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エピローグ
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しおりを挟む明日から仕事はお休み。
なんて素敵な言葉だろう。自宅に帰るつもりはない。
母親には、おばあちゃんの家に泊まる、とメールを送信。
「さて、目指すは獣人旅館!」
僕はバックを、よいしょと肩にかけて歩き出す。
まず向かった先は駅前の花屋さん。
店先に並んだ色鮮やかな花を愛でながら、ひょこりと店の中へと入る。
こじんまりとした花屋さんである。
すると、女性店員が僕の顔を覚えてくれていたのか、花屋さんの文字通り、彼女は花が咲いたように笑顔になった。営業スマイルにしてもよき、男心を揺らすにしてもよき、この花屋さんは足繁く通おうと、心に決めた。
すると彼女が、奥の棚から赤い花を取り出してきた。獣人旅館で貰った山茶花を加工して、プリザードフラワーにする依頼をしていたのだ。リュウとの思い出の花を、枯れさせたくはない。
惜しみなく、料金を支払う。
プリザードされた山茶花は綺麗にラッピングされ、手提げの紙袋に入れてあった。
僕は笑顔で受け取ると店を出た。
外はひんやりと暗くなり、すっかり日が暮れている。
「急ごう」
僕は足を早めた。
祖母の家には駅前から徒歩十分ほど。僕は歩きながら、獣人旅館のことを思い出していた。
風情ある館内、癒しのヒノキ風呂、美しい山茶花の咲く庭園、旅館で働くみんなの笑顔……。
「ああ、温泉宿に旅行した気分だったなぁ……」
人間界に帰還した日。
僕はリュウに別れを告げると、魔法陣のなかで目を閉じた。
イナリの召喚術が頭のなかで響くと、真綿のような白い光りが僕を包み込んだ。
そして、目を開けると、僕は仏間で座っていた。
金色の如来像、吊り灯籠、ご先祖様の位牌……。
ちゅんちゅん、と窓の外から聞こえる小鳥の鳴き声。
まさに、朝ちゅん、である。
ここが人間界だと確信した瞬間でもあった。
それと同時に、耳にかけられた山茶花の髪飾りの存在感、それと左薬指にはめられてあるダイヤの輝きを見つけ、驚愕した。
ああ、本当に獣人旅館に召喚されていたのだな、とじわじわと実感してきて、ふと、我にかえる。
僕は秒で指輪を取った。
男がこんなキラキラしたものをはめて外には出られない。
赤い箱にしまい、仏壇の前に置こうとした。
そのとき、高祖母である和香さんの位牌を探す。
人は死ぬと戒名されるのだ。
いくつもの位牌が並んでいたが、その中に和香の文字が載った位牌があった。和香さんの位牌である。僕はその位牌の前に赤い箱を置くと、合掌した。
内心では、リュウさんからのプレゼントだよ和香さん、と思いを込めて……。
やがて、ガサゴソという生活音を耳にした。
ふと顔をあげ壁時計を見やると、時刻は六時の針を指すところ。
僕は立ち上がり、襖を開けてみると、祖母は起きておりダイニングテーブルでお茶をすすっていた。
僕が元気よく、おはよう、と挨拶をすると、祖母はふつうに、おはよう、と返してくれた。
「よく寝れたかのぉ」
などと訊いてくるので、祖母の頭のなかでは、僕はふつうに月雲の屋敷で泊まっているものと推測できた。
これは、都合がいいと思った。
寝れたよ、と告げて話を合わせた僕は、祖母とともに朝食をすませると帰宅した。
自宅に帰ると、母も僕が向こうで泊まっているものと信じている素振りで、口を開けば祖母は元気だったかと訊いてくる。
お母さんもおばあちゃんの顔を見に行けばいいのでは?
と喉元から声がでそうになったが、やめておいた。
もう昔の話だ……。
祖母の本心は、婿養子が欲しい。
月雲を継いで欲しいという気持ちがあったわけだが、その思いを一人娘の母は切り離した。私は好きな人と結婚するのだといって……。
そして世代が移り、男の僕が産まれたわけだが、さて、僕はこれからどこで暮らすのがいいだろうか。獣人旅館に気楽にいくなら、月雲の屋敷で暮らすほうが効率がいい。
「まあ、それはいずれ考えよう、まずは……」
再び獣人旅館に召喚できるか、これを試すほうが先決だ。
卵もないのに、ひよこを数えてどうする?
これで召喚できなかったら、僕はとんだ夢遊病者だ。
それでも、いま手元にあるプリザードの山茶花と、きらりと光る永遠の愛が存在するということが、獣人旅館に召喚した動かぬ証拠。つまり僕は、獣人旅館の召喚に成功していることを物語っている。
夢じゃない、夢じゃない。これは現実だ。
「よーし、仏間にいってお参りをしよう」
そんな思いを抱えて歩く僕は、やがて祖母の家にたどり着いた。
高い石垣から松の木が顔をだす古き良き屋敷。表札には、
『月雲』
の文字。
和庭園のなかに、荘厳な屋敷が佇む景色は、和洋折衷の雰囲気が漂っている。
そのような名家の屋敷に祖母がひとりで住んでいるわけなので、当然、セキュリティ対策は万全である。設置された監視カメラが僕のことを、ギュインとにらんでいた。オンラインで防犯会社に録画されているが、僕は気にせず屋敷の玄関の扉を開ける。鍵は手のなかだ。
両親も僕がまさか監視カメラの視線をくぐりぬけ、月雲の屋敷からいなくなっているとは、夢にも思わないだろう。
これで僕は、心おきなく獣人旅館に召喚できるというわけだ。
ちゃんと日曜日に帰宅すれば、なにも問題はない。
僕が行方不明になったと騒がれ、警察に捜査されることもない。
僕が理性を保ち、ちゃんと人間界に帰還すればいいだけ。
それだけが心配なのだが、なんにしても獣人旅館に召喚しないと話にならない。
「おばあちゃーん」
と僕は叫びながら、玄関の三和土で靴を脱いで屋敷にあがる。
すると、みゃーと鳴く白い子猫が現れた。
「お! 元気だったかぁ、ミミ」
僕は子猫を抱きあげると、もふもふと毛並みをなでた。名前は僕が、ミミと名付けた。もちろん、獣人旅館の猫人から由来したのは、言うまでもない。
「彩人かぁ?」
リビングのほうから声が聞こえる。
子猫を抱いたまま歩き、リビングに顔をだす。祖母はお茶をすすっていた。
「おばあちゃん、今日も泊まるよ~」
「ああ、ええよ」
「ねえ、これ見てよ」
僕は手提げ袋から山茶花のプリザードフラワーを取り出して見せた。
「じゃーん、仏壇に飾ろうと思ってさ」
「山茶花じゃあないか、綺麗やねぇ」
「でしょ」
「うんうん、ご先祖様も喜ぶ」
お参りしてくる、といった僕は踵を返した。
猫のミミが、にゃんにゃんと鳴いてすねをこすってくる。
踏んづけないように歩き、襖を開けて仏間に入った。
ぼんやりとした吊り灯籠の明かりが、僕を歓迎してくれているような、そんな錯覚があった。猫がついてくる傍ら、ゆっくりと歩き、仏壇の前の座布団に腰をおろす。
目の前には和香さんの位牌があり、そこに赤い箱が置いてある。
僕は蓋を開けてなかを確認した。そこには永遠の愛、ダイヤモンドが輝いている。息を飲むほど美しい。
花瓶に山茶花のドライフラワーを飾る。
それと、大事なもの。
経机の抽斗にしまってある茶色の封筒を取り出し、ジャケットの内側にしまう。
さらに、避妊具も入れておいた。リュウはきっと喜ぶだろう。
「和香さんの最後の手記を、リュウさんに渡さなくては……」
僕は使命に燃えていた。
和香さんのリュウへの思いをつなぐように蝋燭に火を灯し、線香をあげる。香り立つ白檀の匂い、細い煙が昇り、頭のなかで白い竜が連想された。
リュウに会いたい……。
そう願いながら目を閉じ、深い呼吸をする。
どれだけ息を吐いたのだろうか……。
強い香木の匂い、ひんやりとした清らかな空気、目を開けるとそこは、見覚えるのある社殿の景色が広がっていた。
獣人旅館の広間……。
祭壇にはふたつの人影があった。
銀髪に白い角をした竜人のリュウ。
金髪にもふもふの耳をした狐人のイナリ。
ふたりは、ゆっくりと歩み寄って、
「ようこそ獣人旅館へ」
と、リュウが歓迎の言葉を放つ。相変わらず、余裕たっぷりで、なんともさわやかに笑う。こっちの気持ちも知らないで……。
僕は駆けだしていく。リュウの胸のなかへ飛び込み、顔を埋める。リュウは僕の頭を優しくなでてくれた。
「会いたかったです、リュウさん」
「俺もだ、アヤト」
「うーん、なんか違います……」
え? リュウは首を傾けた。
「僕を、アヤ、と呼んでくれるのでは?」
「あはは、そうだったな」
コンコン、と横で笑うイナリが、
「それでは、今まで通りアヤ様でいきましょう」
と提案する。
「うん、アヤにして欲しい。そのほうが僕も……」
なんだ? とリュウが訊く。
知らないっ、と僕が答えると、代わりにイナリが口を開く。
「リュウ様に抱かれやすい、でしょうか? アヤ様」
うるさいっ、といって僕はイナリをにらんだ。
あはは、と二人の笑い声が社殿に響いている。そのとき、祭壇に祀られた水晶が、きらりと光ったような、そんな錯覚があった。
僕はジャケットの内側に手を入れ、茶色の封筒を取り出す。
「お、ゴムをちゃんと持ってきたか?」
とリュウが尋ねる。
僕は微笑みを浮かべた。
「はい、持ってきましたが、これはゴムではありません」
「なんだ?」
「和香さんの最後の手記です」
と答えた。
手を差し伸べるリュウの表情に、光りが射して見えた。
「読んでもいいか?」
「もちろん」
僕は封筒から一枚の便箋を取り出すとリュウに渡した。
受け取ったリュウは、夢中になって手記に目を走らせる。
僕は和香さんの手記を頭のなかで思い出す……。
親愛なるリュウ様へ
申し訳ありません。
獣人旅館に召喚できなくなりました。
私は身体が燃えて、火傷したのです。
唯一の救いは、息子が生きていること。
この手記は息子に渡しておきます。
いつか、私の子孫がリュウ様の生贄になるかも、
という願いを込めて。
ああ、リュウ様、
私はまもなく死んでしまいます。
正直に申しますと、怖いです。
どうせ死ぬなら、そちらに召喚しようかなと、
何度も悩みましたが、私は醜い姿に成り果てました。
とても、リュウ様に見られたくはありません。
私はリュウ様の前では、ずっと女でいたいのです。
このまま、彼岸にいきます。
リュウ様は、私におっしゃいましたね。
いつかは、ひとつになれると、
それでは、先に旅立ちます。
さようなら、リュウ様。
和香
リュウは涙をこぼしながら、口を開いた。
「指輪はどうしたのだ? 和香に渡すといっていたが……」
「はい、和香さんの位牌の前に置いてあります」
「そうか……ありがとう」
リュウは、そっと手記を渡してきた。
「封筒にしまっておいてくれ」
「あの、リュウさんが持っていてください。和香さんもそのほうが嬉しいかと……」
「そうだな、座卓の抽斗にしまっておこう」
はい、と僕は答え、手記を封筒にしまった。
「さあ、部屋にいこうか、アヤ」
とリュウはささやきながら、僕の肩を抱いた。
「……もうですか?」
「いいではないか、お勉強してきたんだろ?」
「少しは……」
僕の頭のなかで、どちゃクソえっちなBL漫画の濡れ場が浮かんでいた。
みるみるうちに、僕の顔は赤くなる。
あはは、と笑うリュウは、ぐいぐいと僕の肩を引き寄せてくる。
んもう、本当に手が早いんだから……。
僕はリュウを胸板を両手で押して、拒んだ。
「待って、着替えさせてください。温泉も入りたいし……」
「ん? そうか……」
すると、イナリが横にきて、
「ささ、アヤ様、お着替えしましょう」
といって僕の肩を優しく両手で包み込んだ。
「イナリ、貴様ずるいぞ、アヤの着替えを見るつもりだろう」
「別に男同士だからいいじゃありませんか?」
「だな、俺もいこう」
僕は首を振った。
「リュウさんはダメです」
「なっ、なぜだ?」
「目がイヤらしいからです」
「ならば、ずっと目は閉じている、それならどうだ?」
それ意味ないのでは? とイナリがツッコミを入れる。
「いや、匂いだけでも嗅ぎたい」
「どんだけアヤ様が好きなんですか、まったくリュウ様は……」
呆れるイナリは、本当にリュウが目を閉じている隙に、僕の手を引っ張った。
「ささ、今のうちに行きましょう、アヤ様」
おい、待て、といってリュウは追いかけてくる。
「リュウさん、必死だな」
「そうですよ、ずっとアヤ様のことを待ち焦がれておりましたゆえ」
「そこまで僕のことを……」
はい、といって頷いたイナリ。
横についてくるリュウは、僕の手を握ると訊いてくる。
「アヤ、今宵は獣人旅館に泊まるんだろ?」
もちろん、と答えた僕は、にっこりと微笑んだ。
リュウとイナリがつられて無邪気に笑う。
僕たちの笑い声が、闇夜を灯す獣人旅館から、歌うように響き渡っていた。
完
***********
ども、作者のぬこまるです。
初めてのBLに挑戦してみました。
いかがでしたでしょうか?
ぬこまるとしましては、温泉宿にいったつもりで楽しく書けました笑
難しかったのは、やはり濡れ場のシーンで、
どこまでやっていいのやら、迷った……。
で、やはりアヤは賢いので衛生面で悪いことはしない。
という判断をしました。
最後に和香についてですが、彼女は戦争の爆弾によって身体に大きな火傷をおってしまったのです。
醜い姿をリュウに見せたくない。
その思いから召喚しないでいたわけです。
そのあたりを踏まえて、再度読んでみると、また面白いかもしれません。
それでは、よかったら感想お待ちしてます。
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