社畜OLが学園系乙女ゲームの世界に転生したらモブでした。

星名柚花

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11:レモンの蜂蜜漬け

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 エール交換、100メートル走、綱引き、騎馬戦、1500メートル走。
 汗水流して走り、奮闘する生徒たちを見ていると、目立たない裏方で本当に良かったと思う。

「次は障害物競争だから、あなたはハードルを既定の場所に並べていって」
「はい」
 私は他のメンバーと共に、せっせとコースにハードルを並べて行った。
 額の汗を拭いつつ、一組の応援席を見れば、拓馬が吉住さんたちから話しかけられていた。

 連続出場を労われているのだろう。
 拓馬は運動神経が良いために、半ば強制的にほとんどの競技に出場させられている。
 拓馬は吉住さんたちと何か話した後、席を立って校舎に向かった。
 トイレかな。
 いや、そう見せかけて、こっそりどこかで休憩するのかも。

「そこ、準備できたなら早くコースから出て! 進行が遅れるでしょう!」
「すみません!」
 艶やかな黒髪をポニーテールにした美人の上級生から叱責を受け、私は急いでコースを出て、拓馬を探した。
 校舎のあちこちを見て回り、三階の教室で足を止める。

「黒瀬くん」
 頭の鉢巻きを外し、自分の席でぼうっとしていた拓馬が呼びかけに応じてこちらを向く。
 がらんとした教室と、体操着にジャージ姿の拓馬はなんだかアンバランスだ。
 教室で体操着姿で過ごすことなんてないもんね。

「何でここに。仕事は終わったの」
「うん。障害物競走の後片付けは他の子の仕事だから。昼休憩が終わるまでは自由だよ」
「ふうん」
 拓馬は気のない返事を寄越し、また窓の外を見た。
 酷く疲れているようだ。無理もない。
 1500メートルも走れば誰だって疲れるだろう。
 数カ月、まともな食生活を送っていないならなおさらだ。

 そのとき、視界の端で何か、白いものが動いた。
 反射的にそちらを見れば、開いたままの扉の陰から、一匹のハムスターがこちらを見ている。

 私の監視役を自称している大福は神出鬼没だ。
 他人にその姿は見えず、意思疎通ができるのは私だけ。
 摩訶不思議な存在だけど、でも、悪いハムスターではなさそうだというのが私の判断。

 アパートではテレビの感想を言い合ったり、学校の愚痴を聞いてもらったり、新作の料理の感想を貰ったりしてるしね。
 いつの間にかそこにいる不気味さはなんとかしてほしいけれど、害はないんだから放っておこう。
 それが彼の使命だというなら文句を言ったところで仕方ない。
 要は慣れだ、慣れ。

「……あ、あのさ」
 私は大福を無視し、頭の鉢巻きを外して短パンのポケットに入れながら言った。

「何」
 返事はしてくれたものの、拓馬はこちらを見ない。
 態度で私を拒絶している。

 グラウンドからひときわ大きな歓声が聞こえた。
 応援する声、笑い声。
 本来私たちもその場にいなければならないけれど、私は引き続き拓馬と二人だけの教室にいることを選択した。

「レモンの蜂蜜漬け作ったんだけど、食べない?」
 私は鞄を漁り、小さなタッパーを取り出して、拓馬の前まで運んだ。
 ぱこっと音を立ててタッパーの蓋を開けると、たちまち蜂蜜とレモンの香りが広がった。

「…………」
 拓馬は地球を侵略しに来た宇宙人でも見るような目で私を見た。

 あ、この反応はやばいかも。

「防腐剤とかは入ってないよ。国産でオーガニックの、皮ごと食べられるレモンだよ」
 私は急いでプラスチックのフォークを手に取り、レモンを突き刺して口に運んだ。
 これ見よがしに咀嚼し、毒は入ってませんアピールをする。

「…………」
 拓馬はじっと私の目を見つめ、私は目を逸らさない。
 ややあって、拓馬は視線を落とし、黄金色の液体を纏ったレモンを見た。

 拓馬はレモンを見つめたまま動かない。
 食べるか止めるか葛藤しているようだ。

 迷うならばまだ望みがある。
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