聞いて、非常に驚いたことを思いだす。社長がいうには、なんと、
「以前働いていた女の秘書が不倫をしやがった。しかも、職場の男性社員、複数人と関係を持っていたというからびっくりだろ? まったく、どいつもこいつもけしからん……」
というのだ。
「色気のある女は仕事の邪魔だっ」
なんて、付け足す社長の声が裏返っていたのを、よく覚えている。
社長はしてませんよね?
という質問が喉元まで出かかったが、やめておいた。
一応、面接中の身分。
変なことを訊いて、やっぱり不採用だ、なんて言われらシャレにならない。
だから僕は、えびす様さながら終始笑顔を絶やさなかった。
ニコニコするだけなら、子どもの頃から割と得意だし、人当たりの良い声にも、自信はある。
そして、僕は社長の秘書として働くことになった。
入社して半年。業務が滞ることはない。
社長のスケジュール管理は電話とメールでサクッとできるし、社長に会いにくるお客様のヨイショもできる。
適当に服装など持ち物を褒めて、相手にマウントを取らせてしまえばいい。
あと、社長を送迎する高級セダンの運転も慣れたもので、好きなアニソンを流すことさえ可能。布教活動が功を奏し、たまに、社長もリズムにのるときがあって微笑ましい。
社長、アニオタ化計画はちゃくちゃくと進行中である。
と、まあそんな感じの日々を送り、現在にいたるわけだが……。
退社時刻は午後五時半。
今日は金曜、明日は休み、身体は癒しを求めている。
「うーん、つかれたつかれた……ん?」
ふいに視線を感じた。
道すがら、まだ働いている男性社員さんたちが僕のことを見ている。
その目は、ぽわんと惚けてハートマークが浮かんでいるような、そんな錯覚があった。
僕はただ下を向いて歩く。
「社会人になってもこれか……」
そう呟きながら、目立ちたくないって思う。
なぜなら僕の見た目は、ふつうじゃない。
身長一六七センチ、女の子みたいに華奢な身体。
さらさらのボブヘア、長いまつ毛。
瞳は猫のように大きくて、肌は雪のように白い。
したがって、ちゃんと男物のブラックスーツを着ているのに、声をかけられる言葉が……。
「アヤちゃーん、おつかれ~」
これである。
すると、男性社員さんみんなの笑顔が集まり、
「おつかれ~」
なんていって、みなさん手を振るので、びっくりしてしまう。
「あ……お先に失礼します」
そう告げた僕は苦笑いを浮かべた。
彼らに、小さく手を振って会社の正門へ向かう。
歓喜の声を上げる男性社員さんたちを横目に、僕はただ下を向いて歩く、あまり目立ちたくはない。
会社には徒歩で通勤している。
入社して半年になるが、大通りを歩くよりも、家までの近道を発見していた。
会社の近くにある河川敷を歩けば家まで十分足らずで着くのだ。
よって、僕は雨の日以外は、のんびりと河原の道を歩くことにしている。
健康にもなるし、眺める景色もいい。
歩道には、伸び切った夏草が枯れはじめ、ススキが顔を出している。涼しい風とともに、しっとりと秋の到来を感じさせた。
風に舞うススキ、虫の音、夕暮れに染まる茜空……。
すると、そんな景色のなかで、ニィ、ニィ、と小さな動物の鳴き声が聞こえてきた。
おや? と思い首を振ってみる。
どうやら、音の主は河川敷のほうからだった。
もしかしてと察し、おずおずと歩み寄ると、やはりダンボール箱を見つけた。
なかには……。
にゃん、にゃんと鳴く猫が一匹いた。
「か、かわいい……」
僕はダンボール箱ごと拾い、家まで歩く。
しかし、家の前について立ち尽くしてしまった。
うちは十階建てのマンションだったからだ。
ダメもとで、母に飼ってもいいか訊いてみるが、
「かわいいけど、ダメよ~」
と、やんわり断られた。
どうしようと相談すると、おばあちゃんの家で飼ったら? とアドバイスされた。
「じゃあ、土日はおばあちゃんちに泊まるよ」
そう僕がいったら、母は親指を立て、
「お父さんには私から伝えておく」
と言った。
段取りが決まり、さっそくダンボール箱を抱えて祖母の家まで駆けだした。
道すがら聞こえる、にゃん、にゃんという猫の鳴き声は、
“ ありがとにゃ ”
と感謝しているような、そんな錯覚があった。
僕は微笑みながら歩いた。
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