婚約破棄された《人形姫》は自由に生きると決めました

星名柚花

文字の大きさ
45 / 52

45:未来永劫さようなら!

しおりを挟む
   ◆   ◆   ◆

 その日、エルダークの国民たちは――特に前線で戦っていた軍隊や魔女たちは――奇跡を目の当たりにした。

 エルダークの各地を襲っていた魔獣は一斉に、まるで強烈な電撃を喰らったかのように一瞬にして炭化したのである。

 魔獣と至近距離で交戦中の者がいて、そのままだと巻き添えになりそうな場合は、見えない手で薙ぎ払われたかのように魔獣だけが遠くへと吹き飛んだ。

 呆気に取られている人々の前で、その魔獣は他の魔獣たちと同じ運命を辿った。

 たとえ魔獣がどんな姿かたちをしていようと、小さな山ほどもある巨大な魔獣も指先ほどの小さな魔獣も分け隔てなく、電撃魔法は一匹残らず焼き尽くした。

「……な、なんだこれは……」
「まるで神の御業だ……」
「《国守りの魔女》様か?」
「そうだ、きっと《国守りの魔女》様だ! 《国守りの魔女》様が我らを守ってくださったのだ!!」
 魔獣と命懸けで戦っていた人々は、口々に《国守りの魔女》の偉業を讃えたのだった。

   ◆   ◆   ◆

(――よし。全部死んだわ! お仕事終わりっ!!)

 結界魔法を通して国中の様子を見て回ったルーシェが次に目を開いたとき、陽は完全に落ちて夜が訪れていた。

 場所は変わらず、王宮の庭である。

(げ)
 場所は変わらないが、ルーシェを取り囲む人間の数が倍増していた。

 ルーシェを迎えるために王城から出てきたらしく、デルニスと護衛の騎士たちがいた。

 リチャードとリナリーも展開中の騎士たちに混ざって立っている。

「おお、目が覚めたかルーシェ! 久しぶりだな」

「他人同士の会話には適切な距離があるでしょう、デルニス様。必要以上にルーシェに近づかないでください」

 デルニスが近づこうとしてきたため、ジオはルーシェを下がらせて一歩前に出た。

「なんだ貴様。この私を誰だと思って――」
「ジオ。わたしは大丈夫だから。話をさせてちょうだい」

 ルーシェはぽんとジオの腕を叩き、ジオの身体の陰から出た。

「お久しぶりですね、デルニス様。お元気そうで何よりです。ところで、パトリシアは国外へ追放されたと聞きましたが、彼女はいまどこにいるのですか?」

《人形姫》だった頃の自分なら優雅にスカートを摘まんで一礼していたところだが、いまとなっては彼に下げる頭など持っていないし、無駄話に付き合いたくもない。

 だから、挨拶は最低限にして聞きたいことをそのまま彼にぶつけた。

「安心したまえ、あの悪女は《黒の森》に送られた。《黒の森》は魔獣の巣窟だからな、今頃は魔獣に喰われていることだろう。良い気味だ。この私を謀り、真の《国守りの魔女》を他国へと追いやった罪は重い」
 笑うデルニスを見て、ルーシェはますます嫌悪感を募らせた。

「……パトリシアは仮にもあなたの恋人だった女性でしょう。それなのに、あなたはパトリシアの不幸を笑うのですか」

「? パトリシアが私の恋人だったのは昔の話だ。私を騙した悪女の末路など知ったことではない」
 デルニスは不思議そうだ。

 彼は情け容赦なくパトリシアを切り捨て、そのことに毛ほどの罪悪感も抱いていない。

(自ら望んでパトリシアを《国守りの魔女》にしたくせに、いざパトリシアがその器ではないと知ったら全責任をパトリシアに押しつけて逃げたのね……)

 奥歯を噛み締め、硬く拳を握る。

(こいつと結婚しなくて良かった。本当に良かった。パトリシアには感謝しないといけないわね)

「……そうですか。わかりました。聞きたいことは聞けましたし、わたしはこれで失礼します。帰ろう、ジオ」

 ルーシェの視線を受けて、ジオが巻物に手を掛けた。
 巻物が破れ、ルーシェたちの足元に凄まじい速度で魔法陣が描かれていく。

「待て、ルーシェ! どこへ行くのだ!? 城では国王陛下がお待ちなのだぞ!? 私は君を連れてくるように命じられて――」

「知りません。行きません」
 きっぱり言う。

「……! な、ならば無理にとは言わぬ! しかし、どうか私の元から去ろうとしないでくれ! あの悪魔はいなくなったのだ、もう私たちの恋路を邪魔する者はいない! 再び《国守りの魔女》となり、私の妻として――」

「どちらもお断りします」
 殺気立ったジオが無言で剣に手を掛けるのを見て、ルーシェは素早く彼の手を掴んで止めた。

「デルニス様はパトリシアを非難されておられましたが、わたしにとってはあなたも同じ加害者です。わたしの言葉に一切耳を貸さず、問答無用で平手打ちしたク――男性の元に誰が嫁ぎたいと思うのですか?」

 クソ野郎と言いかけて、急いで訂正する。
 不敬罪で処刑されたくはなかった。

(大体、『私たちの恋路』って何よ? わたしはあんたに恋をしたことなんて一度もないっつーの)

 養父に決められた婚約者だから愛そうと努力していただけだ。

「たとえパトリシアに騙されていたのだとしても。この期に及んで謝罪の言葉一つ出てこない時点であなたの人間性は終わっています。未来の王子妃殿下には心の底から同情致しますわ」
 軽蔑を視線に込めつつ淡々と言う。

「わたしはもう二度と《国守りの魔女》になるつもりはありません。わたしが今日ここに来たのはこれまでわたしに感謝し、敬意を表してくれた人々のためです。次に同じことがあってもわたしはエルダークを助けません。これからは何があっても自国の民だけで解決してください」

「そんな、エルダークを見捨てるというのか!?」

「はい、見捨てます。あなたがパトリシアを見捨てたように。いまのわたしはラスファルの魔女ですから、他国まで守る義理はないんですよ。ただの魔女に万人を救済する慈悲深い聖女像を求めるのはお止めください。迷惑です」

 ルーシェは零下の眼差しでデルニスを凍らせた。

「……ど、どうしたんだルーシェ……以前の君とはまるで別人ではないか。誰よりも優しく可憐で、慈愛に満ち溢れていた君は一体どこへ行ってしまったのだ?」

 デルニスは信じられない、という顔をしている。
 
「幻想を壊してしまったようですが、あいにくこちらがわたしの素なのです。是非とも失望して、二度と求婚などなさらないでください。わたしの嫁ぎ先はもう決まっておりますので」

 完成間近の魔法陣から立ち上る金色の光に包まれながら、ルーシェは見せつけるようにジオの頬にキスをした。

 もう一度デルニスのほうを向いて、いま彼がどんな顔をしているのか確かめてみようと思ったのだが。

 その前にジオがルーシェの頬を両手で掴んで固定し、唇を塞いだ。

「…………っ!!?」

 熱烈なキスをされ、燃え上がりそうなほど全身が熱くなる。

 やがてキスが終わると、ジオは顔を真っ赤にして固まっているルーシェを抱きしめた。

 そして、あまりのことに口を半開きにし、間抜け面を晒しているデルニスに金色の目を向ける。

「こういうことなので、婚約者探しは他をあたってください。では未来永劫さようなら王子様!」

 ルーシェを腕の中に閉じ込めたまま、ジオが勝ち誇ったように笑う。

 直後、足元の魔法陣が強烈な光を放った。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

【本編完結済み】二人は常に手を繋ぐ

もも野はち助
恋愛
【あらすじ】6歳になると受けさせられる魔力測定で、微弱の初級魔法しか使えないと判定された子爵令嬢のロナリアは、魔法学園に入学出来ない事で落胆していた。すると母レナリアが気分転換にと、自分の親友宅へとロナリアを連れ出す。そこで出会った同年齢の伯爵家三男リュカスも魔法が使えないという判定を受け、酷く落ち込んでいた。そんな似た境遇の二人はお互いを慰め合っていると、ひょんなことからロナリアと接している時だけ、リュカスが上級魔法限定で使える事が分かり、二人は翌年7歳になると一緒に王立魔法学園に通える事となる。この物語は、そんな二人が手を繋ぎながら成長していくお話。 ※魔法設定有りですが、対人で使用する展開はございません。ですが魔獣にぶっ放してる時があります。 ★本編は16話完結済み★ 番外編は今後も更新を追加する可能性が高いですが、2024年2月現在は切りの良いところまで書きあげている為、作品を一度完結処理しております。 ※尚『小説家になろう』でも投稿している作品になります。

何もしない公爵夫人ですが、なぜか屋敷がうまく回っています

鷹 綾
恋愛
辺境公爵カーネル・クリスの妻となったフィレ・バーナード。 けれど彼女は、屋敷を仕切ることも、改革を行うことも、声高に意見を述べることもしなかった。 指示を出さない。 判断を奪わない。 必要以上に関わらない。 「何もしない夫人」として、ただ静かにそこにいるだけ。 それなのに―― いつの間にか屋敷は落ち着き、 使用人たちは迷わなくなり、 人は出入りし、戻り、また進んでいくようになる。 誰かに依存しない。 誰かを支配しない。 それでも確かに“安心できる場所”は、彼女の周りに残っていた。 必要とされなくてもいい。 役に立たなくてもいい。 それでも、ここにいていい。 これは、 「何もしない」ことで壊れなかった関係と、 「奪わない」ことで続いていった日常を描く、 静かでやさしい結婚生活の物語。

3回目の人生は、悪役令嬢を辞めて引きこもります~一歩も出ずに国を救ったら、なぜか「聖女」として崇められ最強の男たちが部屋を包囲してくる件~

放浪人
恋愛
公爵令嬢エリザベートは、1度目は悪役令嬢として断罪され処刑、2度目は改心して聖女となり国に尽くしたが過労死……という悲惨な最期を遂げた。 記憶を持ったまま3度目の人生が始まった瞬間、彼女は固く決意する。 「もう絶対に働きません! 今世は部屋から一歩も出ず、睡眠と趣味に命をかけます!」 最強の拒絶結界『絶対領域』で部屋に籠城し、婚約破棄イベントも夜会も全て無視して惰眠を貪ろうとするエリザベート。 しかし、彼女の「働きたくない」一心からの行動――適当な農業アドバイスや、安眠妨害への容赦ない迎撃――が、周囲には「国を憂う深慮遠謀」「慈愛に満ちた奇跡」として超好意的に解釈されてしまう!? ヤンデレ化した元婚約者の王太子、物理で愛を語る脳筋騎士団長、効率厨の隣国王子、さらには古代の引きこもり少年までをも巻き込み、事態は国家規模の大騒動へ。 部屋ごと空を飛んで戦場を浄化し、パジャマ姿で古代兵器を操り、地下牢をスイートルームに変えながら、エリザベートは究極の安眠を手に入れることができるのか? 塩対応すればするほど愛され、逃げれば逃げるほど伝説になる、最強引きこもり令嬢の勘違いドタバタ溺愛ファンタジー、ここに完結!

『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています

六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。 しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。 「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

処理中です...