9 / 52
09:ラスファルの平和な一日
しおりを挟む
◆ ◆ ◆
――呆れるくらいに平和だ。
良く晴れた日の午後三時過ぎ。
ラスファルの街の領主、エンドリーネ伯爵邸の屋根に座り、少女メグはぶらぶらと足を揺らしていた。
ラスファルはロドリー王国の王都から馬車で三日ほどの距離にある大きな街だ。
かつては名の知れた武人だった領主は民の声を良く聴く人格者であり、移住希望者は絶えることなく、街は活気に溢れていた。
(なんだかなあ。良いことなんだろうけどさあ。ここに居る人たちはあたしが何者か本当にわかってんのかしら。その気になれば、あたしはラスファルの街ごとこの屋敷を地上から消し去ることもできるんだけど。まあ、しないけどさ。攻撃しませんって宣言しちゃったし。そのつもりもないし)
厨房から掻っ払ってきた瑞々しいリンゴを頬張りながら、空を見上げる。
空は青く、雲は流れ、風は緩やか。
季節は秋へと移行したが、メグにとって暦はあまり意味を持たない。
暦など人間が勝手に決めたものだ。
寒いと感じれば冬、暑いと感じれば夏。それで良いと思う。
メグは巷《ちまた》にいるありきたりな魔女とは違う。
世界そのものを作り、人間と魔女を作った創造神オルガによって作られた七人の《始まりの魔女》のうちの一人なのだ。
《始まりの魔女》はそれぞれが唯一無二の固有魔法を持ち、命を終えると再び固有魔法を持って生まれ変わる。
しかし、メグが命を終えることはない。
何故ならばメグの持つ固有魔法は『不老不死』という、極めて異常な――七人の魔女に与えられた魔法の中でも飛び抜けて化け物じみた魔法だから。
『魔力増幅』の固有魔法を持っていた魔女フリーディアは死ぬまでメグのことを案じていた。
自分の意思とは関係なく、永久を生きる運命を強制されたメグに同情し、メグのために泣いてくれた。
けれどもう、心優しい彼女はどこにもいない。
彼女だけではなく、嫌いだった魔女も、好きだった魔女も、全員が死んでしまった。数千年前、とうの昔に。
これまでメグは世界を回って色んなものを見てきた。
耕作し、栽培し、収穫を祝う人間を見た。
創造し、破壊し、建築する人間を見た。
泣き、笑い、怒る人間を見た。
愛し合い、憎み合い、殺し合う人間を見た。
直視に堪えないほど醜いものを見た。
けれどその一方で、信じられないほど綺麗なものを見ることもあったのだ。
(火あぶりにされたり、検体として切り刻まれたこともあったなあ。でも、痩せ細った人からなけなしの食料を分け与えてもらったことも、優しい老夫婦に娘として可愛がってもらったこともあるんだよなあ。みんながみんな、生きるに値しない極悪人だったらあたしも遠慮なく最大火力で世界を無に帰して、一人勝手気ままに暮らすのに。困ったことに、たまーに、とんでもない善人と巡り会っちゃったりするのよねえ)
しゃくしゃくと音を立ててリンゴを頬張り、青い空を見上げる。
五日前の夜、メグはこの屋敷で暮らす人々と共に流星群を見た。
長い時を生きているメグは流星群など既に見飽きていて興味もなかったのだが、自分の歓迎会も兼ねていると言われては断れなかった。
(歓迎会って何よ。悪意ではなく、純粋な善意によるものとはいえ、あたしは変身魔法でこの屋敷の長男ユリウスを猫に変えたんだけど。歓迎されるどころか正直、一発ビンタされて叩き出されるくらいは覚悟してたんだけど。あたしがユリウスを猫に変えた犯人だと知っても、伯爵も伯爵夫人も、だーれもあたしを責めなかったわね。この屋敷にいる人たちのことを『おひとよし』って言うんでしょうね)
苦笑したとき、遥か遠い青空を飛ぶ魔獣に気づいた。
グリフォンかと思ったが、どうやら影の形からして石竜《ガーゴイル》のようだ。
古代遺跡の守護者たるガーゴイルが出るなんて珍しいな、なんて思いながら、とりあえず火炎魔法で焼き払う。
残骸が街に落ちると大変なので、メグは一欠けらの石片も残さず、数千度を越える魔法の炎で以て消滅させた。
並の魔女が見ていたなら目を剥く離れ業。
石竜《ガーゴイル》を単純に『砕く』のではなく『塵一つ残さず焼き払う』など、魔女の最高位である『大魔導師』ですら難しい。
顔色一つ変えず――まるで何事もなかったかのように、メグはまたリンゴを齧る。
――呆れるくらいに平和だ。
良く晴れた日の午後三時過ぎ。
ラスファルの街の領主、エンドリーネ伯爵邸の屋根に座り、少女メグはぶらぶらと足を揺らしていた。
ラスファルはロドリー王国の王都から馬車で三日ほどの距離にある大きな街だ。
かつては名の知れた武人だった領主は民の声を良く聴く人格者であり、移住希望者は絶えることなく、街は活気に溢れていた。
(なんだかなあ。良いことなんだろうけどさあ。ここに居る人たちはあたしが何者か本当にわかってんのかしら。その気になれば、あたしはラスファルの街ごとこの屋敷を地上から消し去ることもできるんだけど。まあ、しないけどさ。攻撃しませんって宣言しちゃったし。そのつもりもないし)
厨房から掻っ払ってきた瑞々しいリンゴを頬張りながら、空を見上げる。
空は青く、雲は流れ、風は緩やか。
季節は秋へと移行したが、メグにとって暦はあまり意味を持たない。
暦など人間が勝手に決めたものだ。
寒いと感じれば冬、暑いと感じれば夏。それで良いと思う。
メグは巷《ちまた》にいるありきたりな魔女とは違う。
世界そのものを作り、人間と魔女を作った創造神オルガによって作られた七人の《始まりの魔女》のうちの一人なのだ。
《始まりの魔女》はそれぞれが唯一無二の固有魔法を持ち、命を終えると再び固有魔法を持って生まれ変わる。
しかし、メグが命を終えることはない。
何故ならばメグの持つ固有魔法は『不老不死』という、極めて異常な――七人の魔女に与えられた魔法の中でも飛び抜けて化け物じみた魔法だから。
『魔力増幅』の固有魔法を持っていた魔女フリーディアは死ぬまでメグのことを案じていた。
自分の意思とは関係なく、永久を生きる運命を強制されたメグに同情し、メグのために泣いてくれた。
けれどもう、心優しい彼女はどこにもいない。
彼女だけではなく、嫌いだった魔女も、好きだった魔女も、全員が死んでしまった。数千年前、とうの昔に。
これまでメグは世界を回って色んなものを見てきた。
耕作し、栽培し、収穫を祝う人間を見た。
創造し、破壊し、建築する人間を見た。
泣き、笑い、怒る人間を見た。
愛し合い、憎み合い、殺し合う人間を見た。
直視に堪えないほど醜いものを見た。
けれどその一方で、信じられないほど綺麗なものを見ることもあったのだ。
(火あぶりにされたり、検体として切り刻まれたこともあったなあ。でも、痩せ細った人からなけなしの食料を分け与えてもらったことも、優しい老夫婦に娘として可愛がってもらったこともあるんだよなあ。みんながみんな、生きるに値しない極悪人だったらあたしも遠慮なく最大火力で世界を無に帰して、一人勝手気ままに暮らすのに。困ったことに、たまーに、とんでもない善人と巡り会っちゃったりするのよねえ)
しゃくしゃくと音を立ててリンゴを頬張り、青い空を見上げる。
五日前の夜、メグはこの屋敷で暮らす人々と共に流星群を見た。
長い時を生きているメグは流星群など既に見飽きていて興味もなかったのだが、自分の歓迎会も兼ねていると言われては断れなかった。
(歓迎会って何よ。悪意ではなく、純粋な善意によるものとはいえ、あたしは変身魔法でこの屋敷の長男ユリウスを猫に変えたんだけど。歓迎されるどころか正直、一発ビンタされて叩き出されるくらいは覚悟してたんだけど。あたしがユリウスを猫に変えた犯人だと知っても、伯爵も伯爵夫人も、だーれもあたしを責めなかったわね。この屋敷にいる人たちのことを『おひとよし』って言うんでしょうね)
苦笑したとき、遥か遠い青空を飛ぶ魔獣に気づいた。
グリフォンかと思ったが、どうやら影の形からして石竜《ガーゴイル》のようだ。
古代遺跡の守護者たるガーゴイルが出るなんて珍しいな、なんて思いながら、とりあえず火炎魔法で焼き払う。
残骸が街に落ちると大変なので、メグは一欠けらの石片も残さず、数千度を越える魔法の炎で以て消滅させた。
並の魔女が見ていたなら目を剥く離れ業。
石竜《ガーゴイル》を単純に『砕く』のではなく『塵一つ残さず焼き払う』など、魔女の最高位である『大魔導師』ですら難しい。
顔色一つ変えず――まるで何事もなかったかのように、メグはまたリンゴを齧る。
298
あなたにおすすめの小説
婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。
黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」
豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。
しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
【本編完結済み】二人は常に手を繋ぐ
もも野はち助
恋愛
【あらすじ】6歳になると受けさせられる魔力測定で、微弱の初級魔法しか使えないと判定された子爵令嬢のロナリアは、魔法学園に入学出来ない事で落胆していた。すると母レナリアが気分転換にと、自分の親友宅へとロナリアを連れ出す。そこで出会った同年齢の伯爵家三男リュカスも魔法が使えないという判定を受け、酷く落ち込んでいた。そんな似た境遇の二人はお互いを慰め合っていると、ひょんなことからロナリアと接している時だけ、リュカスが上級魔法限定で使える事が分かり、二人は翌年7歳になると一緒に王立魔法学園に通える事となる。この物語は、そんな二人が手を繋ぎながら成長していくお話。
※魔法設定有りですが、対人で使用する展開はございません。ですが魔獣にぶっ放してる時があります。
★本編は16話完結済み★
番外編は今後も更新を追加する可能性が高いですが、2024年2月現在は切りの良いところまで書きあげている為、作品を一度完結処理しております。
※尚『小説家になろう』でも投稿している作品になります。
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
何もしない公爵夫人ですが、なぜか屋敷がうまく回っています
鷹 綾
恋愛
辺境公爵カーネル・クリスの妻となったフィレ・バーナード。
けれど彼女は、屋敷を仕切ることも、改革を行うことも、声高に意見を述べることもしなかった。
指示を出さない。
判断を奪わない。
必要以上に関わらない。
「何もしない夫人」として、ただ静かにそこにいるだけ。
それなのに――
いつの間にか屋敷は落ち着き、
使用人たちは迷わなくなり、
人は出入りし、戻り、また進んでいくようになる。
誰かに依存しない。
誰かを支配しない。
それでも確かに“安心できる場所”は、彼女の周りに残っていた。
必要とされなくてもいい。
役に立たなくてもいい。
それでも、ここにいていい。
これは、
「何もしない」ことで壊れなかった関係と、
「奪わない」ことで続いていった日常を描く、
静かでやさしい結婚生活の物語。
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています
六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。
しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。
「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる