竜の生贄になった僕だけど、甘やかされて幸せすぎっ!【完結】

ぬこまる

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 獣人旅館は静寂な闇に包まれていた。
 歩くには行燈の灯りだけが頼りで、リュウの部屋から出た僕は、おずおずと廊下を歩いている。ひとりぼっちだと、なんだか心細い。

「イナリに迎えに来てもらえばよかったな……」
 
 ここは魔界だ。
 バケモノが現れたらどうしよう。
 そう思い、僕はぶるっと肩を振るわせた。
 それでも、リュウから人間界に帰る許可が下りたので、どうしたって運ぶ足も速くなる。
 
「うぅ、怖い……さっさと帰ろう」
 
 そうぼやきながら、僕はロビーに足を踏み入れると受付に手を置いた。
 だが、イナリの姿はない。
 おや、どこにいったのかな?
 と思い、首を振って辺りを見回す。
 やはり、誰もいない。

「おかしいな」

 首を傾けていると……。
 ぴょん、と受付に小柄な動物が飛び乗ってきた。
 
「わあぁ!」

 思わず、僕は叫んだ。
 心臓が飛び跳ね、でーんと尻餅をついてしまう。

「イテテ……」

 すると小動物は、コンコンと笑う。
 聞き覚えのある声だった。男なのにお姉さんのような口調でしゃべる狐人。

「え? あなた、イナリなの?」
「はい。びっくりさせて申し訳ありません、アヤ様」

 なんと、イナリは子ぎつねになっていた。
 黄金色のモフモフとした皮毛、大きな尻尾にツンとした耳、それに愛くるしい目を細め、僕のことを見つめている。
 
「なんだイナリか……でも、なんで狐に?」
「もともと私は狐なんです。深夜れい時を回りましたので、一度、元の姿に戻り、コンディションを整えていたのです。妖気も蓄えたいですからね」
「ふぅん、なんかよくわからないけど、すごいな」

 コンコン、と笑うイナリは、喉を震わせるように話した。
 
「ところでアヤ様。人間界に帰っても良いと、リュウ様は許可してくれましたか?」
「うん、自由にしていいって。あと、また召喚してほしいならイナリに頼めといっていた」
「おお、それはおめでとうございます」
「あんまり嬉しくないけど……」
「リュウ様は、アヤ様のことを好きになったみたいですねえ。ああ、やれやれ、男を召喚した時はどうなることかと思いましたが、やはり私の目に狂いはなかった。アヤ様の先祖はおそらく……」

 言葉を切るイナリは、くるっと横を向いた。もふっとした金色こんじきの尻尾を踊らせて、
 
「いや、やめておきましょう……」

 と、やけに無情なことをいった後、さらにつづけた。

「アヤ様は人間界に帰還したら、もう二度と獣人旅館には召喚してこないでしょうから、ルーツを教えたところで無用なことですね……」

 うーん、と僕は思案してから、いや、といって首を振った。

「また来てもいいけど」

 僕の答えを聞いた瞬間、イナリは軽快に跳ねて喜んだ。
 予想外の幸運なのか?
 期待通りの展開なのか?
 彼の心境は定かではないが、どちらにしても、僕はイナリの手のなかで踊っているような、そんな錯覚があった。
 
「本当ですか?」イナリは訊く。
「うん」
「ありがとうございます。では、召喚してほしいときは、そうですね。またあの仏間でお参りしてください」
「わかった」
 
 コンコン、とイナリは目を細めて笑う。その仕草が可愛らしい。
 
「では、祭壇にて魔法陣を描きますゆえ、しばらくここでお待ちください」
「わかった」
「決して覗いてはいけませんよ……」
「なにそれ? 鶴の恩返し? いや、狐か」

 コンコン、と笑うとイナリは、ぴょんと受付から飛んだ。
 着地する姿は、獣の特性を活かした柔軟性があってかっこいい、ずっと狐の姿でもいいのに。
 
「ふぅ……これで帰れるな……」

 ロビーで待たされた僕は、とりあえずソファに座る。
 ふと、壁に掛けられた水墨画を見つめた。
 墨で描かれた竜が、爛々と瞳を輝かせ、天空に舞う。

「まさか、これがリュウの真の姿なのか?」
 
 好奇心が湧きあがる僕は、導火線に火がついたように駆け寄ると、まじまじと鑑賞した。
 
「すごい……」

 水墨画の大きさは、縦は二メートル、横は一メートルほど。
 山河と朧雲おぼろぐものなかに竜が舞う、黒と白で表現された芸術の世界。墨の濃淡、ぼかされたグラデーション、走る筆の強弱が、繊細かつダイナミックな印象を与える。
 静寂のなか、ふと隣にあった本棚に目を移す。
 重厚感のあるアンティークな本棚だった。
 ロビーの待合で時間潰しのため、用意されているのだろう。
 並べられている小説は、どれも古書だ。
 一冊抜いて、読んでみる。
 芥川の作品だった。
 ぱらっと最後のほうまでめくる。
 発行日を見て驚いた。一九二〇年と載っているではないか。
 さらに頁をぱらぱらとめくっていく。
 すると、はらりと一枚の紙片が落ちた。

「なんだろう?」
 
 はっとした僕はセピア色の紙を拾い、折り目を開いて読んだ。
 
 
  親愛なるリュウ様へ
   
  召喚して頂き、ありがとうございます。
  初めのころは、戸惑ってばかりでしたが、
  あなたに愛されれば、愛されるほど、
  もっと獣人旅館に居たい思いが強くなります。
  ですが、私は人間界に帰らなければいけません。
  許嫁がいるのです。
  近々、婚礼が控えております。
  お許しください、リュウ様。
  それでも、また召喚してくださるのでしたら、
  私は心からあなたに奉仕します。
  この手記は読まれなくも、別にいいのです。
  ただ、私がいたことを残したくて、小説に挟みます。
  私は百年に一人の生贄。
  未練を持つのはよくありません。お互いに。
  それでは、くれぐれも内密にしてくださいませ。
               
                       和香


「こ、これは!?」

 僕の頭に衝撃が走った。
 手記の作者は、和香。その名前に覚えがあった。たしか、祖母の話に登場した人物だったような、そんな気がして記憶を探っていると、はっと思い出した。
 
「和香さんは、僕の高祖母だ……」

 するとそのとき、廊下のほうから一匹の狐がやってきた。
 四つ足で歩く姿が可愛らしい。
 僕のところまで近づくと、ぺたりと腰を落とした。
 
「アヤ様、魔法陣が描けましたゆえ、いつでも召喚できます」
「……」

 僕は沈黙してしまった。
 ふいに下を向いて、手記を丁寧に折りたたんでから、浴衣の懐にしまう。はあ、とため息を吐いてから、ゆっくりと顔をあげ、
 
「僕は、やっぱり……」

 とイナリに声をかける。
 
「どうしました? アヤ様」
「明日、帰ろうかな……」

 細い狐目が、大きく開かれた。
 
「おお! それは嬉しい!」
 
 コンコン、と笑うイナリは、ぴょんと僕の胸に飛びこんできた。
 
「わっ!」

 あわてた僕だったが、腕を曲げて抱っこしてやる。
 丸まった子ぎつねは、まるでぬいぐるみのような感触で、モフモフとした毛皮をなでると気持ちがいい。思わずぎゅっと抱きしめると、温もりを感じた。
 
「か、かわいい……」

 と、僕は頬が緩んだ。
 すりすり、とイナリは鼻先を僕の胸に擦りつけた。

「その笑顔をリュウ様に見せてあげてください。きっと喜びます」

 僕はそのまま笑顔で返した。すると、イナリはさらに、
 
「じゃあ、今日はこのまま一緒に寝ましょう」
「はあ?」
「私もぜひアヤ様の添い寝を堪能したいのです」
「……ふぅ、やれやれ」

 僕は、すっとイナリを床に置いた。
 はあはあ、と呼吸を荒くする狐のイナリ。
 うーん、百歩譲って動物と寝るのはいいとして、イナリは変身を解けば大人の男、もしも襲われたら敵わない。したがって、一緒に寝るのは、ちょっと考えられない。
 イナリは狐だけあって侮れない狡猾な男である。ああん、そんなに可愛いく尻尾を振らないでほしい……かわいいから、やめて!
 
「アヤ様、私にも癒しをください!」
「やだよー」

 僕はぺろっと舌を出して踵を返し、自分の和室へと足を向けた。
 
「コーン!」

 イナリの雄叫びが獣人旅館に響いていた。
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