社畜OLが学園系乙女ゲームの世界に転生したらモブでした。

星名柚花

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27:彼の笑顔の理由

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「大福」
 私は横向きになり、右頬を机にくっつけたまま名前を呼んだ。
 それが他人の耳には聞こえない小声であろうと、私が呼べば、白いハムスターが現れる。

「何だよ」
 予想通り、大福が机の上――横向きに伏せた私の眼前に現れた。
 大福は気まぐれに現れたり消えたりするけれど、いつだって私を見ている。
 そうでなければさっき絶妙なタイミングで現れた説明がつかない。

「あのな。オイラはお助けアイテムでも何でもないんだぞ。困ったときや愚痴りたいときに呼ぶ癖どうにかしろよ」
 文句を言いながらもちゃんと呼びかけに応じてくれるあたり、大福は優しい。

「確認なんだけどさ。本当にあの二人、カップルになったりしないんだよね。なんか物凄く良い雰囲気だったんだけど。もう既に恋人同士っぽかったんだけど。戻ってきたら『私たち、付き合い始めました』なんて言い出したりしないよね?」
 大福の白い額に書かれた『神』の文字を見つめながら、縋るように問う。

「ありえない。由香が拓馬をどう思っているかは不明だけど、拓馬の恋心は封印されたままだ」
「……そっか」
 神さまの都合で自由に恋ができないよう制限されている拓馬には悪いかもしれないけれど、私は心底ほっとした。

「まあでも、オイラが二人の記憶を弄ったら、いますぐカップルになるけどな」
 大福はたまにこうして、意地悪なことを言う。
 私の反応が楽しいらしい。悪趣味だ。

「そんなことしたら絶交する」
 ジト目でハムスターを睨む。

「絶交って……いまどき小学生でも言わないんじゃないか?」
「もう。知らない」
 私は大福から顔を背け、それまでとは逆側の頬を机にくっつけた。

「悠理ちゃん……」
 右手から声が聞こえた。
 頭を持ち上げてそちらを見れば、激しいショックを受けたような顔で由香ちゃんが立っていた。

 手には巾着袋と水筒を抱えている。
 その隣には由香ちゃんと共に昼食を食べ終えて戻って来たらしい拓馬の姿があった。
 彼もまた、憐れみと心配が入り混じったような顔で私を見ている。

「どうしたの? 二人とも」
 何故この二人はただならぬ面持ちで私を見ているのだろう。

「ごめんね。そんなに寂しい思いをさせているとは思わなくて」
 由香ちゃんの震え声で気づいた。
 どうやら由香ちゃんは私と大福とのやり取りを見ていたらしい。
 由香ちゃんの目に大福は映らないから、虚空に向かってぶつぶつ独り言を言っているヤバい人に見えたのだろう。

「黒瀬くんを独り占めしちゃったことも、ごめんなさい。黒瀬くんと付き合い始めたなんて今後絶対言わないって約束する。だから絶交しないで」
 由香ちゃんは半泣きで私の腕を掴み、私の肩に顔を押しつけた。

「あーあ、こりゃ完全に勘違いしてるな。頑張れ」
 自ら火種を撒いておきながら、大福は無責任な励ましを残して消えた。

「いや、違うよ!?」
 私は慌てて由香ちゃんの細い身体に腕を回し、その背中を叩いた。

「さっきのは、ええと――読んでる漫画の話! 連載初期から推してる幼馴染のカップルが新キャラ登場によってこじれてきたから、作者がここにいると想定して話してただけ! 戦場から戻ってきたら幼馴染と別れて新キャラと付き合い始めたなんて言わないよねって!」
 とっさのこととはいえ、随分と苦しい言い訳だ。
 拓馬の目が冷たい。
 頭大丈夫かコイツとでも思っているのだろう。

「でも、絶交って」
 顔を上げ、由香ちゃんは潤んだ目を向けてきた。

「あれはファンレターの話! あのキャラとこのキャラをくっつけるならもうファンレター送りませんよってこと! 由香ちゃんと絶交なんてないない! 天地がひっくり返ってもあり得ない!」
 我ながらスケールが壮大すぎて説得力に欠けるのではないかと危惧したけれど、由香ちゃんの心には響いたようで、彼女の顔は歓喜に輝いた。

「悠理ちゃん……!」
 由香ちゃんは巾着袋や水筒を私の机に置き、抱きしめてきた。
 もちろん私も抱きしめ返す。

 言葉は無くとも熱い友情を再確認していると、拓馬が無言で頭を振った。
 付き合ってられない、後はどうぞご勝手に、と動作で言いながら、自分の席に向かって行く。

 視界の端で拓馬が席に座るのとほぼ同時に、由香ちゃんが抱擁を解いた。
 鞄に弁当箱を入れている拓馬のほうを一瞥してから、また私を見て、にこっと笑う。

「?」
「あのね、悠理ちゃん。本当に心配しなくても大丈夫だよ。私と黒瀬くんがカップルになるなんて絶対ないから」
 またその話に戻るのかと言いかけて、私は口を閉じた。
 由香ちゃんが何を言い出すのかが気になる、聞けと恋心が緊急指令を出してきた。

「……なんで?」
 私が食いついたのが嬉しいらしく、由香ちゃんはますます笑みを深めた。

「だって、黒瀬くんは朝からずーっと悠理ちゃんのことを話してくれてたんだよ?」
「え」
 私は目を丸くした。
 身振り手振りを加えて話していた拓馬を思い出す。
 あんなに楽しそうに何を話しているのかと思ったら、私のことだったの?
 信じられない。そんなことあるわけないと、脳が混乱している。

 でも、だから由香ちゃんは拓馬と二人きりになることを望んだんだ。 
 私がいると拓馬が話してくれなくなるから。

「悠理ちゃんがあれこれ試行錯誤して、黒瀬くんを空き地に連れて行って『食材を腐らせる』っていう、変な呪い? を解いてくれたんだって、嬉しそうに話してたよ。悠理ちゃんは恩人だって言ってた。このお弁当も悠理ちゃんが作ってくれたんだって自慢されちゃった。黒瀬くんって凄いな、自分が惚気てることに気づいてないんだなって、私もう、おかしくて。黒瀬くんってあんな人だったんだねえ」
 由香ちゃんは朗らかに笑う。
 私は感激のあまり、何も言えない。
 いま何か言ったら涙が零れてしまいそうだった。

「自信持って。悠理ちゃんは自分で思うよりずっと、黒瀬くんに好かれてるから。もちろん私も、悠理ちゃんのこと大好きだよ」
 その言葉が留めになり、とうとう私は泣き出した。

「私も由香ちゃんのこと大好きだよお……」
「あらら。はい、使って」
 由香ちゃんが私の机に巾着袋を置いて、スカートのポケットからハンカチを取り、差し出してくれた。

「ありがとう」
 私はハンカチを受け取って、目に押し当てた。
 改めて思う。
 こんな良い子をつけ狙うストーカーなんて許せない。
 早急に決着をつける、そのためにはどんな努力もしてみせる、と。
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