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60:銀太との約束(1)
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篝に通されたのは、やはり初日と変わらぬ大広間だった。
一段高い床の上に座すアマネは今日も大輪の花のように楚々として美しい。
ただ座っているだけなのに、彼女から清浄な気が放たれ、部屋の空気が澄み渡っているのを感じる。
まさにここは神域――神の住まう場所だ。
跪きたくなる衝動を堪え、美緒は「お久しぶりでございます」と頭を下げた。
顔を上げた拍子に、ふっと何かの香りが鼻を掠めた。
香が焚かれているのか、得も言われぬ良い香りがする。
「用件はわかっておる。朝陽を回復させたいのであろう?」
「え、どうして」
まだ何も言っていない。
「わらわは神じゃからの。なんでもお見通しじゃ」
アマネは美緒を見て、次いで美緒の隣にいる銀太を見て、意味ありげに微笑んだ。
「?」
笑みの意味を測りかねている間に、アマネの白い手がすっと横に滑り、傍らの小瓶を取り上げた。
赤い紐が結ばれていることを除けば、なんの変哲もない、透明なガラス瓶である。
「清水にわらわの霊力を流し込んでおいた。これを飲ませれば回復するじゃろう」
「ありがとうございます」
美緒は心の底から安堵したが、
「しかし」
アマネは音もなく小瓶を置いて、笑みを消した。
「わらわが助けるのは一度きりと心得よ。再び朝陽が他のあやかしに霊力を与えて衰弱したとしても、次は助けぬ。相手が善良な付喪神であったから大事には至らなかったが、もし邪悪なあやかしであったなら、霊力を根こそぎ奪われ、死に至ったかもしれんのじゃぞ」
「!!」
思い切り頬を張られたような気がした。
目を見開いた美緒に、アマネは凛然と告げる。
「今回の朝陽の行為は相談員の仕事の範疇を大いに逸脱しておる。付喪神に乞われた通り、お主らが孤独な老婆との接点を作って慰めればそれで済んだ話じゃ。無論、良かれと思って、相手を思っての行為であるのはわかっておるが、それでも我が身を犠牲にするなど言語道断。次にまた同じ行為をすれば相談員の地位は剥奪、紐も返してもらうと伝えておけ」
切りつけるような鋭い眼差しを受け、美緒は喘ぐように言葉を絞り出した。
「……わかりました」
表面上はどうにか平静を保っているものの、動揺は激しかった。
不穏な言葉が嵐のように心をかき乱している。
霊力を分け与えたら疲れるだろうとは思っていた。
人間で言うならフルマラソンをしたくらいに消耗するんだろうな、でも時間経過とともに回復していくんだろう、その程度だと甘く見ていた。
だから、朝陽から霊力をもらって大喜びする付喪神を見て、望み通りにおばあさんと話す声を聞いて、これで良かった、ハッピーエンドだとばかり思っていた。
でもちっともハッピーエンドなどではなかった。
いくら付喪神が喜んでも、手助けした朝陽が死んでしまったらハッピーエンドとは程遠い。それは美緒にとって最悪だ。
籠の中で死んだように動かない朝陽の姿を思い浮かべ、いまさらながら心拍数が上がり、冷や汗が背を濡らした。
手のひらに爪が食い込んでも握ることを止められない。
死んだように、ではない。
一歩間違えれば、本当に息の根が止まっていたかもしれなかったのだ。
今日は何が食べたいと聞く声も、姫子と元気に口喧嘩する姿も、愛らしい狐の姿も、全てを失うところだった。
顔面を蒼白にして震えていた美緒は、銀太が全く動いていないことに気づいた。
銀太は俯いてじっとしている。何か考えているようだ。
一段高い床の上に座すアマネは今日も大輪の花のように楚々として美しい。
ただ座っているだけなのに、彼女から清浄な気が放たれ、部屋の空気が澄み渡っているのを感じる。
まさにここは神域――神の住まう場所だ。
跪きたくなる衝動を堪え、美緒は「お久しぶりでございます」と頭を下げた。
顔を上げた拍子に、ふっと何かの香りが鼻を掠めた。
香が焚かれているのか、得も言われぬ良い香りがする。
「用件はわかっておる。朝陽を回復させたいのであろう?」
「え、どうして」
まだ何も言っていない。
「わらわは神じゃからの。なんでもお見通しじゃ」
アマネは美緒を見て、次いで美緒の隣にいる銀太を見て、意味ありげに微笑んだ。
「?」
笑みの意味を測りかねている間に、アマネの白い手がすっと横に滑り、傍らの小瓶を取り上げた。
赤い紐が結ばれていることを除けば、なんの変哲もない、透明なガラス瓶である。
「清水にわらわの霊力を流し込んでおいた。これを飲ませれば回復するじゃろう」
「ありがとうございます」
美緒は心の底から安堵したが、
「しかし」
アマネは音もなく小瓶を置いて、笑みを消した。
「わらわが助けるのは一度きりと心得よ。再び朝陽が他のあやかしに霊力を与えて衰弱したとしても、次は助けぬ。相手が善良な付喪神であったから大事には至らなかったが、もし邪悪なあやかしであったなら、霊力を根こそぎ奪われ、死に至ったかもしれんのじゃぞ」
「!!」
思い切り頬を張られたような気がした。
目を見開いた美緒に、アマネは凛然と告げる。
「今回の朝陽の行為は相談員の仕事の範疇を大いに逸脱しておる。付喪神に乞われた通り、お主らが孤独な老婆との接点を作って慰めればそれで済んだ話じゃ。無論、良かれと思って、相手を思っての行為であるのはわかっておるが、それでも我が身を犠牲にするなど言語道断。次にまた同じ行為をすれば相談員の地位は剥奪、紐も返してもらうと伝えておけ」
切りつけるような鋭い眼差しを受け、美緒は喘ぐように言葉を絞り出した。
「……わかりました」
表面上はどうにか平静を保っているものの、動揺は激しかった。
不穏な言葉が嵐のように心をかき乱している。
霊力を分け与えたら疲れるだろうとは思っていた。
人間で言うならフルマラソンをしたくらいに消耗するんだろうな、でも時間経過とともに回復していくんだろう、その程度だと甘く見ていた。
だから、朝陽から霊力をもらって大喜びする付喪神を見て、望み通りにおばあさんと話す声を聞いて、これで良かった、ハッピーエンドだとばかり思っていた。
でもちっともハッピーエンドなどではなかった。
いくら付喪神が喜んでも、手助けした朝陽が死んでしまったらハッピーエンドとは程遠い。それは美緒にとって最悪だ。
籠の中で死んだように動かない朝陽の姿を思い浮かべ、いまさらながら心拍数が上がり、冷や汗が背を濡らした。
手のひらに爪が食い込んでも握ることを止められない。
死んだように、ではない。
一歩間違えれば、本当に息の根が止まっていたかもしれなかったのだ。
今日は何が食べたいと聞く声も、姫子と元気に口喧嘩する姿も、愛らしい狐の姿も、全てを失うところだった。
顔面を蒼白にして震えていた美緒は、銀太が全く動いていないことに気づいた。
銀太は俯いてじっとしている。何か考えているようだ。
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