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33:危険な魅力に気をつけて
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「怖がらせちゃったね、ごめんね」
「そんな! 誤解です! 私、白石先輩には本当に感謝してますし、尊敬してます!」
由香ちゃんは大きくかぶりを振り、何やら妙に熱っぽい目で有栖先輩を見つめ、手を組んだ。
もしかして由香ちゃん、有栖先輩に惚れたのかな?
あれから井田先輩が由香ちゃんの前に現れることはない。
一度だけ有栖先輩と井田先輩が学校内で鉢合わせしたことがあるそうだけれど、井田先輩は顔を真っ青にして背筋をぴんと伸ばし、「おはようございます!」と最敬礼したそうだ。
話を聞く限り、もう二度と馬鹿な真似はしないだろう。
「いえ、確かに怖かったんですけれど……正直に言うと、あのとき私、先輩に見惚れてしまったんです。井田先輩をこれ以上ないほどの冷たい目で蔑み、見下した姿。痺れました……」
由香ちゃんは頬をほんのり赤らめ、視線を落とし、ほうっと熱い息を吐いた。
……あれ? なんかちょっと雲行きが怪しくない?
やり取りを見ていた拓馬と幸太くんの表情も微妙なものへと変わっている。
「僕を敵に回す覚悟があるんだねっていう台詞、最高に格好良かったです」
握り拳を顎に当て、恥じらう由香ちゃん。
傍から見れば完全に恋する乙女だ……乙女だけれど。
「私も一度でいいから言われてみたい、氷のような眼差しで冷たく見下されたい、なんて思うのは気の迷いでしょうか――」
「気の迷いだよ気の迷い!」
「そうだ、ちょっと落ち着こうぜ中村さん! 有栖先輩に調教されたら戻れなくなるぞ!? 嬉々として自ら奴隷を名乗るようになっちまう!」
拓馬たちが慌てふためき、口々に叫ぶ。
「え、そんな人がいたの?」
「人じゃない。人たちだ。オレが知ってるだけでも二十人はいる」
苦悩の皺を眉間に刻み、重々しく頷く幸太くん。
「二十人もっ!?」
「うん。ある男は彼女を取られたから」
「ちなみに先輩が直接何かしたわけじゃなく、勝手に女が先輩に惚れて心変わりしただけ」
横から拓馬が説明を挟む。
「ある男は成績で勝てないから。ある男はその絶大な人気に嫉妬したから。動機は様々だけど、徒党を組んで有栖先輩を襲撃しようとした奴らは陸先輩に返り討ちにされた。そして洗脳されたんだよ……いまでも彼らは有栖先輩の奴隷だ……きっと死ぬまでな……」
沈痛な面持ちで、幸太くんが首を振る。
「これ以上犠牲者を増やすわけにはいかない! なんとしてでも中村さんの目を覚まさせるんだ、ののっち! 親友を救えるのは君しかいない!!」
幸太くんは舞台役者のように、大げさな動作で私を手のひらで示した。
「責任は重大ね……!!」
私は拳を強く握り、真顔で顎を引いてから、改めて由香ちゃんに向き直った。
「ストーカーによる過度のストレスでおかしくなっちゃったのね由香ちゃん! しっかりして! 有栖先輩の危険な魅力に惹かれてはダメ! それは毒よ! 魅入ったが最後、二度と引き返せなくなるわ! お願い、目を覚まして!!」
ありったけの思いを込めて親友の肩を掴み、激しく揺さぶる行為には確かな効果があったらしく、
「……はっ。私は何を?」
由香ちゃんは夢から覚めたように瞬きした。
「正気に戻ったのね!?」
「うん。ごめんね、心配かけて。もう大丈夫」
「ああ、良かった……戻ってきたわ!」
「どうやらこれ以上の奴隷の増殖は防げたようだな」
「ふう」
私が胸を押さえ、拓馬が頷き、幸太くんが額の汗を拭う真似をしていると、ことん、という音がした。
騒動を華麗に無視し、マイペースにオレンジジュースを飲んでいた有栖先輩がテーブルにグラスを置いた音だった。
グラスの中身は既に空だ。
「ねえ陸、オレンジ飽きた。コーヒー持ってきて」
陸先輩が無言で立ち上がり、台所へ向かっていく。
その背中には哀愁が漂っているような気がした。
我儘王子の相手は疲れる、とでも言いたげな。
その背中を見つめて私は思った。
有栖先輩って、あらゆる意味で怖いな、と。
けれど何より怖いのは。
親友が有栖先輩を見つめる眼差しに、新しい扉への未練がまだあるような気がすることだった。
「そんな! 誤解です! 私、白石先輩には本当に感謝してますし、尊敬してます!」
由香ちゃんは大きくかぶりを振り、何やら妙に熱っぽい目で有栖先輩を見つめ、手を組んだ。
もしかして由香ちゃん、有栖先輩に惚れたのかな?
あれから井田先輩が由香ちゃんの前に現れることはない。
一度だけ有栖先輩と井田先輩が学校内で鉢合わせしたことがあるそうだけれど、井田先輩は顔を真っ青にして背筋をぴんと伸ばし、「おはようございます!」と最敬礼したそうだ。
話を聞く限り、もう二度と馬鹿な真似はしないだろう。
「いえ、確かに怖かったんですけれど……正直に言うと、あのとき私、先輩に見惚れてしまったんです。井田先輩をこれ以上ないほどの冷たい目で蔑み、見下した姿。痺れました……」
由香ちゃんは頬をほんのり赤らめ、視線を落とし、ほうっと熱い息を吐いた。
……あれ? なんかちょっと雲行きが怪しくない?
やり取りを見ていた拓馬と幸太くんの表情も微妙なものへと変わっている。
「僕を敵に回す覚悟があるんだねっていう台詞、最高に格好良かったです」
握り拳を顎に当て、恥じらう由香ちゃん。
傍から見れば完全に恋する乙女だ……乙女だけれど。
「私も一度でいいから言われてみたい、氷のような眼差しで冷たく見下されたい、なんて思うのは気の迷いでしょうか――」
「気の迷いだよ気の迷い!」
「そうだ、ちょっと落ち着こうぜ中村さん! 有栖先輩に調教されたら戻れなくなるぞ!? 嬉々として自ら奴隷を名乗るようになっちまう!」
拓馬たちが慌てふためき、口々に叫ぶ。
「え、そんな人がいたの?」
「人じゃない。人たちだ。オレが知ってるだけでも二十人はいる」
苦悩の皺を眉間に刻み、重々しく頷く幸太くん。
「二十人もっ!?」
「うん。ある男は彼女を取られたから」
「ちなみに先輩が直接何かしたわけじゃなく、勝手に女が先輩に惚れて心変わりしただけ」
横から拓馬が説明を挟む。
「ある男は成績で勝てないから。ある男はその絶大な人気に嫉妬したから。動機は様々だけど、徒党を組んで有栖先輩を襲撃しようとした奴らは陸先輩に返り討ちにされた。そして洗脳されたんだよ……いまでも彼らは有栖先輩の奴隷だ……きっと死ぬまでな……」
沈痛な面持ちで、幸太くんが首を振る。
「これ以上犠牲者を増やすわけにはいかない! なんとしてでも中村さんの目を覚まさせるんだ、ののっち! 親友を救えるのは君しかいない!!」
幸太くんは舞台役者のように、大げさな動作で私を手のひらで示した。
「責任は重大ね……!!」
私は拳を強く握り、真顔で顎を引いてから、改めて由香ちゃんに向き直った。
「ストーカーによる過度のストレスでおかしくなっちゃったのね由香ちゃん! しっかりして! 有栖先輩の危険な魅力に惹かれてはダメ! それは毒よ! 魅入ったが最後、二度と引き返せなくなるわ! お願い、目を覚まして!!」
ありったけの思いを込めて親友の肩を掴み、激しく揺さぶる行為には確かな効果があったらしく、
「……はっ。私は何を?」
由香ちゃんは夢から覚めたように瞬きした。
「正気に戻ったのね!?」
「うん。ごめんね、心配かけて。もう大丈夫」
「ああ、良かった……戻ってきたわ!」
「どうやらこれ以上の奴隷の増殖は防げたようだな」
「ふう」
私が胸を押さえ、拓馬が頷き、幸太くんが額の汗を拭う真似をしていると、ことん、という音がした。
騒動を華麗に無視し、マイペースにオレンジジュースを飲んでいた有栖先輩がテーブルにグラスを置いた音だった。
グラスの中身は既に空だ。
「ねえ陸、オレンジ飽きた。コーヒー持ってきて」
陸先輩が無言で立ち上がり、台所へ向かっていく。
その背中には哀愁が漂っているような気がした。
我儘王子の相手は疲れる、とでも言いたげな。
その背中を見つめて私は思った。
有栖先輩って、あらゆる意味で怖いな、と。
けれど何より怖いのは。
親友が有栖先輩を見つめる眼差しに、新しい扉への未練がまだあるような気がすることだった。
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