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44:エルダークへの帰還
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エルダークまでは転移魔法の専門家であるリナリーが連れて行ってくれるらしい。
リナリーが地面に魔法陣を描いている間、ルーシェとジオは出発の準備をした。
もう日が暮れるが事態は一刻を争い、朝になるのを待つ余裕もないそうだ。
「魔力は限界まで込めておいたから」
「ありがとう。助かる」
巨大かつ複雑な魔法陣を黙々と描いているリナリーから少し離れた場所で、ジオはリュオンから愛用の剣を受け取っていた。
バートラムの計らいにより、ジオはとんでもなく高価な魔剣を所有している。
淡い金色の光を放つ剣の柄には虹色に輝く魔石が象嵌されていて、魔石に魔力を込めておけば魔法の刃を飛ばすことができる。
魔法の刃は術式破壊の効果を持つ。
魔剣の使い手に魔法陣を正確に撃ち抜く技量があれば、ただの人間であっても魔女に対抗することができるのだ。
「あと、これも渡しておくよ。いざというときのために作っておいたんだ」
リュオンが差し出したのは魔法陣が描かれた五枚の巻物《スクロール》だった。
巻物と言っても本当に巻いてあるわけではなく、見た目としては護符に近い。
「それぞれの効果についてだけど――」
「ルーシェ、大丈夫?」
セラに声をかけられて、ルーシェは右手を向いた。
ルーシェの胸中にわだかまる不安を見抜いたのか、セラは心配そうな顔をしている。
リチャードたちが来てからというもの、彼女はずっと眉尻を下げていた。
「うん、大丈夫。さっさと魔獣を追い払ってさっさと帰ってくるわ」
「……だといいのだけれど。エルダークの国王は、ルーシェを何事もなく帰してくれるのかしら……無理にでも引き留めようとするんじゃ……」
「その辺の心配は解消された。リュオンが帰還用の長距離転移魔法を描いた巻物をくれたから」
リュオンと話し込んでいたジオが近づいてきて、右手につまんだ巻物をひらひらと振った。
「これを破ったら庭の魔法陣に転移できるんだってさ。魔女ってのはほんとにすげーよな」
伯爵邸の庭、ドーム型の東屋の近くにはリュオンが描いた魔法陣がある。
「いや、リュオンが飛び抜けて凄いのよ。長距離転移魔法の魔法陣を巻物に描ける魔女なんてそうそういないわ。それこそ『大魔導師』か、転移魔法の専門家くらいじゃないかな」
複雑極まりない魔法陣が描かれた巻物を見て、ルーシェは感嘆した。
「でも、いいの? 使っても。描くのに一か月はかかったでしょ?」
「もちろん。こういうときのために作ってるんだから。遠慮なく使ってくれ」
「ありがとう。そうさせてもらうね――」
「――できました!」
ひたすら魔法陣を描いていたリナリーが立ち上がって叫んだ。
全員の間に緊張が走る。
「……行ってらっしゃい。必ず無事に帰ってきてね」
セラは両手を伸ばしてルーシェを抱きしめた。
「うん」
温かい気持ちになりながら、ルーシェはセラを抱き返して目を閉じた。
(わたしは必ず帰ってきて『ただいま』と言おう)
エルダークではなくここがルーシェの居場所なのだから。
リナリーが描いた魔法陣に四人で入り、宙に浮いているような不思議な感覚に包まれた後。
目を開くとそこはエルダークの王宮内の庭だった。
ルーシェたちの足元には転移用の魔法陣が描かれていて、目の前にはオレンジ色に染まった白亜の王城が聳えている。
美しい庭では秋の花が風にそよいでいた。
「エルダークへようこそ、ルーシェ様。お帰りなさい、と言うべきでしょうか」
リチャードは微笑んだ。
エスコート役を気取るつもりなのか、ルーシェに向かって恭しく片手を差し伸べる。
「王城へ向かいましょう。相応しい装いをして、王にご挨拶を――」
「王城になんて行かないわよ。わたしは華やかなドレスに着替えて悠長に王様とお喋りにしに来たわけじゃない。このままここで魔法を使うわ。集中したいから黙っててくれる?」
ルーシェは魔法陣の範囲外へ出て、適当な場所で足を止めてジオを見上げた。
国全土を覆うほどの超大規模結界魔法を展開するルーシェは極度の集中状態になるため、耳元で叫ばれようが斬りつけられようが反応もできない。
無防備な身体を誰かに守ってもらう必要がある。
そしてルーシェが全幅の信頼を寄せる騎士はすぐ隣にいた。
「わたしを守っといてね」
「当然」
頼もしい返事をくれたジオに微笑み、胸の前で両手を組んで目を閉じる。
「えっ。本当にここで結界魔法を使うのですか? お待ちください、是非謁見の間で――」
「うるせーよ、謁見の間になんか行かせるか。行ったが最後、王はどんな手を使ってでもルーシェを逃がさないに決まってんだろーが。面倒くせーことになるのがわかりきってんだよ。いーから邪魔すんな」
ジオが何かしたらしく、狼狽の声をあげていたリチャードが黙った。
ルーシェは深く深く集中し、己の意識の底へ潜り込んだ。
編み物をするように魔法陣を編む。
ひたすら編んで編んで編み続け――そして魔法を解き放った。
リナリーが地面に魔法陣を描いている間、ルーシェとジオは出発の準備をした。
もう日が暮れるが事態は一刻を争い、朝になるのを待つ余裕もないそうだ。
「魔力は限界まで込めておいたから」
「ありがとう。助かる」
巨大かつ複雑な魔法陣を黙々と描いているリナリーから少し離れた場所で、ジオはリュオンから愛用の剣を受け取っていた。
バートラムの計らいにより、ジオはとんでもなく高価な魔剣を所有している。
淡い金色の光を放つ剣の柄には虹色に輝く魔石が象嵌されていて、魔石に魔力を込めておけば魔法の刃を飛ばすことができる。
魔法の刃は術式破壊の効果を持つ。
魔剣の使い手に魔法陣を正確に撃ち抜く技量があれば、ただの人間であっても魔女に対抗することができるのだ。
「あと、これも渡しておくよ。いざというときのために作っておいたんだ」
リュオンが差し出したのは魔法陣が描かれた五枚の巻物《スクロール》だった。
巻物と言っても本当に巻いてあるわけではなく、見た目としては護符に近い。
「それぞれの効果についてだけど――」
「ルーシェ、大丈夫?」
セラに声をかけられて、ルーシェは右手を向いた。
ルーシェの胸中にわだかまる不安を見抜いたのか、セラは心配そうな顔をしている。
リチャードたちが来てからというもの、彼女はずっと眉尻を下げていた。
「うん、大丈夫。さっさと魔獣を追い払ってさっさと帰ってくるわ」
「……だといいのだけれど。エルダークの国王は、ルーシェを何事もなく帰してくれるのかしら……無理にでも引き留めようとするんじゃ……」
「その辺の心配は解消された。リュオンが帰還用の長距離転移魔法を描いた巻物をくれたから」
リュオンと話し込んでいたジオが近づいてきて、右手につまんだ巻物をひらひらと振った。
「これを破ったら庭の魔法陣に転移できるんだってさ。魔女ってのはほんとにすげーよな」
伯爵邸の庭、ドーム型の東屋の近くにはリュオンが描いた魔法陣がある。
「いや、リュオンが飛び抜けて凄いのよ。長距離転移魔法の魔法陣を巻物に描ける魔女なんてそうそういないわ。それこそ『大魔導師』か、転移魔法の専門家くらいじゃないかな」
複雑極まりない魔法陣が描かれた巻物を見て、ルーシェは感嘆した。
「でも、いいの? 使っても。描くのに一か月はかかったでしょ?」
「もちろん。こういうときのために作ってるんだから。遠慮なく使ってくれ」
「ありがとう。そうさせてもらうね――」
「――できました!」
ひたすら魔法陣を描いていたリナリーが立ち上がって叫んだ。
全員の間に緊張が走る。
「……行ってらっしゃい。必ず無事に帰ってきてね」
セラは両手を伸ばしてルーシェを抱きしめた。
「うん」
温かい気持ちになりながら、ルーシェはセラを抱き返して目を閉じた。
(わたしは必ず帰ってきて『ただいま』と言おう)
エルダークではなくここがルーシェの居場所なのだから。
リナリーが描いた魔法陣に四人で入り、宙に浮いているような不思議な感覚に包まれた後。
目を開くとそこはエルダークの王宮内の庭だった。
ルーシェたちの足元には転移用の魔法陣が描かれていて、目の前にはオレンジ色に染まった白亜の王城が聳えている。
美しい庭では秋の花が風にそよいでいた。
「エルダークへようこそ、ルーシェ様。お帰りなさい、と言うべきでしょうか」
リチャードは微笑んだ。
エスコート役を気取るつもりなのか、ルーシェに向かって恭しく片手を差し伸べる。
「王城へ向かいましょう。相応しい装いをして、王にご挨拶を――」
「王城になんて行かないわよ。わたしは華やかなドレスに着替えて悠長に王様とお喋りにしに来たわけじゃない。このままここで魔法を使うわ。集中したいから黙っててくれる?」
ルーシェは魔法陣の範囲外へ出て、適当な場所で足を止めてジオを見上げた。
国全土を覆うほどの超大規模結界魔法を展開するルーシェは極度の集中状態になるため、耳元で叫ばれようが斬りつけられようが反応もできない。
無防備な身体を誰かに守ってもらう必要がある。
そしてルーシェが全幅の信頼を寄せる騎士はすぐ隣にいた。
「わたしを守っといてね」
「当然」
頼もしい返事をくれたジオに微笑み、胸の前で両手を組んで目を閉じる。
「えっ。本当にここで結界魔法を使うのですか? お待ちください、是非謁見の間で――」
「うるせーよ、謁見の間になんか行かせるか。行ったが最後、王はどんな手を使ってでもルーシェを逃がさないに決まってんだろーが。面倒くせーことになるのがわかりきってんだよ。いーから邪魔すんな」
ジオが何かしたらしく、狼狽の声をあげていたリチャードが黙った。
ルーシェは深く深く集中し、己の意識の底へ潜り込んだ。
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ひたすら編んで編んで編み続け――そして魔法を解き放った。
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