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57:思わせぶりな烏天狗(1)
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困ったときの神頼み、という言葉があるが、美緒がしようとしているのはまさにそれだった。
あれから水も食事も取らず、死んだように眠り続ける朝陽の付き添いは姫子に任せ、美緒はその日の夜、銀太を伴ってヨガクレへ飛んだ。
ショルダーバッグに下げた鈴が導いたらしく、美緒たちは烏天狗が住まう山頂にある岩の前に出現した。
大人が三人手を繋いでようやく囲めるかどうかという大きな岩だ。
しめ縄に垂らされた紙垂《しで》が風にひらひら揺れている。
大岩の後ろには満開の桃の木がぐるりと円を描くように植えられている。
遠くに別の大岩が見えた。
(ここに岩と桃があるのって、楼閣を守る門番みたいな意味があるのかな。桃って、陰陽道では魔や厄除けの果物なんだよね。桃から生まれた桃太郎は鬼退治に行ったし、古事記で死んだ妻を迎えに行ったイザナギが追手の化け物にぶつけて退散させたのも桃の実だったはず)
思ったが口には出さなかった。
大岩と桃に重要な意味があろうと、ただの偶然だろうとどちらでも良い。
いま求めるべきは朝陽を救う方法だ。
美緒は楼閣へと走り、門を守る烏天狗に声をかけた。
「すみません。わたし、烏丸様の知り合いで、芳谷美緒と申します。こちらは銀太、わたしの友達です」
と、右手で肩にいる銀太を示す。
「アマネ様の屋敷へ行きたいのですが、どなたか運んでいただけないでしょうか」
左右それぞれの門の前で直立し、その手に錫杖を持つ二羽の烏天狗はどちらも大柄かつ強面。
門番というより屈強な兵士、それも歴戦の猛者の風格だ。
右手の門番など、頬に大きな刀傷が走っている。
(大丈夫だよね……)
山頂から移動する場合は部下が美緒たちを運んでくれるように手筈を整えておくと烏丸は約束してくれていたが、果たしてこの二羽にも話が通っているのか、不審者としてたちまち捕獲されてしまわないか、美緒は話しかけながらドキドキしていた。
彼らの大きな手で横面を張られれば、美緒など簡単に吹っ飛んで、山から転げ落ちてしまいそうだ。
「美緒さんですね。お話は伺っています。少々お待ちください」
右手にいた烏天狗から野太い声で丁寧に返され、こっそり安堵の息を吐く。
銀太も全く同じ心境だったらしく、白い体毛に覆われた身体からふっと力が抜けるのを視界の端で捉えた。
門番が楼閣の中へと入って行く。
手持ち無沙汰になり、美緒はなんとなく空を見上げた。
「……ねえ銀太くん」
「うん?」
銀太がこちらを見る。
「気のせいかな? 初めてヨガクレに来た日より、空が曇ってるというか……空気が澱んでるように見えるんだけど」
美緒は夜空を見上げて目を眇めた。
黒い霧に隔てられているかのように、星の輝きが小さく感じられる。
「仕方ないんだよ。ヨガクレは現世と幽世の中間地点にあるからね。アマネ様が神力で幽世から流れ込んで来る瘴気の大部分を防ぎ、あるいは跳ね返してくれてるんだけど、それでも完全には防げなくて、毎日少しずつ空を覆っていくの。覆われるのは空だけで、地表は大丈夫。アマネ様がドーム状の結界を張って、この地を守ってくださってるから」
「え。でも、それじゃあ、空はだんだん曇っていって、最終的には真っ暗になっちゃうの?」
驚いて、肩の銀太を見る。
あれから水も食事も取らず、死んだように眠り続ける朝陽の付き添いは姫子に任せ、美緒はその日の夜、銀太を伴ってヨガクレへ飛んだ。
ショルダーバッグに下げた鈴が導いたらしく、美緒たちは烏天狗が住まう山頂にある岩の前に出現した。
大人が三人手を繋いでようやく囲めるかどうかという大きな岩だ。
しめ縄に垂らされた紙垂《しで》が風にひらひら揺れている。
大岩の後ろには満開の桃の木がぐるりと円を描くように植えられている。
遠くに別の大岩が見えた。
(ここに岩と桃があるのって、楼閣を守る門番みたいな意味があるのかな。桃って、陰陽道では魔や厄除けの果物なんだよね。桃から生まれた桃太郎は鬼退治に行ったし、古事記で死んだ妻を迎えに行ったイザナギが追手の化け物にぶつけて退散させたのも桃の実だったはず)
思ったが口には出さなかった。
大岩と桃に重要な意味があろうと、ただの偶然だろうとどちらでも良い。
いま求めるべきは朝陽を救う方法だ。
美緒は楼閣へと走り、門を守る烏天狗に声をかけた。
「すみません。わたし、烏丸様の知り合いで、芳谷美緒と申します。こちらは銀太、わたしの友達です」
と、右手で肩にいる銀太を示す。
「アマネ様の屋敷へ行きたいのですが、どなたか運んでいただけないでしょうか」
左右それぞれの門の前で直立し、その手に錫杖を持つ二羽の烏天狗はどちらも大柄かつ強面。
門番というより屈強な兵士、それも歴戦の猛者の風格だ。
右手の門番など、頬に大きな刀傷が走っている。
(大丈夫だよね……)
山頂から移動する場合は部下が美緒たちを運んでくれるように手筈を整えておくと烏丸は約束してくれていたが、果たしてこの二羽にも話が通っているのか、不審者としてたちまち捕獲されてしまわないか、美緒は話しかけながらドキドキしていた。
彼らの大きな手で横面を張られれば、美緒など簡単に吹っ飛んで、山から転げ落ちてしまいそうだ。
「美緒さんですね。お話は伺っています。少々お待ちください」
右手にいた烏天狗から野太い声で丁寧に返され、こっそり安堵の息を吐く。
銀太も全く同じ心境だったらしく、白い体毛に覆われた身体からふっと力が抜けるのを視界の端で捉えた。
門番が楼閣の中へと入って行く。
手持ち無沙汰になり、美緒はなんとなく空を見上げた。
「……ねえ銀太くん」
「うん?」
銀太がこちらを見る。
「気のせいかな? 初めてヨガクレに来た日より、空が曇ってるというか……空気が澱んでるように見えるんだけど」
美緒は夜空を見上げて目を眇めた。
黒い霧に隔てられているかのように、星の輝きが小さく感じられる。
「仕方ないんだよ。ヨガクレは現世と幽世の中間地点にあるからね。アマネ様が神力で幽世から流れ込んで来る瘴気の大部分を防ぎ、あるいは跳ね返してくれてるんだけど、それでも完全には防げなくて、毎日少しずつ空を覆っていくの。覆われるのは空だけで、地表は大丈夫。アマネ様がドーム状の結界を張って、この地を守ってくださってるから」
「え。でも、それじゃあ、空はだんだん曇っていって、最終的には真っ暗になっちゃうの?」
驚いて、肩の銀太を見る。
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