美緒と狐とあやかし語り〜あなたのお悩み、解決します!〜

星名柚花

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115:お母さんのみそ汁(2)

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「結局、なんでお母さんは学校から出られなかったの?」
「ああ、あれねえ」
 母は苦笑した。

「死ぬ間際にね、ちょっと後悔したのよ。私の都合であんたから父親を取り上げてしまったこと。私とあんたのお父さんはあの学校で出会ったのよ。私は昔から絵を描くのが好きで、美術部だったの。部活動の一環として描いた絵をあの人が褒めてくれたのが知り合うきっかけだった。そういう馴れ初めとか、お父さんがどんな人だったかとか、ちゃんと伝えておけば良かったなあっていうのが私の後悔」
 母は姫子が毎朝優を想って懸命に梳かしている艶やかな長い髪を弄り、指に巻きつけた。

「学校から出られない呪縛をかけたのはそのせいね。何も覚えてなくても、とにかくあんたに伝えなくちゃ、あんたが生まれたきっかけはここにあるんだぞって、無意識に自分を縛ったのね、きっと。で、さ」
 母は首を少しだけ横に傾けた。

「聞きたい? 父親のこと」
「ううん。別に」
 美緒は首を振った。考えを挟まない、反射的な行動。

「あら、そうなの?」
「うん。だってお父さん、浮気したんでしょ? 浮気したショックでお母さんが倒れて、その衝撃でわたし、危うくお腹の中で死ぬところだったんだよね?」
「まあねえ。それでお母さんが私の代わりにブチ切れたのよねえ。いやー凄かったわよーあれは」
 完全に過去の出来事として処理しているらしく、母は手を振ってけらけら笑った。

「うん。だから、興味ないの。お母さんが死んだとき、おばあちゃんは一応お父さんにも知らせたみたいだけど、お父さんらしき人は葬式に来なかったし。いままで何の接触もしてこなかったし」 
 漬物を口に入れて、咀嚼する。
 この味もなんとなく覚えている、ような気がする。

 毎朝のように飲んでいたみそ汁ほどの印象は残っていなかった。

「わたしの中でお父さんは死んだも同然の人だから。養育費を払って、父親としての義務は果たしてくれたから、もうそれでいいの。いまどうしてるかなんて、興味ないや。ううん、興味を持たなくていいと思ってる。だから気にする必要ないよ」
 漬物を嚥下して言うと、母は笑った。

「そう。それじゃあ私、後悔しなくて良かったのね」
「うん。十年も高校でわたしを待たなくて良かったんだよ」
「そうかー。ならさっさと成仏しても良かったねえ」
「違う、そうじゃないよ。そしたらいま会えなかったじゃない。十年前からいたんだったら、もっと早く会いたかった。ずっと傍にいてほしかった」
 声が震え、頬を掻く母の姿がぼやけた。
 泣くなと必死で言い聞かせていたのに失敗した。とうとう涙の堤防が壊れてしまった。
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